オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 〜80億分の1のキセキ〜

伊咲 汐恩

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第七章

60.痛感させられた責任の重さ

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  ーー同日の夕方。

  今日もいつも通り日向の家の玄関で林さんと勤務のバトンタッチした。
  最近は家に到着した時点でミカちゃんが走って出迎えてくれるのに、なぜか今日は姿を見せない。
  気になって部屋を尋ねて声をかけたけど、クマのぬいぐるみを持ったまま向けられた笑顔は薄い。
  異変を感じつつもエプロンを装着して家事を始めた。

  ところが、風呂掃除をしている時に事件は起きていた。


  浴室で給湯スイッチを押してからリビングに戻ると、先程までテレビを観ていたはずのミカちゃんの姿が見当たらない。
  部屋に戻ったのではないかと思って彼女の部屋の扉をノックした。

  コンコン……


「ミカちゃん、これから部屋の掃除をするから扉を開けてもいい?」



  しかし、扉の奥は無反応。
  もしかしたら寝てしまったのではないかと思ってトアノブをひねって扉を押し開けた。
  ところが、照明がつきっぱなしの部屋には、ブロックやおままごとセットが散乱しているだけで彼女の姿は見当たらない。

  右、左、中央。

  ぐるりと見渡しながら部屋に入ってかくれんぼの際に彼女がよく隠れているクローゼット内やおもちゃ箱を開けて探してみたけど見つからない。



「あれ、何処に行ったんだろう。さっきまでリビングに居たはずなのに……」



  彼女の部屋を訪れた時はそれほど深く受け止めていなかった。

  リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、脱衣所、浴室、押し入れ、ベランダ。
  日向の部屋以外は全て見回った。

  残りは日向の部屋のみ。
  でも、この部屋は立ち入りが禁じられているから扉にノックをした後に声をかけてみたけどやっぱり無反応だ。
  念の為、扉に耳を当ててみたけど物音一つすらしない。
  次第に不安な気持ちが風船のように膨らんでいく。



「ミカちゃん、いま何処にいるの?  聞こえたら今すぐ返事をして。お願い!」



  彼女の耳に届くように声をかけながら部屋中を歩き回った。
  でも、聞こえてくるのは浴室の換気扇の音や壁掛け時計の音くらい。

  私はずっと家にいたのにミカちゃんが姿を消した事に気づかなかった。
  仕事は家政婦だけじゃなくて子守りも任されていたのに……。

  そうだ!
  一刻でも早く日向に連絡しないと。
  ミカちゃんがいなくなった事を知ったら、きっとショックを受けるよね。


  結菜は震える指先でスマホをタップして電話をすると、スピーカーの向こうから取り乱した声が届いた。
  仕事を切り上げて帰宅するとの事で電話を切って先に近所を探し回った。

  街の環境に慣れていないせいもあって行先の目処が立たない。


  ーーしかし、マンションを飛び出して探し始めてから15分。
  マンション周辺をくまなく探した後に近所の公園を見回っていると、右奥のブランコが揺れていた。

  今は子供が遊ぶような時間じゃないし、もしかしたらミカちゃんではないかと思ってすかさず駆け寄ると、予想通り。
  彼女は寂しそうな顔で俯いたまま両足を突き出したり引っこめたりしてブランコを漕いでいる。
  私は彼女までおよそ7メートルの距離から叫んだ。



「ミカちゃ~ん!」



  発見の喜びと安堵によって、全身の力が抜けそうなほどのため息が漏れた。
  彼女は私の声に気づくと、ブランコから下りてあどけない目を向けた。



「結菜お姉ちゃん。どうしてここにいるのがわかったの?」

「全然わかんなかったからいっぱい探したんだよ。だって、お姉ちゃんはこの街の事をあまり知らないから。それに、ミカちゃんが急にいなくなっちゃったから心配したよ。お風呂掃除に夢中だったからすぐに気づいてあげられなくてごめんね」


「……結菜お姉ちゃんがミカを心配してくれたの?」

「うん。いっぱい心配したよ。さっきお兄ちゃんにも電話したら、もっともっと心配してた。だから、もうおうちに帰ろう」


「うん」



  外はまだかろうじて明るかった事もあって発見に至ったけど、幼い子を預かるという責任の重さを痛感した。

  しかし、小さな火種から発展した今回の騒動は、ほんの序章に過ぎない。
  何故なら少し先に待ち受けている本物の悲劇は、彼女の心に生涯忘れられないほどの深い闇を落としていくから。

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