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第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花
クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ拾弐
しおりを挟む酵母についての話は盛り上がり、気づけばとっぷり日が暮れていた。
「こんなにも楽しい時間はいつぶりだろうか」
夕陽差し込む畳の上で、小西は満足そうにひとつため息をつく。酵母の説明は途中から酒造り談議に代わり、最後はビールの醸造方法の説明になっていた。
「びいるという飲み物、ぜひ一度飲んでみたいものだ」
小西の言葉に、直は嬉しそうに頬を緩める。
「だったらさ、にっしーも一緒にビール造ろうぜ。ホップが手に入ったんだ、もうあとは醸造するだけ!俺が最高にうまいビール飲ませてやるよ」
「……いいのか?」
小西が小さく息をのむ。
「そりゃあもちろん!ま、下の町まで来てもらうことになるけどさ。喜兵寿の店広いし、にっしー一人ぐらい泊まれるだろ。な、喜兵寿」
喜兵寿は「お前が勝手に決めるな」と直を睨みつけつつも、
「狭く騒がしいところですが……もしよければ」
と小西に向かっては笑顔を向ける。
「びいるを飲んだのですが、あれはかつて体験したこともない衝撃的な味わいの酒でした。自分は酒に命を捧げると決めた身。正直、あの一口と出会えて本当に良かったと思っています」
小西はしばらく考えこんでいたが、姿勢を正すとまっすぐに二人に向かって言った。
「ワシもびいる造りに携わらせてほしい。いいだろうか?」
「もちろん!仲間は多いほうが楽しいってもんだ!一緒にビール造ろうぜ」
直は居ても立っても居られない、といった様子で立ち上がる。
「そうと決まったら早速出発だ!にっしーどのくらいで準備できる?」
「そう時間はかからんが……ちょっと待て、どうやって下の町まで行く?」
「樽廻船に乗せてもらうんだよ。にっしー一人ぐらい増えたってどうってことないだろ。ああ!もうすぐビールが造れると思うと、めちゃわくわくしてきたな。早く帰ろうぜ」
「ビール、ビール!」と興奮している直の頭を、喜兵寿が後ろからひっぱたく。
「お前はちょっと落ち着け。樽廻船に乗れるかどうかは、ねねに聞いてみないとわからないだろう?お前が決めるな」
「いってぇなあ」直はぶーたれながら、頭をさする。
「だったら今からねねに聞きにいこうぜ。確か今日会合があるって言ってだろ?まだこの近くにいるだろ」
「……会合」
小西がふと考えこむ。
「ひょっとして樽廻船というのは『新川屋』の船か?」
「そうそう!にっしーよくわかったな」
「そうか……」と小西の顔が曇る。
「ここにくるまでに大嵐にあった船だろう。寄港する前から、商人たちの間ではかなりの噂になっていたからな。どれほどの損失がでたのか、誰がどれだけ負担するのかなど、皆、血相を変えて話していた」
ねねは「なんとかなる」といった様子だったので、さほど心配はしていなかったが、事態はもっと深刻なようだった。喜兵寿と直は「まじか」と顔を見合わせる。
「今回の新川屋の樽廻船の損害は、かなりの額になったと聞いている。たしか依頼主は気性が荒い奴が多かったからな……物騒なことになっていなければいいが」
「……行こう、直」
喜兵寿が険しい顔で立ち上がる。
「ねねが心配だ」
「おうよ。それにしても水くさい奴だな~少しは俺らも頼ってくれりゃあいいのにな。ま、金はないし、腕っぷしも自信はまったくないけどさ」
直はぐうっと背伸びをする。
「ってことでにっしー、ちょっくら会合に行ってくるから、旅の準備しといてな」
部屋を出ていく二人の後を追うように、小西は立ち上がった。
「ワシも行こう」
驚いた顔の二人の横を抜け、小西は颯爽と玄関へと向かう。
「忘れたか?ワシはここいらの商人の頭。少しは役に立てると思うぞ?」
そういうと悪戯っぽく笑った。
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