タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ

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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心

守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐拾捌

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「ビールは、すっげえ面白んだぜ」

ピリついた空気を完全無視するかのように、わくわくと直は話し出す。

「麦芽とホップと、水と酵母。たったこれだけの材料なのに、いろんな味わいを生み出すことができる。バナナだったり、みかんだったり、チョコレートだったり……ってここじゃない食べ物ばっかだな。とにかく、うーんそうだな、ほら歌舞伎の七変化みたいな感じでさ」

「ま、歌舞伎みたことはないんだけど」自分で突っ込みながら直は続ける。

「あとビールを飲むとみんな笑顔になる。炭酸がぐわーって喉を流れていく感じ、あれがたまんないんだよな。疲れとか、ストレスとか一緒に流してくれる感じでさ」

なんなんだ、この男は。

目を輝かせながら話し続ける直を、金ちゃんはぽかんと見つめていた。過去の闇に、怒りに腕を掴まれそうになっていたのに、その薄暗い炎は直の発する「びいる」の話にかき消されていく。

「でもな、残念ながらビールはまだここにはないんだよ。だから!俺たちが造るってわけ!どうよ、すごいだろ?!おもしろいだろ?!飲みたいだろ!」

直は満面の笑みで、ぐいぐいと金ちゃんに顔を近づける。

「……あんた察しが悪いっていわれない?」

金ちゃんの言葉に、小西が小さく吹き出した。

「まぁ、それが彼のいいところだ。時に糀屋菱衛門。お主の造る種麹は、本当に素晴らしかった。ワシも端くれではあるが、酒を造る身。いままで数々の種麹を見てきたが、ここの種麹は群を抜いている」

「そりゃあどうも。でも種麹をどんなにうまく造れたって、意味ないことぐらい知っているでしょう~?種麹なんて誰でも造れるわけだし♡」

「ワシは堺で少しばかり商いをやっているからわかる。お主の造る種麹は金になる」

金ちゃんは小西の言葉に、カッと血が上るのを感じた。

「この世界のこと何にも知らないくせに!じじいが勝手なこと言わないでちょうだい!」

「いや、売れるよ。下の町ではどうだったのかは知らん。でも堺でなら売れる」

「はあ?なにを適当なことを!」

種麹やの時代は終わったのだ。自分たちが大事に守り続けてきたものは、もう世間には求められていないのだ。嫌というほど味わってきて、どうにかその事実を飲み込んでいままで生きてきたのだ。

幸い、金ちゃんには「金稼ぎ」の才能があった。種麹をつくらずとも、酒を造らずとも、金を稼ぐ方法はいくらでもあった。それが例え人様に胸を張って言える方法でなかったとしても。

「種麹や」としては商売できない。その事実を誰よりも知っているのは自分だ。たかが商売人風情にこの世界の、麹の何がわかるというのか。

「堺だろうが、どこだろうが売れるわけなんてない!」

「いや、にっしーが言うなら売れるだろ。なんたって、えっと、なんだっけ……喜兵寿、あの屋敷の名前」

またもや空気を読まずに、直が会話に割って入る。巻き込まれた喜兵寿は、たまったもんじゃないといった表情で、ぼそりと「道修町薬種屋仲間だ」と呟いた。

「そうそう!道修町薬種屋仲間な。まじで舌噛みそうな名前のやつ!にっしーはそこのお偉いさんだからな」

「はあ?!」

金ちゃんが素っ頓狂な声をあげる。道修町薬種屋仲間といえば、遠く離れた下の町でもその名が知れ渡る、天下の商人団体。南の流通を牛耳っており、商人の世界じゃ知らぬ者はいない。そこの頭がどうしてこんなところに……

「販路は間違いなくある。ワシが買い取って販売しよう。まぁ、お主が種麹やを再びやるのであれば、だがな」

こちらをまっすぐに見る小西。金ちゃんはその目を見つめ返した。静かで深い。うっかりその言葉をまるっと信じてしまいそうになる。でも……

今まで嫌というほど味わってきた「現実」がずしりと肩にのしかかる。そんなうまい話があるわけがない。だいたい商人なんてウソつきばかりだ。

でも、もしも……もしも少しでも可能性があるのだとしたら。

胸の奥で、かすかに火種が灯る。しかし金ちゃんは気づかぬふりをして、目を閉じ小さく息をついた。

「……もうわたしは寝るわ。夜更かしはお肌の敵だもの」
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