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第七章
196.惨めな自分
しおりを挟む翌日からも栞は拓真専用のボディーガードのようにひと時も離れない。
昼休み、そして放課後。
私は一日に二回は拓真とセットで現れる栞を目にするように……。
面白くないと思っているのは私だけじゃない。
同じ教室内で一部始終を見守っている愛莉もきっと同じ気持ちに。
栞は時間が合う度に拓真に会いに行っている。
その姿は二ヶ月前の自分と同じ。
中でも一つだけ違うのは、栞に対する態度。
私の時のように、冷たい態度を取ったり教室から追い払おうとしない。
ツンはなく、デレばかり。
もうこの時点で心の中は複雑骨折状態に。
これから先、拓真が一人きりでいる姿をお目見え出来ないのだろうか……。
全校集会の日に屋上から愛の告白をした時は、胸が引き裂かれるような辛い未来が訪れるなんて思いもしなかった。
あの頃は、モテ女としてのプライドが高くて常に自信に満ち溢れていたから。
早く恋人関係に発展させて、賭け金三万円をゲット出来ればいいやって思う程度で、拓真との関係を軽々しく考えていた。
でも、その後にこれが恋だとハッキリわかるくらい、拓真を好きになってしまうなんて……。
栞が現れてから昼休みは中庭に4人で揃うようになり、放課後は駅に向かって仲良く話しながら歩いている拓真と栞の背中を見ながら、私は一人で黙って後を追っている。
正直、惨めな自分が虚しく思う。
栞が過去の話をするから、私は会話に入って行けない。
一年ぶりに再会したから、懐かしい話に花を咲かせるのは仕方ないと自分に言い聞かせていた。
栞は拓真と会えなかった分の時間の隙間を、少しづつ埋めていこうとしてるのだろうか。
私がコツコツと恋心を育んできた時間が、犠牲になってる事も知らずに……。
栞が転校してきた週の、木曜日の昼休み開始時刻から10分後。
それは、拓真に会いたい一心ですっかり自分の事を疎かにしていた私が、狂ったように教室を飛び出した直後の事だった。
「カーン カーン カーン。遮断機が下がりま~す」
廊下で友達二人を引き連れている敦士が、電車の遮断機の真似をするように右手を横に真っ直ぐに伸ばして行く手を阻んだ。
左手には購買で購入したと思われるレジ袋がぶら下がっている。
「血相変えて何処に行くつもり?」
「敦士……」
「俺らの教室は2つしか離れてないのに、月曜日以来お前に会ってないんだけど」
「あのね、私いま物凄く急いでるの。お願いだから、放っておいてくれない?」
和葉はここ数日の猛烈なストレスで気が立っているせいか、スーッと目線を落として可愛げのない返事をした。
敦士は暗い表情を見ると、同行している友達二人に「この子と話があるから、先に教室に戻ってて」と伝えて別れる。
そして、いつものように和葉の顔を覗き込んだ。
「あのさぁ、俺いま購買にパンを買いに行って戻って来たばかりなの。昼休みが始まってまだ10分程度しか経ってないのに、もうメシを食ったの?」
「……うん。もう食べた」
「ってかさ。もしそうだとしたら、昼メシ食うのが異常に早くね? 絶対残しただろ」
「……」
心配の眼差しを向ける敦士からのストレートな問いに、和葉の目は自然と泳ぐ。
本当はお腹が空くという感覚よりも、拓真に会いたいと思う気持ちの方が勝っている。
だから、父親の手作り弁当はほんの一口程度しか手をつけていない。
一緒にご飯を食べていた祐宇も凛も、「食欲が湧かないの?」とか「具合が悪いの?」とか言って、私の身体を心配していた。
でも、今は自分の食事なんてどうでもよくなるくらい、ぬかるんでいる恋に溺れ始めていた。
「そんなに急いでる理由はわかんないけど、自分の身体をもっと労わってやれよ。ただですら痩せてるのに」
「敦士……。私に構っていたら昼休みが終わっちゃうよ。じゃあね……」
「おっ、おい!」
和葉は心配してくれている敦士に耳を貸さずに素っ気ない態度で去って行った。
「何だよ、あいつ……」
敦士は和葉の心の中を見透かせない。
だから、一心不乱に廊下を駆け抜けていく和葉の背中を、ただ切ない瞳で見守る事しか出来なかった。
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