キミとの恋がドラマチックなんて聞いてない!

伊咲 汐恩

文字の大きさ
17 / 49

16.複雑な気持ち

しおりを挟む


 ――場所は閉店後のバイト先。
 俺は厨房に入ってコンテスト用のケーキ作りをしていた。ノートの内容を頭に叩き込んであるから、あとはイメージ通りに作るだけ。
 今日でこのケーキを作るのも三回目になる。
 オーブンからケーキクーラーでスポンジを冷やしてる最中、私服に着替えて戻ってきたまひろは俺の隣に来てその様子を見た。


「ん~っ! いい香り。スポンジの香りにつられて見に来ちゃった」

「……相変わらずお前は食いしん坊だな。匂いにつられるなよ」

「いいでしょ! 私は星河が焼くケーキが好きなの」


 俺はこのひとことさえ心温かい気持ちになる。
 まひろがこうやってケーキが作っているところを気にしたり応援してくれるから、逆に告白しなくてよかったと思えてしまう。


「イラストの通りに完成するかなぁ」

「できれば少しでもリアル感を求めたいかな。あの後何度もイラストを書き直したんだけど、あとひと工夫が欲しくて……」

「ツリーの葉の部分を飴細工にしてみれば? そしたらツヤ感が増すかも」

「それだと調理時間が足りなくなるし食感が変わるから難しい。それにクッキーの家の屋根には雪の代わりにアザランを散らしたいとも思ってて」

「それいいね! 可愛い仕上がりになりそう!」

「だろ」


 俺が作るケーキにはいつもまひろの想いが加わっている。制作は俺だけど、完成品は二人のものだと思っていた。
 だから、自然とまひろ好みに作ってしまう。


「……星河が羨ましいな。夢中になれるものが一つあって。私には人生の時間を注ぎ込みたいほどの夢が一つもないから……」


 まひろはスポンジを見つめたまましゅんとしてそう呟いた。


「夢なんて、案外近くに転がってるかもよ」

「そうかな。でも、全然見つからないから進路先をどうするか決まらなくて」

「俺はまひろがいなかったら夢なんて見つからなかった。それに、まひろの心強い応援があってこその今がある。だから、毎日感謝してるよ」


 ここまで気持ちが伝えられるのに、『好き』だけが伝えられなかった。
 見つめられている瞳に吸い込まれそうなくらい、俺はトクトクと心臓が優しい音を奏でている。 


「あっ……、ありがと。星河は製菓の専門学校に行くんでしょ。凄いな」

「別に凄くないよ。お菓子作りが好きで勉強が嫌いなだけ」

「製菓も勉強だよ」

「勉強だとしても好きなことなら夢中になれるよ」


 俺はそう言いながらスポンジをちぎってまひろの口に突っ込んだ。すると、まひろからは春を連想させるような笑みが生まれる。


「……やっぱりこの味が一番好き。星河のケーキはいつも幸せな味がする」

「そ? ありがと。まひろの夢が見つかったら俺も一番に応援するよ」


 俺はそう言いながら冷蔵庫を開いて生クリームを取り出した。すると、まひろが「あっ、そうだ! あのね、この前じん……」と言いかけるが、その言葉を遮るように作業台に置いてあるスマホの通知音が鳴って待ち受け画面がついた。まひろがそれに目を向けた途端、ポケットから上がりかかった手を再び奥へしまう。


「スマホの待ち受け画面……、スイーツ辞めたんだね」

「……あっ、うん」

「気に入ってるかと思っていたのに」


 それを聞いた途端、ぼたんと一緒に写っている画像を見られたと察した。
 まひろだけには見られたくなかったのに。
 でも、消えていく語尾に俺の気持ちは締め付けられていく。


「星河……さ」

「ん、何?」

「最近、私に次はどんなスイーツを食べたいかって聞かなくなったね」

「えっ」

「……ううん、いいの。そろそろ帰るね。ケーキ作り頑張って」

「うん、バイバイ」


 俺はまひろの些細な言葉でも期待してしまうし、態度一つで心が引き戻されていく。
 自分でもそれがダメだとわかっているのに……。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

Re.start ~学校一イケメンの元彼が死に物狂いで復縁を迫ってきます~

伊咲 汐恩
恋愛
高校三年生の菊池梓は教師の高梨と交際中。ある日、元彼 蓮に密会現場を目撃されてしまい、復縁宣言される。蓮は心の距離を縮めようと接近を試みるが言葉の履き違えから不治の病と勘違いされる。慎重に恋愛を進める高梨とは対照的に蓮は度重なる嫌がらせと戦う梓を支えていく。後夜祭の時に密会している梓達の前に現れた蓮は梓の手を取って高梨に堂々とライバル宣言をする。そして、後夜祭のステージ上で付き合って欲しいと言い…。 ※ この物語はフィクションです。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。 この作品は「魔法のiらんど、野いちご、ベリーズカフェ、エブリスタ、小説家になろう」にも掲載してます。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...