LOVE HUNTER

伊咲 汐恩

文字の大きさ
197 / 340
第七章

197.臆病の塊

しおりを挟む



  コンビニバイトが終わって夜遅くに帰宅すると、父親はいつもと変わらぬ笑顔で玄関まで出迎えてくれた。



「お帰り。今日の夕飯は生姜焼き……」
「夕飯は要らない。お腹空いてないから」



  和葉は父親に不機嫌な態度で言葉をかぶせて夕飯を断った。



  父親はここ最近の異変に気付いていた。

  数日間、食欲不振で栄養不足が重なり、笑顔を失うどころか血色が悪くなっている。
  敢えてその話題に触れずにいたが、今日は一段と沈んでいたので、つい口を出してしまった。



「今日は一段と顔色が良くないようだけど、何かあったの?」

「ごめん。何でもないから大丈夫」



  今は自分の事で精一杯だ。
  おじさんが心配してくれる気持ちはとても有り難いけど、気を遣えるほど心に余裕がない。



  和葉は無愛想のまま玄関に上がり、手に持っている弁当袋を父親に手渡して部屋へと向かう。
  玄関に取り残された父親は、それ以上話に突っ込む事を辞めて、和葉が自分の口から伝えてくるのを待つ事にした。





  おじさんの作った夕飯が食べたくない訳じゃない。
  ただ、今は一人になりたかった。
  そっとしておいて欲しかった。

  昼食のお弁当はほんの一口程度しか食べていないけど。
  その間、何も口にしてないけど……。
  夜になっても全く食欲が湧かない。

  拓真に恋をする以前の私では考えられないくらい、今は恋の病に苦しんでいる。



  和葉は部屋に到着すると、手に持っていた学生カバンを部屋の隅に投げ捨てて、制服を着たままベッドの上に飛び込んだ。

  布団の香りが漂ってくると安心したせいか、我慢していた涙がツーっと流れ落ちてギュッと布団を握りしめた。





  毎日が怖くて仕方がない。

  一昨日より昨日。
  昨日より今日。

  右肩上がりの幸せが、最近は滑り台に差しかかってしまったかのように右肩下がりに。


  次は何が奪われるのか。
  これ以上、私から何を奪いたいのか。
  私が拓真との恋を夢見ちゃいけないのだろうか……。


  拓真と直接話したいけど、栞のガードが固くて話せない。
  愛莉が邪魔をしてきた時とは違う。
  栞は話す隙を与えてくれない。



  それに、拓真も拓真だ。
  私が毎時間付きまとっていた頃の時とは別人のように、優しく接している。

  そんな態度を遠目から見ている私は、ただみっともなくヤキモチを妬くばかり。




   今の私は臆病の塊。

  栞に拓真を取られたくないけど。
  拓真には嫌われたくない。

  だから、栞から次々と嫌な提案が突きつけられても、ただ大人しく黙って頷かなければならなくなった。


  拓真自身は、栞が現れてからどう思って毎日を過ごしているのだろうか。
  最近は私達の関係が良好だったから、てっきり拓真の気持ちが傾いているのかと思った。


  でも、現実に目を向けてみると、栞に対する態度と私に取る態度は、明かに別物。
  私にツンなら、栞にはデレ。

  もしかして、これが好きな人への態度なの?




  きっと、栞は拓真が好きで忘れられなかったから、一人暮らしまでして傍にいる事を決意したのだろう。

  すると、今は幸せの絶頂期なのかな。
  もしそうだとしたら、後から現れた私は邪魔者なのかな。




  昼休みと放課後の時間をこの一週間内で奪われているのに、明後日からは農作業まで加わる事に。
  この時間まで奪われてしまったら、拓真と二人きりになる時間がゼロになる。

  傍で仲のいい様子を見せつけられながら、私は一人で農作業をしなければならない。



  そんなの嫌。
  とてもじゃないけど耐えられない。

  ずるいよ……。
  拓真は昔から栞が好きだったんだから、私が栞に勝てる訳ないじゃん。
  拓真の気持ちを自己都合で揺れ動かさないでよ。

  栞と再会する前の拓真を今すぐに返して……。




  和葉は拓真とまともに話せない日々が続くあまり窮地に追い込まれてしまい、やりきれない気持ちに胸が押しつぶされそうだった。

  しかし、今の自分には太刀打ち出来る力がなくて、ただ静かに布団に顔を沈めて泣く事しか出来ない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...