九龍城の恋

布椎嵐

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 またいつもの毎日が始まった。
 とは言っても、私の中で確実に何かが違う感情が生まれていた。どこかで、キョンを探している自分がいた。そんなに頻繁に毎日は会うことはないが、彼が九龍城の中を仲間と歩いているのを見かけることもあった。私が倒れた日から、なんとなく彼を意識してしまっていた。仕事は少し団子工場で働く時間を短くし、ちゃんとご飯を食べるようにして身体を整えた。やはり、食べなくては働けない。倒れてしまっては、なんの意味もない。
 少しずつお金も貯まってきて、入院費用の半分まで支払える額になった。
 母さんのお見舞いに行った際に、半額支払おう。そうしようと決めた。
 その日、団子工場での勤務の前に母さんの病院に立ち寄った。
 病室に行くと、前より顔色のよくなった母さんがベッドに横になっていた。
欣怡ヤンイ!来たのね」
 母さんは嬉しそうな顔で私を手招いた。母さんは、私のことを中国名の欣怡ヤンイと呼ぶ。
「母さん、元気そうね。前よりだいぶ顔色がいい」
「病院で、休めているからかしらね。だいぶ体調がいいわ」
 私はベッドのそばの簡易椅子に腰かける。
「あなた、、ちょっと痩せた?働きすぎなんじゃないの?」
「そんなことないよ。母さんの入院費用も結構貯まったから、もうすぐ忙しいのは終わるから」
 突然、母さんの表情が変わる。
「そのことなんだけどね、欣怡ヤンイ
「あなた知り合いで入院費用を肩代わりしてくれた人いない?」
 私は訳がわからず、「え?」と聞き返した。
「今日、病院の事務の人に確認したんだけど、、先日誰かが私の入院費を全額支払ってくれたみたいなのよ。そんなこと、してくれる人私は心当たりなくて、、、」
 誰かが、入院費を肩代わりしてくれた、、、?
「私たちの親戚とかじゃないの?母さん」
「私たちの状況を知らせている親戚はいないわよ。大埔タイポーに住んでる妹にも、私が倒れたこと知らせていないし」
「そうなの、、なんだか怖いけど。私たちの状況を知っている誰かって、、、誰だろう、」
「誰であれ、このままにしておけないわ。必ずお返ししないと。欣怡ヤンイ、何かわかったら知らせてちょうだいね」
「、、、うん、わかった」
 少し、拍子抜けした感じだった。もう急いで入院費用を払わなくてよくなったが、その支払ってくれた人物にちゃんとお返ししなければならない。

 一体、誰なのか。
 一瞬、キョンの顔が頭に浮かんだが、すぐにそれをかき消した。そんなはずはない。キョンがなぜ私の母さんの入院費を支払わなければならないのか。彼には一切関係がないのに。
 他の知り合いの顔を浮かべてみたが、ピンとくる人は1人もいなかった。


 母さんの入院費を急いで払わなくてよくなったため、私は団子工場の仕事をやめた。オーナーのラウさんは惜しむ声をかけてくれたが、忙しい時にはたまに手伝うということにした。こんな私を雇ってくれたので、少しでも恩返ししたい。
 なんにせよ、仕事2つ掛け持ちの忙しい日々は突然終了した。

 いつもの平穏な毎日に戻るとは逆に、九龍城内でのマフィアの争いが頻繁にみられるようになっていた。彼らが争って殴り合っている場面は、見ていてもちろん気持ちのいいものではなかった。ただ、基本彼らは住民には手出しはしなかったし、私たち一般人には無関係だった。キョンや仲間のヤンが新義の連中と争っている場面も見かけた。彼らは喧嘩して、血を流せば一応その場は終わるらしい。
 そんな中、キョンがサイファに顔を出した時があった。顔のこめかみ辺りにあざができていて、口の端が切れていた。彼は私を見て、淡々とした声で「元気か」とだけいった。
「、、、ひどい顔。」
私は顔を顰めた。
「最近、争いが多い。新義の奴らが俺らを挑発してくる。縄張りを広げたいんだろうな」
 キョンは、オーナーの方に顔を向けてこういった。
「何か変化があったらすぐ言えよ。九龍城で揉め事を起こしたくない。俺たちが対応する」
 オーナーは厳しい顔をして「わかった、、、。あんたにすぐ報告する。」と答えた。
 キョンは、去り際に私の方を一瞬見て、「お前も気をつけろよ」といって去った。
 不穏な雰囲気が漂っていた。何も起こらないといい。私は不安な気持ちを打ち消すようにそう思った。

 そんな中ある事件が起こった。
 その日は、午後9時ごろに私はサイファで働いていた。オーナーはお客に出すつまみを作っており、私はカウンターで洗い物をしていた。客の入りは常連客が4、5人入っていた。この時間では、少ない方だった。
「今日は、お客が少なめですね、オーナー」
 オーナーは、頷きながら作ったナッツの盛り合わせを作っていた。
「そうだね。今日は13K の連中も1人も来てないし、、、。あ、噂をすれば」
 オーナーが入口の方を見て、若い13Kの男2人がサイファに入ってきたのを見た。時々見かける、キョンの仲間だ。彼らはどこか重苦しい、緊張した顔つきをしていた。
「いらっしゃいませ」
 私が声をかけると、彼らは真っ直ぐに私の方に近づいてきた。
「、、、ジェイドさん、ですよね。」
 坊主頭の男が話しかけてきた。
「はい、私ですが、、、」
坊主頭の彼は、急に頭を下げた。
「俺、13K のキョン兄貴の弟分のチェンって言います。すみませんけど、一緒にきてくれませんか?キョンの兄貴と、ヤンが新義の奴らに捕まったんです」
「え、、?!」
 私が何のことやらわからず、狼狽えているとオーナーがすかさず入ってきた。
「どういうことだ?キョンとヤンが捕まったって。」
チェンは、悔しそうにカウンターを拳で叩いた。
「、、あいつら、ヤンを人質にしてキョンの兄貴を誘き寄せたんだ。ミンの野郎が兄貴を目の敵にしてるから、兄貴をボコりたかったんだろうさ。汚ねえ手使いやがって、、、」
「なるほど、、、新義の連中との争いが起こったのか。で、なんでそれにジェイドが関わらなきゃならない?」
「兄貴とヤンを釈放するには、そのジェイドさんが迎えに来ることが条件だっていうんだ。、、、1人で」
「なんで、、ジェイドが?」
 オーナーが訳がわからないと言ったように首を振った。私はチェンの話を聞いていて、なんとなく察しがついた。ミンだ、、、。ミンは私に執着している。私を巻き込んで何か企んでいるに違いない。
 チェンは続けた。
「兄貴とヤンはこの九龍城のどこかに囚われている。そこは俺たちもあまり入り込めない、新義側のナワバリのエリアだ。あんたも知っているように、九龍城は構造が複雑すぎて一度入ると出るのは不可能だと言われているぐらいだ。そこに、ジェイドさんが新義の連中に囚われた場所まで連れて行ってもらい、兄貴とヤンとジェイドさん3人で出る必要があるという訳だ。兄貴とヤンはひどく怪我をおっているに違いない。そんな2人を連れて、ジェイドさんが九龍城を出られるとは思わない。兄貴は、、九龍城内にはめちゃめちゃ詳しいが、ここを出られる体力があるか、、、」
 オーナーはチェンに食ってかかった。
「そんな危険なところに、ジェイドを1人で行かせられる訳ないだろ!?」
 私はオーナーを止めた。
「オーナー、待ってください。私に話をさせてください」
 私はチェンを見ると、深呼吸をして聞いた。
「私が行かなかったら、どうなるの?」
 彼は、私を見つめて小さく首を振った。
「兄貴とヤンは、、、死ぬかもしれない」
 私は、震える手をキツく握りしめた。そして、チェンにいった。
「、、、わかった。行くわ」
「ジェイド!馬鹿なことを、、!」
 オーナーが私の肩を掴んだ。私はオーナーの手を握り、安心させるように言った。
「オーナー、大丈夫ですよ。なんとかなります。私、キョンに助けてもらったことがあるんです。だから、、今度は私が助ける番。何より、ほっておいたら死ぬかもしれない人たちをそのままになんてできない」
 そして私はチェンを見た。
「さ、行きましょう。新義の連中のところに連れて行って」
「ついてきてください」
 私は、心配そうなオーナーを後に、13Kの彼らと店を出た。平気そうなフリをしていたけれど、心臓がバクバクとなりっぱなしだった。怖い、、。またミンと会うのも。九龍城の新義のエリアに入るのも。
 でも、しっかりしなければならない。キョンとヤンを助けに行くのだから。
 チェン達は、九龍城の外に一旦出て別の入口に私を連れて行くと言った。
そこは、まさしく新義の連中のナワバリへの入り口だ。13Kはあまりそこへは立ち入らない。
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