九龍城の恋

布椎嵐

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「ジェイドさん、今日は客の入りが悪いっすね。こうも暇だと眠くなんないすか、、、?」
 ヤンは私の隣で大きなあくびをした。ここ小一時間ほどカウンターに座って、サンミゲルをちびちび飲んでいた。
 ヤンはいつも黒のTシャツにジーンズという服装だ。今日はキャップを被っている。
 あのリンチ事件後、サイファにはよくヤンが入り浸り、監視(?)してくれることになった。
 私達がミン達にやられたことは、大きな問題だった。十分、13Kと新義のグループの抗争になりかねない理由になるものだ。ただ、キョンはミンに対して報復してやりたい気持ちはあっても、抗争は望んではいなかった。キョンのボスも同じ考えだった。あと数年以内に九龍城がなくなるというのに、大きな抗争はどうしても避けたかった。
 ただ、これ以上のことが起きたら、もう容赦はしないということは相手に伝えたらしい。
 両グループ間の空気はに張り詰めていて、また何かが起これば、爆発してしまうような状態ではあった。
「ボスも兄貴も、ミン達にやられて悔しいのは当たり前ですよ。俺も卑怯な奴らに腹が煮えくりかえるくらい腹立ってます。ただ、状況はそんな簡単じゃないみたいっす。俺たちのメンツもあるけど、抗争はできるだけ避けたいらしいですから、、」
「そうなんだ、、、」
 ヤンは人懐っこい性格で、なんでも話してくれる。気を遣わないで済むので、気が紛れる。どうやら私と同い年らしい。仕事が暇な時、いろいろ話すようになった。
「ねえヤン、、、。キョンって、どういう人?」
「キョン兄貴はっすねぇ、、、。あんまり喋んないんですけど、すごく優しいっす。頭もキレて、いつも仲間を守ってくれます。あれだけ九龍城のことを知り尽くしている人はいません。いつも三歩先のことを考えているというか、、、。前にも、俺が13Kに入ったばかりのころ、敵対するグループに、ボコボコにされた事件があったんです。兄貴は仕返しに仲間を引き連れて、助けに来てくれ、相手グループに仕返しをしてくれました。俺も身体中怪我してましたけど、兄貴も結構ひどい怪我を追ったんです。それでも、俺をおぶって病院に運んでくれました。、、、あの時思ったんです。一生、このキョンの兄貴について行こうって。絶対裏切らないって。ボスにも信頼されてますし。あと、あの男前でしょ?めちゃくちゃ女にモテます。」
 自慢げにヤンはそう言った。
 私の眉はピクリと動いた。心がざわつく。その話題につっこまざるをえなかった。
「モテるの、、、?そうか、そりゃそうよねえ。彼女とか、、、。いるのかな。」
「わかんないすっけどね。特定の女の話は聞いたことないっすけど。数人の女がアニキの部屋に訪ねていってるって事は知っています。女の方から寄って行くんですよ。うらやましいったらないです。女には一生不自由ないでしょうね。」
 その言葉を聞いて、私は複雑な気持ちになる。
 そっか、、、そりゃそうだ。13Kのリーダーなら女の1人や2人いるにちがいない、、、。
 少なからず動揺している私を見てキョンはいった。
「ジェイドさん。」
「ん?なに」
「大丈夫。ジェイドさんの方がキレイです。」
 顔が急に熱くなる。私はごまかすように不貞腐れた顔をした。
「、、、なによそれ」
「大丈夫ですよ。少なくとも、兄貴が今まで抱いてきた女たちよりジェイドさんの方が断然美人っすよ。好きなんでしょ?兄貴のこと。」
 ゲラゲラおかしそうに笑うヤンを尻目に、何も言えなくなってしまった。
 ヤンに指摘される前に、私はキョンのことがどうしようもなく気になっていることに気づいていた。この感情はあのリンチ事件の後からずっと続いていた。
 黙り込んでしまった私を見て、ヤンは急に真面目な顔つきになった。
「俺は兄貴の女事情はよくわかんないんですけど、、、。でもこれだけは言えます。兄貴はジェイドさんのこと、めちゃくちゃ大事に思ってます。」
 ヤンは私を見て微笑む。
「兄貴はいつも何も言わないんです。言わないんですけど、、、でも俺から見てて感じます。兄貴はジェイドさんと知り合ってから、前よりもっと優しくなった。前から優しかったですけど、、前とは雰囲気が違うというか。前は、優しさの中に鋭さもあった。心が開かないような、、、。でも最近、兄貴は柔らかくなった気がします。兄貴は、ちゃんとジェイドさんのこと、好きですよ。」
 ヤンの言葉がじわりと私の心に入り込んでくる。
そう、、、キョンは『優しい』。
 私は前から知っていた。あの人は優しいっていうこと。いつも私が困っているときに現れて、助けてくれる。
 最近、九龍城の中で仲間たちと巡回している彼に遭遇したとき、彼はサイファのカウンターに座っている私を見つけた。そして誰にもわからないような、私にだけ送っている秘密のサインみたいな笑顔で私に微笑む。私を見る彼の瞳は優しい。でも、その中にどこか寂しいような孤独さを抱えているのも感じる。
 何を考えているか、もっと知りたい。
 私は自分の気持ちを認めざるをえなかった。
 私は「彼」が好きなんだ。
 常に頭のどこかで考えてしまうほどに。
 彼に突然会いたくなってしまった。

 ヤンは壁にかかっている時計を見てこう言った。
「もうすぐあがりっすね。お疲れ様です。」
 時計の針は午後11時5分前を指していた。
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