61 / 115
第七章
60.痛感させられた責任の重さ
しおりを挟むーー同日の夕方。
今日もいつも通り日向の家の玄関で林さんと勤務のバトンタッチした。
最近は家に到着した時点でミカちゃんが走って出迎えてくれるのに、なぜか今日は姿を見せない。
気になって部屋を尋ねて声をかけたけど、クマのぬいぐるみを持ったまま向けられた笑顔は薄い。
異変を感じつつもエプロンを装着して家事を始めた。
ところが、風呂掃除をしている時に事件は起きていた。
浴室で給湯スイッチを押してからリビングに戻ると、先程までテレビを観ていたはずのミカちゃんの姿が見当たらない。
部屋に戻ったのではないかと思って彼女の部屋の扉をノックした。
コンコン……
「ミカちゃん、これから部屋の掃除をするから扉を開けてもいい?」
しかし、扉の奥は無反応。
もしかしたら寝てしまったのではないかと思ってトアノブをひねって扉を押し開けた。
ところが、照明がつきっぱなしの部屋には、ブロックやおままごとセットが散乱しているだけで彼女の姿は見当たらない。
右、左、中央。
ぐるりと見渡しながら部屋に入ってかくれんぼの際に彼女がよく隠れているクローゼット内やおもちゃ箱を開けて探してみたけど見つからない。
「あれ、何処に行ったんだろう。さっきまでリビングに居たはずなのに……」
彼女の部屋を訪れた時はそれほど深く受け止めていなかった。
リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、脱衣所、浴室、押し入れ、ベランダ。
日向の部屋以外は全て見回った。
残りは日向の部屋のみ。
でも、この部屋は立ち入りが禁じられているから扉にノックをした後に声をかけてみたけどやっぱり無反応だ。
念の為、扉に耳を当ててみたけど物音一つすらしない。
次第に不安な気持ちが風船のように膨らんでいく。
「ミカちゃん、いま何処にいるの? 聞こえたら今すぐ返事をして。お願い!」
彼女の耳に届くように声をかけながら部屋中を歩き回った。
でも、聞こえてくるのは浴室の換気扇の音や壁掛け時計の音くらい。
私はずっと家にいたのにミカちゃんが姿を消した事に気づかなかった。
仕事は家政婦だけじゃなくて子守りも任されていたのに……。
そうだ!
一刻でも早く日向に連絡しないと。
ミカちゃんがいなくなった事を知ったら、きっとショックを受けるよね。
結菜は震える指先でスマホをタップして電話をすると、スピーカーの向こうから取り乱した声が届いた。
仕事を切り上げて帰宅するとの事で電話を切って先に近所を探し回った。
街の環境に慣れていないせいもあって行先の目処が立たない。
ーーしかし、マンションを飛び出して探し始めてから15分。
マンション周辺をくまなく探した後に近所の公園を見回っていると、右奥のブランコが揺れていた。
今は子供が遊ぶような時間じゃないし、もしかしたらミカちゃんではないかと思ってすかさず駆け寄ると、予想通り。
彼女は寂しそうな顔で俯いたまま両足を突き出したり引っこめたりしてブランコを漕いでいる。
私は彼女までおよそ7メートルの距離から叫んだ。
「ミカちゃ~ん!」
発見の喜びと安堵によって、全身の力が抜けそうなほどのため息が漏れた。
彼女は私の声に気づくと、ブランコから下りてあどけない目を向けた。
「結菜お姉ちゃん。どうしてここにいるのがわかったの?」
「全然わかんなかったからいっぱい探したんだよ。だって、お姉ちゃんはこの街の事をあまり知らないから。それに、ミカちゃんが急にいなくなっちゃったから心配したよ。お風呂掃除に夢中だったからすぐに気づいてあげられなくてごめんね」
「……結菜お姉ちゃんがミカを心配してくれたの?」
「うん。いっぱい心配したよ。さっきお兄ちゃんにも電話したら、もっともっと心配してた。だから、もうおうちに帰ろう」
「うん」
外はまだかろうじて明るかった事もあって発見に至ったけど、幼い子を預かるという責任の重さを痛感した。
しかし、小さな火種から発展した今回の騒動は、ほんの序章に過ぎない。
何故なら少し先に待ち受けている本物の悲劇は、彼女の心に生涯忘れられないほどの深い闇を落としていくから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる