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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ玖
しおりを挟む薄青と薄紅が地平で交わる日の出前。気づけば季節はめぐり、朝晩は少しだけ空気に冷たさが混じるようになってきた。
「ううう……朝は苦手なんだよ……せめてもうちょっとだけ遅い時間にしてくれよう」
直は大きなあくびをしながら目をこする。肩に担いだ米袋の重さで、身体は片側に大きく傾いでいた。
「何度も説明しただろう。誰が監視しているかわからないから、出来るだけ人目のつかない時間に動くぞって。いいかげん目を覚ませ、もう着くぞ」
喜兵寿は煙管を袂にしまうと、直の背中をバンっと叩いた。
「へいへいへいへい……わかってますよ」
喜兵寿と直は米をたっぷりと詰め込んだ袋を2つ持って、糀屋菱衛門へと向かっていた。
(本当なら種麹も持参するはずだったのだが……)
喜兵寿は何度目かわからないため息をつく。下の町中の麹やを回ったにも関わらず、どこからも種麹を売ってはもらえなかった。皆一同に目を伏せ、自分たちを拒絶したのだ。その様子は酒蔵の時と全く同じで、喜兵寿はすぐに村岡たちの圧がかかっているのだと悟った。
懸念は当たってしまった。村岡は意地でも自分たちにびいるを造らせたくはないのだろう。身体の中を焼き尽くすような怒りを感じたが、喜兵寿はそれを全力で飲み込んだ。つるを殺そうとし、次は自分たちを殺そうとしている。しかし正面から立ち向かえば権力で潰されるだけだ。造らせたくないのであれば、意地でもびいるを造るしかない。
元麹やである糀屋菱衛門に、種麹があることを祈ろう。そう言って家を出てきたわけだが、喜兵寿はすでに憂鬱な気分だった。もし種麹があったとしても、相手は金の亡者。おいそれとは渡してくれはしないだろう。
糀屋菱衛門につくと、喜兵寿はひとつ息をして戸を叩いた。
「柳やの喜兵寿です」
「はぁ~い。開いてるから勝手にどうぞ」
蔵の中は薄暗く、しんっと静かだった。酒蔵特有の朝の雰囲気。それは懐かしくて、腹の奥底がそわそわとうずくようだった。
「早いわね~。明日からは別に勝手に入って、勝手に使ってちょうだい~。わたし朝はそんなに得意じゃないのよねぇ」
奥の部屋から寝間着姿の金ちゃんが出てくる。起きたばかりなのだろう、まだ半分寝ているような顔をしている。
「わかるわ~。俺も朝めっちゃ苦手。いや俺もさ、さすがにこの早い時間は早すぎるんじゃないかと……」
直の言葉を遮り、喜兵寿は言った。
「種麹をわけてくれないか?」
ここに種麹がなければ、ここから何もすることができない。そうなれば他の町まで探しに行くことも検討しなければならないだろう。喜兵寿は、一刻も早く種麹の有無を知りたかった。
種麹、という単語を聞いた金ちゃんはにやりと笑った。
「そうねえ……10両でいいわよ♡」
またもや常識外れの金額だ。またか、という怒りが湧き上がってきたものの、金さえどうにかすればここで種麹が手に入るという安堵感も同時にあった。
ごちゃまぜな感情故に、おかしな顔をしていたのだろう。喜兵寿を見て金ちゃんが声をあげて笑う。
「どの麹やでも断られたでしょ?もう麹やを廃業したうちにも来たんだもの。『柳やに絶対に麹を売るな』って。あと、中にも入れるな。酒を造らせるな。とも言っていたわ~もし匿ったのがわかったら、座敷牢にいれるぞ~なんて脅してきてね!あんたたち極悪人みたいな扱いだったわよw」
金ちゃんの言葉を聞いて、「ここにも来たのか」と喜兵寿と直は顔をこわばらせる。
「あはは、また変な顔をして!大丈夫よ。300両も払ってくれたんだもの。こんな上客、どこぞやの役人ごときに売るわけないでしょ♡わたしが信用しているのも、従うのもお金だけ」
金ちゃんはあっけらかんと笑うと、大きな右手を差し出した。
「ってことでうちで買わなきゃ、種麹は手に入らないわよ。10両なんて安いもんでしょ」
喜兵寿は一瞬の逡巡の後、「……わかった」とお金を手渡した。昨晩、こうなることを予想し、幾ばくかのお金を小西が持たせてくれていたのだ。
「まいどあり♡種麹は後で持っていくわね。うちの種麹は天下一品よ~」
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