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第七章
157.世界一大切な人
しおりを挟むーー父さんと再会してからおよそ3時間。
時間と共にわだかまりは少しずつ解消されてお互いの気持ちが落ち着いた頃、父さんは聞いた。
「母さんは元気?」
「元気だよ。相変わらず肩と腰が悲鳴を上げてるみたいだけど」
「ははっ、相変わらずなんだね」
父親はそう言って懐かしく遠い目をする。
まだ一緒に暮らしていた頃の姿を思い描いているのだろうか。
「翔はいま幸せ?」
「どうかな……。さっき父さんは母さんを失ってから、幸せだった事に気付いたって言ってたよな」
「あぁ」
「自分が幸せだったのは父さん達が離婚する前。それは、父さんが身近にいただけじゃなくて、ある人が心の支えになっていたから」
「そのある人とは?」
「その人はいつも傍にいてくれて天使のような温かい笑顔を持っていた。俺の為に歪な形のおにぎりを握ってくれたんだけど、それがしょっぱいんだけど世界一美味くて……」
「へぇ」
「泣いたり、笑ったり。いつも彼女の表情に気持ちが左右されてた。引っ越してから手紙を送ったんだけど、一度も返事は来なかった。返事を待ちわびていた自分に気付いた時、既に幸せを失っていたんだなと……」
別に父さんを責める為に言った訳じゃない。
ただ、色褪せない思い出が胸に刻み込まれているから、気付いた時には口から溢れていた。
ーーあの時は幸せだった。
彼女と微笑み合った時間も。
励ましてくれた時間も。
気持ちが交錯して喧嘩していた時間も。
心が通じ合った時間も。
胸がドキドキした時間も。
彼女の冷たい手を握りしめていた時間も。
俺にとっては全てが特別な時間だった。
今は思い出のひと時が一瞬のように感じている。
「もしかして、その子はお前が寝ていた時にいつもはめていた手袋をプレゼントしてくれた子なんじゃ……」
「えっ! 父さん、知ってっ……」
正直焦った。
何故ならたまにしか帰って来なかった父さんに自分だけの秘密がバレていたから。
「あぁ。自宅に戻った時はお前の寝顔を見るようにしていた。もうすぐで会えなくなると思っていたからね。手袋はいつもはめて寝ていたから、きっと大切な人からもらったんだろうなと思っていたよ」
「彼女は俺にとっては世界一大切な人。昔からずっとね……」
愛里紗の事を思い描く度にくすぐったく感じるこの感情は、小学生当時からちっとも変わらない。
恋心は未だに胸の中で生き続けている。
彼女の温もりに包まれるように眠っていたあの頃は、彼女が傍にいてくれたからこそ幸せだった。
だから、どんなに孤独で辛くても、寂しくても、悲しくても、耐えられたのかもしれない。
目眩がするほど輝かしく恋い焦がれた時間は、関係が引き裂かれた今でも胸の中で静かに時を刻んでいる。
ーーただ、今はどうしたらいいかわからない。
咲ちゃんは愛里紗の親友で。
愛里紗には新しい彼氏がいる。
もどかしい時間ばかりが過ぎていて、ただただ過ぎ行くこの瞬間ですら愛おしいのに……。
翔は父親がいる事を忘れてしまったかのように、ぼんやりとテーブルに目線を落としている。
すると父親は、想像以上に深い想いを寄せているのではないかと察した。
「その大切な人にはまだ会えないの?」
「実は最近偶然に会えたんだけど、そこには想像以上に複雑な事情が絡んでいて。今はもう遠い人」
翔は肩を落として、ため息交じりで弱音を吐いた。
しかし、父親は苦い経験を乗り越えてきたからこそ言える言葉があった。
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