プラトニック ラブ

伊咲 汐恩

文字の大きさ
60 / 60
第九章

59.プラトニック ラブ

しおりを挟む


「えっ………」

「毎日一緒に居よう。一番近くで守るから」



  アイドルにとって同棲は死活問題だが、いっときの目線も離さない様子からして本気だとわかる。



「再会して確信したんだ。お前が隣にいたら、自分らしく生きれるんじゃないかって。お前の笑顔を原動力にしたいから、忙しくて会えないとかは無しにして、忙しくても傍にいるって関係はどうかな」

「セイくん……」


「もう二度とすれ違いたくない。どんなに辛い未来が待ち受けていても、俺が幸せにすると誓うよ」

「……っ」


「生まれた笑顔は絶やさせない。悲しくて辛い涙は流させない。決してお前を傷付けたり苦しめたりしない。絶対ひとりぼっちにさせない。約束する。お前がくれたこの勇気の飴に誓って」



  セイは自信に満ち溢れた表情で、右手に握りしめている飴を手の平から覗かせて微笑んだ。

  セイくんは世界一のバカだ。
  誰もが知る有名人なのに、何の取り柄もない私と同棲したいと言ってる。
  それが発覚してスキャンダル記事が出たら、セイくんは紛れもなく芸能界から干されてしまうだろう。
  昨日までアメリカで学んだ事が全てパァになるかもしれないのに、敢えて危険な橋を渡ろうとしている。


  でも、私はそれ以上にバカだ。
  その言葉を信じたいし、本気で一緒になりたい。
  どんなに辛い事があってもいっときも離れたくない。

  自分の人生の主人公は自分だ。
  産声を上げて生誕した瞬間から、人それぞれの人生が始まっている。
  神様は1人1人別々のドラマを描けるように、人間にイタズラを仕掛けてる。


  以前の私は、彼の為に気持ちを押し殺したり、限界に達するまで我慢をしたけど、最終的に幸せじゃなかった。
  お互い幸せじゃなきゃ意味がないのに……。

  だから私は、彼が目の前にいる今この瞬間から新しい自分に生まれ変わろうと思った。



「はい……」



  紗南は涙ぐませながらコクンと頷いた。

  私は弱気な自分を捨てて、彼が隣に居る未来を選択した。
  それが自分にとって一番の幸せだと思ったから。

  すると、セイは紗南の両頬に両手を添えて顔をゆっくり近付けた。
  紗南にとっては初めてのキス。
  期待と緊張で胸をドキドキさせてゆっくりと目を閉じた。


  恋人として復活したばかりなのに、いきなり同棲だなんて自分でも驚いている。

  彼の職業は歌手。
  私は医師を目指す大学生。
  お互い生活スタイルが違うし、彼はどんな食べ物が好きなのか、休みはどうやって過ごしているのか、どんな趣味を持ってるかはまだ知らない。

  でも、きっと一緒に暮らしてるうちに少しずつ分かり合えていく。
  お互い意見をぶつけ合って、時にはケンカをしながら仲良く生活していけばいい。
  どんなに辛い事があっても、彼が隣に居てくれればきっと乗り越えられるから。


  ところが、接近してきたセイの唇が5センチ手前に届いた瞬間。

  ガラッ……

  突然、保健室の扉が全開になった。
  その奥には養護教諭の姿が。



「おっふたりさーん。二度目の運命的な再会を果たしたぁ?  おめでと……っとぉ」



  再会の席を設ける為に長らく席を外していたが、おぼんに乗せた温かいお茶3つとレジ袋に入ってるお菓子を持って現れた。

  その瞬間、あとたった2センチで届いはずの唇は、不意打ちを食らったせいで60センチほど飛ぶように離れた。
  2人は一瞬にして赤面に。



「いっ……!」
「!!」



  セイは白い歯をむき出しにてベッドに座ったまま身体を仰け反らせて。
  即座に姿勢良く起立した紗南は、りんご色に染めたほっぺのまま手で口を覆う。

  養護教諭と目が合った瞬間、保健室内はシーンと静まり返った。
  3人の間に気まずい空気が流れた事は言うまでもない。


  養護教諭の予想では、2人は感動的な再会に明け暮れていると思った。
  だから、しんみりした空気を打ち破ろうと思って明るく登場すると決めていたが、予想外のキス現場に2人が上手くいった事を確信した。
  思わず口元がニヤける。



「あ~ら、お邪魔だったかしら?」



  嫌味の1つも言いたくなるほど、2人はウブに照れ臭さを見せる。



「ぜっ全然……邪魔じゃないです……」

「あっ……たかいお茶、早く飲みたいなぁ」



  2人は動揺の色を隠せずしどろもどろな返答に。

  外は白銀の世界に包まれる中、静寂に包まれている廊下には保健室からの賑やかな声が漏れていた。


  ーーこうして、2年越しのラブストーリーは、一度目に再会した保健室で再び始まりを迎えた。
  セイくんとは2年振りに恋人関係に戻っって、勢いに任せて同棲を決意したけど……。



「キスの続きをしたければいつでも席を外すから遠慮なく言ってね」

「杉田先生っっ!」

「じゃあ、折角だからお願いします」


「セイくんってばぁ!」

「あはは……」



  私達のプラトニックな関係は、想像以上に長引く予感がしてなりません。



【完】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

処理中です...