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第六章
35.彼の涙
しおりを挟む「話し合おう。すれ違ったまま終わりにしたくない」
「もう終わったの。アメリカに行っても元気でね」
感情のこもってない言葉がサラリと届けられるが、セイを直視出来ぬまま手を振り切ろうとして腕を大きく左右させる。
辛くて仕方ない。
昨日も今日も。
そして明日も明後日も⋯⋯。
きっとこれから先もセイくんが好きなのに、自分から切り捨てなきゃいけないなんて。
でも、どんなに気持ちが揺れ動いても、彼の未来の為に私が変わらなければならない。
朝のHR開始まで残り5分程度。
だが、セイにとって今はそれ以上に大事な時間。
「一方的に話が進められてまともに話し合えてないのに、このまま教室に帰せられない。俺に別れを受け入れろって言ってんの?」
「そんなに大きな声を出したら視聴覚室から声が漏れちゃう」
「だったら、何? お前を失うくらいなら、罰でも世間からの批判でも何でも受け入れてやるよ」
セイは自暴自棄に陥ると、紗南の腕を握る手により一層力が加わった。
「それは絶対にダメ……。積み上げてきたものが全部台無しになっちゃう。お願い、今すぐに手を離して。教室に戻らないと」
「今ここで腕を離したら俺らは二度と会えなくなる」
「セイくんの事はもう忘れるから、セイくんも私を忘れて。お互い別々の道を歩みながら頑張っていこうよ」
「何言ってんだよ! 別々の道を歩むなんて納得がいかねぇから」
正直、焦っていた。
早くしないと理性を保つのが厳しくなるから。
このまま勢いに押されていたら、アメリカに送るどころか傍にいて欲しいって引き止めちゃうよ。
理性と感情の間で戦っている紗南は心を鬼にしているが、気持ちの土台が安定しない。
すると、セイは一瞬の隙をついて後ろから覆いかぶさるように紗南を抱きしめた。
紗南は衝撃によって瞳に溜まっていた涙はまるで水しぶきのようにキラキラと宙を舞う。
両肩に触れているセイの指先は、離すまいと言わんばかりに食い込んでいく。
「好きだ……。他の大事なものを手放せても、お前だけは譲れない」
「……っ」
「俺、一番肝心な気持ちを伝えてなかった。今まで伝えるチャンスは何度もあったのに。
確かにお前の言う通り、何処かへ連れて行ってあげたり、何かをプレゼントしたり、一緒に写真を撮ったり、楽しい思い出を作ってあげたりする事も出来ない。それどころか2年も日本を離れて、寂しさに追い討ちをかけてしまうだろう。
留学……、すげぇ迷った。最初に話が浮上した時はお前と再会する前だったからすんなり決断したけど、お前と恋人になってからは、日を追う毎に離れる不安が増していった。
留学話を最初に伝えた時、お前が応援してくれたからアメリカに行こうと思ったけど、もしそれが原因でダメになるくらいなら、余計に日本を離れたくなくなった」
「えっ……」
紗南は途中から黙っていたが、セイの後ろ向きな考えに思わず目をギョッとさせた。
「お前が待っててくれると思ったから、明日潔く出発するつもりだった。でも、それが理由でお前を失うくらいなら、思い出作りを優先したい」
「セイくん、それはダメ……」
「それに、芸能人というだけで我慢を強いられてきたけど、俺だって1人の人間だよ。好きな人と幸せを掴みたい」
窮屈に締められていく身体と揺れ動いてしまった心は、前向きな意思よりも素直に反応を示した。
セイくんは世界一のバカだ。
長年積み上げてきた夢を、私如きで犠牲にしようとしている。
これから世界に羽ばたこうとしているのに、何の取り柄もない私のせいで⋯⋯。
ピタリと密着している彼の表情は伺えない。
でも、不揃いに揺れる身体の振動だけは伝わってくる。
セイくんはいま泣いてる。
辛い現実を背負いながら1人で苦しんでいる。
そう思ったら、心の中で大事なものが1つ1つ壊れていく音がした。
⋯⋯でも、受け入れちゃダメ。
背中を押すのは自分しかいない。
だから、まだ理性が働くうちにもう一度突き放そうと思った。
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