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第一章
11.約束
しおりを挟む雨は次第に勢いを増していく。
寒くて自然と肩が揺れる。
擦り合わせた指先。
足元に跳ね返る雨水。
そして、極限状態まで気持ちが追い込まている彼。
地面に叩き付ける雨音と、車が通過する音と、私達を探している母親達の声だけが耳に入る。
ザッザッザッ……
砂利を踏み締める足音が徐々に近付いて来る度に緊張感が増していき、決まらぬ覚悟に拳を強く握りしめた。
「谷崎くん。もしこのまま引越す事になったら手紙を書いてくれる?」
「わかった。愛里紗も必ず返信して」
「うん。必ず書くね!」
「うん、約束」
彷徨うように続いていた足音が付近で止まると、懐中電灯の光が私達二人に照らされた。
揃って眩しい光に目を向けると、その先には私の母親の姿が。
「愛里紗、谷崎くん。ここにいたのね……。良かった。暗くなっても帰って来ないから心配したじゃない」
母親は数本の傘と懐中電灯を落とすと、発見したばかりの愛里紗を両手いっぱいに抱きしめた。
愛里紗は冷たい身体に包まれると、罪悪感に駆られていく。
お母さんが泣いている姿を見たのは今日が初めて。
心配が重なっていたせいか、息が出来なくなるほど力強く抱きしめている。
私はいま12年間の人生の中で大恋愛を経験している。
これが恋だと実感できるほどに……。
自分を犠牲にしても構わないと思うほど、彼の気持ちに寄り添ってあげたかった。
「お母さん、ごめんなさい……」
愛里紗は母親の心配が伝わると、堪えていた涙が流れ出た。
母親は床から傘を拾ってそれぞれ二人に渡してから、同じく周辺を探し回っている翔の母親に電話をかけた。
その間、愛里紗達はお別れの時間が刻々と迫っている事を実感して互いの手をぎゅっと握りしめる。
翔の母親は3分も経たぬ間に三人の元へ。
翔の目の前に立つと、目を釣り上げながら勢いよく右手を振り上げた。
「あんたって子は、みんなに心配かけてっ……」
ビシッ……
「…………っ」
母親は抱きしめるどころか、翔の左頬を強く叩く。
衝撃音は雨音でかき消される事なく付近に響き渡った。
翔は左頬を片手で押さえて不服そうに黙り込む。
「勝手に家を出て行ったと思ったら、江東さんにまで迷惑かけて……。こんな夜遅くまで歩き回って、万が一愛里紗ちゃんに何かあったらどうするつもりだったの!」
すると、翔は鬼の形相の母親をキッと睨みつけた。
「自分勝手は母さんだろ! 俺の気持ちなんてちっとも考えてない。俺の気持ちを一度でも聞いた事があるかよ」
「生意気言って! これ以上江東さんに迷惑をかける訳にいかないから、とりあえず家に帰るわよ」
「嫌だっ……、離せよ。何処にも行きたくない。俺は二度と帰らないからな」
「翔! いい加減にしなさい」
翔は反抗的な態度を見せるが、母親の力には敵わない。
母親はなかなか言うことを聞かない翔の腕を強引に引っ張って、神社の脇に停めている車の後部座席に押し込んだ。
不機嫌な手つきで扉を閉めると、翔はガタガタと扉を開けようとするが、チャイルドロックがかかっていて扉が開かない。
母親は扉前から愛里紗達に挨拶を始めた。
「江東さんに何とお詫びをしたらいいのか……。翔が大変なご迷惑をお掛けしました」
「うちの娘こそ、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
愛里紗の母親も翔の母親と同じく娘の非を伝えて深々と頭を下げた。
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