九龍城の恋

布椎嵐

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 それからのことはうろ覚えだった。
 その場にいた、キョンの仲間のヤンが家まで送ってくれ、「心配ないから、何かあったら遠慮なくいってください」と言い残し、帰っていった。
 玄関のドアを開け、部屋の中に入り時計を見ると夜中の12時をすぎていた。
 そっと母さんの寝室のドアを開けると、母さんは穏やかな顔で寝ていた。その寝顔に少しだけホッとする。
 ドアをしめて、居間のテーブルに腰掛ける。先ほどあった事がフラッシュバックしそうで怖い。必死で、考えないようにした。
 母さんには言えない。今日起きたことは、自分の中にしまっておこう。結果、最悪なことはされなかったし、気にしてはいけない、、。
 そう自分に言い聞かせて、風呂場に行き、ボロボロになったワンピースを脱ぎ、無造作にゴミ箱に捨てた。

 数日立って、その事件を気にしないようにしていたけれど、私の部屋にある緑色の派手な柄シャツがあのことは現実だったんだと思い出させた。
 借りたその派手なシャツは洗濯して紙袋の中に入れてある。会った時に返そうと思っていて、いつでも持ち歩いていた。会ってお礼を言いたかった。キョンが来てくれなかったら、間違いなく最悪な事態になっていたはずだ。

 そしてその事件から3日たった日のことだった。
 出勤時間の16時ごろに九龍城の前の通りを歩いていると、入口の近くに数人の仲間とタバコを吸いながら立ち話をしているキョンが目に入った。背が高いし、いつも派手なシャツを着ているからすぐわかる。仲間たちと談笑していて、時々笑みを浮かべている。
 少し離れたところから彼の顔を見つめた。整った端正な顔立ち。切長の瞳。少し影のあるような、クールな表情。
 確かにとても魅力的な男性だと思う。アニタがいうのもうなづける。
、、、どうしようか。話しかけて、お礼と服を返さなきゃいけない。ただちょっと近寄りがたい雰囲気で話しかけづ らかった。キョンと、あと2人の彼の仲間が話していた。ヤンと、名前は知らないが見たことのある彼の仲間だった。
 私は意を決して、ズンズンと彼らの輪に近づいた。
「あの、、、っ!!!」
 私が掠れた声を上げると、キョンと彼の仲間たちは一斉に私の方を向いた。
 私は頭を下げ、紙袋を差し出した。緊張して一気に胸の鼓動が早くなる。
「この前は、ありがとうございました、、!これ、、洗濯したのでお返しします。」
「、、、、」
 キョンは黙って私を見つめ、低い声で言った。
「お前か、、、。」
 キョンはタバコを手に持ったまま、腕を組んだ。そしてため気をついた。
「まだここで働いてんのか」
「、、はい。ここで仕事があるので」
「辞めればいいだろう。他に仕事はいくらでもある」
「そんな急に辞められません。生活があるので。、、、そして辞める気もありません」
「お前、懲りてないな、、。あんだけ酷い目にあったのに。」
 キョンが舌打ちをした。
「、、、馬鹿なのは重々承知してます。でも、、、」
 私は真っ直ぐにキョンの目をみて言った。
「母さんが身体が悪いので私が働かなければならないんです。ここはお給料がよくて、私みたいな年齢でも雇ってくれるし。あと、私、九龍城が好きなんです。いい噂はあまりないけれど、でもここに住んでいる人達はいい人も多い。」
 私は早口で続ける。
「だから、辞められません。辞めたくありません」
 キョンはタバコを持った手を口にやり、タバコを吸った。彼は何かを考えているようだった。煙を吐き出し、厳しい声でいった。
「知ってるだろうが、ここ九龍城は無法地帯だ。政府も一切介入しない、なんでもありの場所。ここにいるってことは、なんでもやっていいという反面、なんでもやられていいっていうことだ。全ては自己責任。わかってるよな」
「その通りです。」
「、、、気をつけろよ。フラフラ歩くな」
 私の手から紙袋をパッと取り、「行くぞ」と仲間たちに言った。そしてスタスタと九龍城の中へ入って行ってしまった。その後を2人の仲間が追いかけようとするが、その内の一人、ヤンが私の方に駆け寄ってきた。ヤンは安心させるような笑みを私に浮かべ、こう言った。
「ジェイドさん。この前、大変な目に遭って災難でしたね。また何かあったら、俺らに言ってください。兄貴は、ジェイドさんに起こったようなことはもう起こらせたくないんです。ジェイドさんも、九龍城はいい奴も多いけど、悪い奴らも少なからずいるって頭に入れて、行動するようにしてくださいね。」
 私は、彼が私の名前を知っていることに驚いた。
「私の名前、知ってるの?」
 ヤンは、もちろんと言わんばかりの顔で笑った。
「あたりまえですよ。ジェイドさんみたいな美人、一度見たら忘れないっす」
 そして、ヤンは九龍城内に入っていった。
 キョンや13Kのメンバーに対して、私が想像していたイメージに変化が起きてきていたことは間違いない。
 キョンは近寄り難いオーラがあって、いつもヤンチャそうな仲間達に囲まれ、愛想もよくない。
 でも私を助けてくれた。

13Kとは、意外に悪くない人たちなのかもしれない。
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