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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ漆
しおりを挟む「まったく足元を見られたもんだな!そんな大金どこにあるっていうんだ!」
作戦会議をすべく幸民の家へと向かうと、つる、夏、幸民で昼餉を食べているところだった。煮売屋で買ったであろう魚をつまみに幸民は酒を飲んでおり、虎モードになっている。
「だいたいどこの酒蔵だ。川本幸民を怒らせたらどうなるか、わからせてやらんといかん」
「でもその蔵でなきゃ、日本酒びいるは造れないんだよね……びいるが出来なければきっちゃんは……そんなの絶対無理!」
どさくさに紛れて、夏が喜兵寿の腕にしがみつく。
「ねえ、下の町の蔵じゃなくて、他の酒蔵を探すのは無理かな?酒造りで金儲けをしようとするって、なんだかやっぱり嫌かも……」
つるの言葉に、喜兵寿は「確かにな」と頷いた。今は家を出たとはいえ、酒蔵で生まれ育った身。酒に関わる人々がどんな思いで日々酒造りをしているかは誰よりもわかっているつもりだった。
「うまい酒を飲んでほしい」「楽しく飲んで、気持ちよく酔ってほしい」。父も祖父もそれしか考えていない職人気質の人間だった。金勘定は二の次。だからこそ大儲けしているとはいいがたかったが、周囲もそんな蔵ばかりだった。酒のことばかり考え、喧嘩をするとしたら酒のこと。盛り上がるのも酒のこと。杜氏たちは皆酒バカで、だからこそそんな職人たちを喜兵寿は心の底から尊敬していた。
「でもまあ仕事だし。生きていくために金は必要だろ。俺はむしろ金ちゃんのことを信用できると思ったけどな」
重苦しい雰囲気を無視するような、気の抜けた声で直は言った。
「だって想像してみ?酒蔵貸しますよ~どうぞ無料で使ってください~って言っていた酒蔵が実は敵側で、ビール醸造中に邪魔しにくることだってあり得るだろ。完成間近にこっそり捨てられでもしたら、それこそ俺ら座敷牢行きだ」
「そんなこと……」
ありえないだろ、と言い換えて喜兵寿は口をつぐんだ。自分だったら、自分が知っている職人だったら酒に害を加えるなんて絶対にしない。でもすべての人間が自分と同じわけではないのだ。圧力をかけられたり、脅されたりしたら迎合してしまう蔵があったとしてもおかしくはない。
「ありうるかもしれないな」
喜兵寿は深くため息をつく。
「だろ~。あとさ、下の町全部の酒蔵に圧力かけてるってことは、周辺の酒蔵にも同じことしてると思うぜ?ああいうやつは、陰湿度が想像を超えてくるからな。やべー奴はとことんやべー」
「だとしたらやはりあの蔵で造るしかないのか……」
「でも300両だよ!?柳やのどこを探したってそんなお金ないよ。びいる造らなきゃ殺されちゃうけど、300両払ったらそのあと飢え死にしちゃう」
つるは、ぶるぶると首を振る。金貸しから300両借りられたとて、それを返そうとすれば孫の代までかかってしまうだろう。
「よくわかんないけど、300両ってやっぱめちゃくちゃ高いのな。んーーーでもさ、偉くて有名人の師匠なら出せたりしないの?」
直に突然話を振られ、幸民は激しくむせた。
「ちょ……おまえ、げほげほげほ。何をいきなり」
「だって喜兵寿いつも言ってるぜ。『幸民先生はすごい人だ』って。柳やでもみんなに酒おごってくれてたしさ。金いっぱい持ってるんだろうな~って」
「そりゃあ、俺は有名人だ。もちろん金だって持っている。でもおい、300両だぞ……げほげほ」
幸民が顔を真っ赤にして咳き込んでいると、「話は聞いたぞ」と小西が引き戸を開けて入ってきた。
「幸民は金こそ稼げど、昔から金遣いが荒かったからからなあ。貯金はないだろ」
小西はほほ笑みながら、たくさんの桃を机に置く。
「食後に皆で食べようと思って買ってきた。今年の初物だそうだ。あまくて瑞々しいらしい」
「おい小西!いい加減なことを言うな!」
詰め寄る幸民をひらりとかわし、小西は穏やかな声で言った。
「300両、ワシが準備しよう」
「はあ!?俺だって300両くらい用意できるわ!」
幸民が啖呵を切る。
「いや、別に無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理なんて微塵もしちゃいないわ!」
「じゃあ……150両ずつ出すとするか」
「おう。そんなはした金、ポンっとくれてやるわ!」
かくして喜兵寿と直は300両を渡し、元麹やの酒蔵で日本酒ビール醸造を開始するのである。
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