175 / 226
第八章
173.自分の居場所
しおりを挟む「俺は中三の頃に愛里紗と付き合ってたけど、あいつの頭にはあんたが棲み続けていた。それでも隣に居られる事に感謝してた。
でもやっぱり心の距離が縮まらなくて一度別れた。それでも忘れられなくて、春に再会した時もう二度と後悔しないように全力を尽くしてきた。
心の距離が近付いて上手くいき始めた矢先にこのザマかよ。あんたは俺の地道な努力を知らないから適当な事が言えんだよ。
あんたのせいであいつは長年苦しめられてきた。毎日泣き腫らした目で学校に来てたよ。……好きならどうして守ってやらねぇの?
今更のこのこ出てきて大切な人と言われても納得する訳ないだろ。俺はあんたみたいに泣かせたり、苦しめたりした日なんて一度もないからな!」
理玖は理性を失うほど怒号を浴びせると、翔の胸を突き放して、表情を隠すかのように顔を逸らした。
翔は言葉を失った。
街を離れてから透明のままだった時間は、過去が明かされていく度に少しずつ色で塗り重ねられていくのだから。
話を終えた理玖は、翔から二、三歩離れて背中越しに口を開いた。
「昔からあんたの存在が目障りだった。あんたさえ居なければって何度思った事か。あんたは心の中の時計が過去のまま止まっているかもしれないけど、あんたがいない間に何もかもが生まれ変わってんだよ」
「……」
「頼むからもう消えてくれよ……。俺達の関係は順調だから、これ以上あいつを苦しめるんじゃねぇよ」
理玖は感情的になりながらそう言うと、煮え切らない態度で場を後にした。
一人残された翔は、ショックを受けたまま理玖の後ろ姿を静かに見届ける。
行方をくらますように街を出た瞬間、狂い出した運命は後戻り出来ない状態になっていた。
本当はとっくにお互い別々の道を歩んでいるのに、俺は過去に執着しているばかりに奴の本心まで行き届かなかった。
つい最近までは、未来予想図通りに事が進むものだと思っていた。
愛里紗と再会したら、会えなかった約5年分をこの手で幸せにしてあげよう。
もう二度と泣かせないようにしようって思ってた。
二人の思い出は代わりが利かない宝物だったから。
でも、実際は思う様にいかない。
俺が会いに来るのを一人で待ち続けていてくれた彼女。
毎日神社に通って、俺が街に戻ってくるのをひたすら願っていた。
過去を引きずって、傷付いて、ようやく立ち直れた頃に新しい恋が始まっていて。
でも、そこには自分の居場所が残されていなかった。
本当は理玖という男が愛里紗を悲しませている訳じゃなくて、離れている間に俺自身が散々苦しめ続けていたなんて。
奴に真実を聞くくらいなら、いっその事『俺の女に近付くんじゃねーよ』って、一発殴られた方がまだマシだったのかもしれない。
理玖は自宅に戻ると、背中からドサッとベッドに寝そべって額に右手の甲を当てた。
中学生の頃から最も恐れていた人物の翔が忽然と姿を現した事によって、古傷が痛みを増していく。
クッソ……。
何だよ、あいつ。
今更現れるんじゃねぇよ。
俺は生半可な気持ちで愛里紗に接してきた訳じゃない。
中学ん時から、一途に想い続けて今日まで毎日大切にしてきた。
慎重に育んできた幸せを、あっさり壊しに来るんじゃねぇよ。
お前に愛里紗を奪われたら。
愛里紗の気がお前に向いたら、俺の手元には何も残らなくなる。
だから、お前にだけは絶対譲れない。
理玖はギュッと布団を握り締めながら、やり場のない怒りでもがき苦しんでいた。
空白の時間が闇色に染まっていったのは翔だけじゃなくて、忽然と姿を現した翔に心を痛めつけられていた理玖も闇色に染まり出していた。
0
あなたにおすすめの小説
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる