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第七章
197.臆病の塊
しおりを挟むコンビニバイトが終わって夜遅くに帰宅すると、父親はいつもと変わらぬ笑顔で玄関まで出迎えてくれた。
「お帰り。今日の夕飯は生姜焼き……」
「夕飯は要らない。お腹空いてないから」
和葉は父親に不機嫌な態度で言葉をかぶせて夕飯を断った。
父親はここ最近の異変に気付いていた。
数日間、食欲不振で栄養不足が重なり、笑顔を失うどころか血色が悪くなっている。
敢えてその話題に触れずにいたが、今日は一段と沈んでいたので、つい口を出してしまった。
「今日は一段と顔色が良くないようだけど、何かあったの?」
「ごめん。何でもないから大丈夫」
今は自分の事で精一杯だ。
おじさんが心配してくれる気持ちはとても有り難いけど、気を遣えるほど心に余裕がない。
和葉は無愛想のまま玄関に上がり、手に持っている弁当袋を父親に手渡して部屋へと向かう。
玄関に取り残された父親は、それ以上話に突っ込む事を辞めて、和葉が自分の口から伝えてくるのを待つ事にした。
おじさんの作った夕飯が食べたくない訳じゃない。
ただ、今は一人になりたかった。
そっとしておいて欲しかった。
昼食のお弁当はほんの一口程度しか食べていないけど。
その間、何も口にしてないけど……。
夜になっても全く食欲が湧かない。
拓真に恋をする以前の私では考えられないくらい、今は恋の病に苦しんでいる。
和葉は部屋に到着すると、手に持っていた学生カバンを部屋の隅に投げ捨てて、制服を着たままベッドの上に飛び込んだ。
布団の香りが漂ってくると安心したせいか、我慢していた涙がツーっと流れ落ちてギュッと布団を握りしめた。
毎日が怖くて仕方がない。
一昨日より昨日。
昨日より今日。
右肩上がりの幸せが、最近は滑り台に差しかかってしまったかのように右肩下がりに。
次は何が奪われるのか。
これ以上、私から何を奪いたいのか。
私が拓真との恋を夢見ちゃいけないのだろうか……。
拓真と直接話したいけど、栞のガードが固くて話せない。
愛莉が邪魔をしてきた時とは違う。
栞は話す隙を与えてくれない。
それに、拓真も拓真だ。
私が毎時間付きまとっていた頃の時とは別人のように、優しく接している。
そんな態度を遠目から見ている私は、ただみっともなくヤキモチを妬くばかり。
今の私は臆病の塊。
栞に拓真を取られたくないけど。
拓真には嫌われたくない。
だから、栞から次々と嫌な提案が突きつけられても、ただ大人しく黙って頷かなければならなくなった。
拓真自身は、栞が現れてからどう思って毎日を過ごしているのだろうか。
最近は私達の関係が良好だったから、てっきり拓真の気持ちが傾いているのかと思った。
でも、現実に目を向けてみると、栞に対する態度と私に取る態度は、明かに別物。
私にツンなら、栞にはデレ。
もしかして、これが好きな人への態度なの?
きっと、栞は拓真が好きで忘れられなかったから、一人暮らしまでして傍にいる事を決意したのだろう。
すると、今は幸せの絶頂期なのかな。
もしそうだとしたら、後から現れた私は邪魔者なのかな。
昼休みと放課後の時間をこの一週間内で奪われているのに、明後日からは農作業まで加わる事に。
この時間まで奪われてしまったら、拓真と二人きりになる時間がゼロになる。
傍で仲のいい様子を見せつけられながら、私は一人で農作業をしなければならない。
そんなの嫌。
とてもじゃないけど耐えられない。
ずるいよ……。
拓真は昔から栞が好きだったんだから、私が栞に勝てる訳ないじゃん。
拓真の気持ちを自己都合で揺れ動かさないでよ。
栞と再会する前の拓真を今すぐに返して……。
和葉は拓真とまともに話せない日々が続くあまり窮地に追い込まれてしまい、やりきれない気持ちに胸が押しつぶされそうだった。
しかし、今の自分には太刀打ち出来る力がなくて、ただ静かに布団に顔を沈めて泣く事しか出来ない。
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