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第八章
173.自分の居場所
しおりを挟む「俺は中三の頃に愛里紗と付き合ってたけど、あいつの頭にはあんたが棲み続けていた。それでも隣に居られる事に感謝してた。
でもやっぱり心の距離が縮まらなくて一度別れた。それでも忘れられなくて、春に再会した時もう二度と後悔しないように全力を尽くしてきた。
心の距離が近付いて上手くいき始めた矢先にこのザマかよ。あんたは俺の地道な努力を知らないから適当な事が言えんだよ。
あんたのせいであいつは長年苦しめられてきた。毎日泣き腫らした目で学校に来てたよ。……好きならどうして守ってやらねぇの?
今更のこのこ出てきて大切な人と言われても納得する訳ないだろ。俺はあんたみたいに泣かせたり、苦しめたりした日なんて一度もないからな!」
理玖は理性を失うほど怒号を浴びせると、翔の胸を突き放して、表情を隠すかのように顔を逸らした。
翔は言葉を失った。
街を離れてから透明のままだった時間は、過去が明かされていく度に少しずつ色で塗り重ねられていくのだから。
話を終えた理玖は、翔から二、三歩離れて背中越しに口を開いた。
「昔からあんたの存在が目障りだった。あんたさえ居なければって何度思った事か。あんたは心の中の時計が過去のまま止まっているかもしれないけど、あんたがいない間に何もかもが生まれ変わってんだよ」
「……」
「頼むからもう消えてくれよ……。俺達の関係は順調だから、これ以上あいつを苦しめるんじゃねぇよ」
理玖は感情的になりながらそう言うと、煮え切らない態度で場を後にした。
一人残された翔は、ショックを受けたまま理玖の後ろ姿を静かに見届ける。
行方をくらますように街を出た瞬間、狂い出した運命は後戻り出来ない状態になっていた。
本当はとっくにお互い別々の道を歩んでいるのに、俺は過去に執着しているばかりに奴の本心まで行き届かなかった。
つい最近までは、未来予想図通りに事が進むものだと思っていた。
愛里紗と再会したら、会えなかった約5年分をこの手で幸せにしてあげよう。
もう二度と泣かせないようにしようって思ってた。
二人の思い出は代わりが利かない宝物だったから。
でも、実際は思う様にいかない。
俺が会いに来るのを一人で待ち続けていてくれた彼女。
毎日神社に通って、俺が街に戻ってくるのをひたすら願っていた。
過去を引きずって、傷付いて、ようやく立ち直れた頃に新しい恋が始まっていて。
でも、そこには自分の居場所が残されていなかった。
本当は理玖という男が愛里紗を悲しませている訳じゃなくて、離れている間に俺自身が散々苦しめ続けていたなんて。
奴に真実を聞くくらいなら、いっその事『俺の女に近付くんじゃねーよ』って、一発殴られた方がまだマシだったのかもしれない。
理玖は自宅に戻ると、背中からドサッとベッドに寝そべって額に右手の甲を当てた。
中学生の頃から最も恐れていた人物の翔が忽然と姿を現した事によって、古傷が痛みを増していく。
クッソ……。
何だよ、あいつ。
今更現れるんじゃねぇよ。
俺は生半可な気持ちで愛里紗に接してきた訳じゃない。
中学ん時から、一途に想い続けて今日まで毎日大切にしてきた。
慎重に育んできた幸せを、あっさり壊しに来るんじゃねぇよ。
お前に愛里紗を奪われたら。
愛里紗の気がお前に向いたら、俺の手元には何も残らなくなる。
だから、お前にだけは絶対譲れない。
理玖はギュッと布団を握り締めながら、やり場のない怒りでもがき苦しんでいた。
空白の時間が闇色に染まっていったのは翔だけじゃなくて、忽然と姿を現した翔に心を痛めつけられていた理玖も闇色に染まり出していた。
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