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第八章
180.光と影
しおりを挟む私は再び翔くんに心狂わされていたと気付いた瞬間、自分自身が怖くなった。
翔くんが街から姿を消したあの日を境に、神社から見上げた空は青色じゃなかった。
いつも光を失った灰色。
今にも雷が発生しそうなほどの暗い空模様だった。
決して天気が悪かった訳じゃない。
曇りの日も雨の日も雪の日もあったけど、晴れの日も沢山あった。
でも、ストローから命が吹き込まれたシャボン玉は、燦々と降り注ぐ太陽の光を反射させていつも七色の虹色に光り輝いていたから、色を感じなかった訳じゃない。
空の色が灰色のように思えたのは心の問題だった。
理玖が光だとしたら、翔くんは影。
理玖と会う時は自然と笑顔で、翔くんと会う時はいつも表情が曇っている。
でも、影は昔から影だった訳じゃない。
元々は誰よりも美しく輝かしい光だった。
ーーあれは、小学六年生当時。
私は毎日温かい光を浴びたくて、彼の香りに胸をトキめかせながら純真無垢な恋をしていた。
光が強く差し込んだ日も。
光が弱くなり始めた時も。
まるでスポットライトに当たっているかのように、私がいるところだけに強い光を放ってくれた。
でも、遮断されてしまったあの日を境に光は輝きを失った。
私が影の行き届かなかった努力を知った時、既に長年の時が流れていた。
光を失った苦しみが時と共に緩和されていくと、私は立ち上がる決意をした。
ショックで衰弱してしまったあの日から、希望を失って待ちくたびれてしまっていたから。
私は影を諦めて、新しく差し込んだ光に希望を託した。
その理由は、光のベールで優しく包み込んでくれたから。
どんなに辛くても悲しくても、一定の強い光を照らし続けていてくれたから。
しかし、再び光を弱々しく帯び始めた影は、あの頃のように美しく輝く光になる事を待ち望んでいるのかもしれない。
心の天気はにわか雨。
冷めきったカフェラテに沈黙の時間。
そして、心狂わされた自分を戒めている私と、目線を落としている彼。
側から見たら別れ話をしている恋人のよう。
でも、今はそれに近い状況に。
歩むべき道は決まっているのに、彼は何度も行く手を阻んでくる。
だから、自信と余裕が無くなってくる。
「ゴメン。もう行くね」
愛里紗は気持ちが行き詰まりか細い声でそう言うと、荷物とコートとマフラーを手早く一つにまとめて帰り支度をした。
今の幸せを壊したくないから、ここを去るのが賢明だと思った。
翔くんと一緒に居たら、またいつ理性を失ってしまうかわからないし、安全圏に居留まりたい。
もう、これ以上誰一人傷付けたくないから……。
愛里紗は勢いよく席を立って出口を目指した。
ところが……。
「待って!」
翔はすかさずテーブル脇を通過中の愛里紗の右手を握りしめて足を引き止めた。
『未来を切り拓くのも幸せを掴みに行くのも、結局は自分次第なんだよ』
愛里紗との縁が切れかかった瞬間、先日数年ぶりに姿を現した父親の話が脳裏を過ぎって左手に光と勇気を与えた。
あの時、父さんは言ってた。
『お前の気持ちが後ろ向きだったら、見ようとしていたものは更に見えなくなる』
父さんは俺が傷つかないように。
自分みたいに後悔する人生を送らないように。
前を向いて歩んでいけるように、誰よりも心強い言葉を残してくれた。
俺は彼女と再会してからまだ何も始まってないし、本気でぶつかってもいない。
それなのに、返答一つで未来を振り分けてしまっている。
『お前には父さんみたいに後悔する人生を送って欲しくない』
後悔なんてしたくない。
でも、今のままじゃ手紙を待ち続けていただけの当時から何一つ進歩していない。
だから、素直に言った。
「忘れられないんだ」
「えっ……」
「ずっとお前が忘れられないんだ……」
俺は父さんからもらった勇気を左手に託した。
前を見つめたまま同じ所で足踏みしている自分から、一歩前に踏み出す自分に生まれ変わる為に。
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