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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾参
しおりを挟む「……あーめちゃくちゃ眠いんだけど」
麹造り専門の部屋でる麹室(こうじむろ)は40℃程度の温度に保たれている。部屋の隅に置かれた火鉢では炭がぱちぱちと音を立てて燃え、その熱気がさらに眠気を誘う。
「盛り」から数時間。喜兵寿と直、小西は3時間おきに麹の手入れを行っていた。
「何を情けないことを言っている。任せろ!といったのはお前だろう?」
喜兵寿は手入れを続けながら、直を睨みつける。しかし麹づくりが楽しくて仕方ないのだろう。眉根は寄せているものの、口元は緩んだままだった。
「いやだってさ。寝たと思ったらすぐに起きるとか無理だって。ずっと起きているならできるけど、一度寝たらぐっすり眠りたいじゃん。寝るか起きるかどっちかにしたいんだよ!俺は」
麹造りは仕込みを始めてから3日を要する。その中でも手入れは最も大事であり、時間を要する仕事。それも自分の指先ひとつで麹のはぜ具合を判断しなければならないため、感覚を鈍らせるわけにはいかない。
だから喜兵寿たちは細切れながらも睡眠をとり、体力を温存しながら麹造りを続けていた。
「子供じゃないんだから、駄々をこねるな!」
喜兵寿にたしなめられ、直はぶうっと頬を膨らませた。
「日本酒造りってまじ大変な。作業が地道すぎるだろ……うぅ眠い……」
「盛り」を行った夜はとにかくおもしろかった。必死で眠気を冷まそうと、直は記憶を辿る。
麹の中に手を突っ込んだ時の、あの温かさ!それは明らかに生き物がもつ温度で、直は感動のあまり声をあげた。砂風呂ならぬ麹風呂があったら絶対流行るよな、肌にも良さそうだし……そんなことを思いながら麹をほぐしていく。
はじめガビガビだった麹は(それはまるで炊飯器の中に数日放置してしまった米のようで、指が痛かった)ほぐしていくごとに次第に柔らかく、サラサラになっていく。自分の手の中で様子を変えていくのは、とにかく不思議でおもしろかった。
しかし人間はすぐに慣れていく生き物だ。数回目の手入れの時には、興味よりも眠気が勝つようになってしまった。
「絶対ねない……俺は寝ない……」
眠気に負けぬよう必死に目を見開いている直を見て、小西はおかしそうに吹き出した。
「麹は育てるもの。子と同じだ。親がそんな形相ではいい子は育たんよ。少し休めばいい。一人ぐらい欠けたところで、どうということはない」
「にっしーーーー神!さすが!優しい!」
直は小西に投げキッスをすると、部屋の隅にどさりと腰を下ろした。喜兵寿は鬼のような形相でこちらを睨んでいたが、知ったこっちゃない。
「麹は子どもと同じか~それはちょっとわかるかもな。俺も昔麦芽つくったとき、愛おしくてたまらなかったもんな」
目を閉じたままぐうっと背伸びをしていた直だったが、途中で「あれ?」と目を開けた。
「麦芽を子と同じって感じるってことはさ、麦芽を使ってもらえなかったつるって、ひょっとしてショックだったりするのかな?」
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