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第一章
12.一生のお願い
しおりを挟む「実は引っ越す事になりまして。愛里紗ちゃんには本当に仲良くしていただいたみたいで……。今日までお世話になりました」
「そうでしたか。残念です。こちらこそ、娘と仲良くしてくれてありがとうございました」
いま私達が想像していた最悪なパターンが目の前で展開されている。
さっきまで長時間隠れていた事が無意味だったかのように……。
話を終えた翔の母親が運転席に向かっている瞬間、愛里紗は翔の母親へと駆け寄って腕にしがみついた。
「ダメ…………。おばさんっ、一生のお願いだから引っ越さないで」
愛里紗は気が狂ったかのように大粒の涙を流しながら懇願する。
すると、愛里紗の母親はすかさず間に入った。
「愛里紗! 無茶を言うのはやめなさい」
「谷崎くんを他の街に連れて行かないで! 離れ離れになりたくないの! ずっと一緒にいたいの……」
「ほら、谷崎さんから手を離しなさい」
「おばさん、行っちゃダメ! 谷崎くんと一緒にこの街に残って。一生に一度のお願いだから……」
今ならまだ間に合うと思って気持ちを吐露した。
私はこの瞬間に全てを賭けている。
翔くんの代わりに私が気持ちを届ければ、思いとどまってくれると思ったから……。
だが、翔の母親は愛里紗とは対照的に穏やかな目を向ける。
「愛里紗ちゃん。今まで翔と仲良くしてくれて本当にありがとう。感謝してる」
愛里紗は願いが届いてないと判明すると、再び興奮気味に詰め寄った。
「おばさんっ…………。ダメだよ! 感謝の言葉なんて要らない。行かないで! 谷崎くんと別れたくない!」
「愛里紗! 無理を言うのはやめなさい」
前のめりでお願いする愛里紗と、愛里紗を引き止める母親。
車窓を叩いたり後部座席の扉をガタガタ揺らす翔。
そして、軽く会釈した後に運転席に乗り込む翔の母親。
愛里紗と翔の願いは届かず、別れの準備は着々と進められている。
違う……。
おばさんから聞きたいのは感謝の言葉じゃない。
最後の挨拶なんて聞きたくないよ……。
愛里紗は話をまともに取り合ってもらえない状況に悔し涙を流した。
翔の母親は車のエンジンをかけてワイパーのスイッチを入れる。
車のエンジン音は、バケツをひっくり返したような豪雨にかき消されていく。
翔が後部座席の窓を開けて顔を覗かせた瞬間、車は発車。
すかさず身を乗り出しながら愛里紗と目線を合わせると大声で叫んだ。
「ありさああぁぁ…………!」
悲鳴混じりの泣き叫ぶ声が神社全体を包み込む。
一方の愛里紗は、翔の声がもう二度と聞けなくなると思った瞬間、半ば諦めかかっていた気持ちが再燃する。
「谷崎くんっ! 嫌だっ、待って……」
愛里紗は翔がいなくなる恐怖がこみ上げてくると傘を投げ捨てた。
イルカのストラップを左手に握りしめて溢れる涙を滴らせながら、暗闇に向かっていく車の後を追いかける。
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