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第九章
196.大切なプレゼント
しおりを挟むすっかり日が落ちて辺りが薄暗い景色に覆われる中、無事にネックレスが見付かって一段落した私達は、夕日が沈みゆく海岸付近の海が見える高台のベンチに腰を下ろした。
カバンのファスナーを開けて、中に忍ばせておいたバレンタインの紙袋を出して理玖に手渡す。
すると、理玖の膝下で紙袋からあっと言う間に引っぺがされたマフィンボックスは瞬く間に顔を覗かせた。
「お! このマフィンは見覚えがあるぞ。あはは、久しぶり」
『お久しぶりですぅ。今日もいい感じでこんがりしちゃってますぅ』
「ボクはどうしてまた日焼けしちゃったのかな?」
『はいっ! ボクは元々日光浴が好きだからで~す」
理玖がマフィンボックスを両手で持って動かしながら一人で語るその姿は、まるで腹話術をしているかのよう。
残念ながら地味に嫌味を言っている。
「あのさ……。それって、私に対して軽くイヤミを言ってるんだよね。確かにチョコレートマフィンは焦げて失敗したけど、一人芝居やめてよ!」
理玖は先ほどまで泣き静まっていた私を笑顔にする為に、ツッコミどころ満載の黒光りしているマフィンを話題に笑いを引き出してくれた。
「あはは。ごめんごめん、冗談」
「でも、昔バレンタインの時に渡したマフィンの事を今でも覚えてくれてたんだね」
「当たり前だろ。やけに日焼けしたやつだよな。美味すぎて喉元をなかなか通って行かなかったやつだろ?」
「……それって遠回しにマズイって言ってる?」
「んな事、ひとことも言ってねーよ」
翔くんの一件で溝が出来てしまったけど、理玖の気遣いとネックレスが見付かった事で少し気が晴れた。
理玖は本当にスゴい。
昨日今日と辛い状況が続いたのに、自分の気持ちはそっちのけで私を気遣ってくれる。
振り返れば昔からずっとそうだった。
理玖の精神力があまりにも強いから、私は当分敵いそうにないや。
雑念混じりで作ったチョコマフィンを1日ぶりに目にすると、わざわざ手作りしないで買った方が良かったかなぁ……、なんて後悔する。
「今回も頑張って作ったのに……。なんか、私お菓子作りに向いていないみたい」
不甲斐ない自分に落胆していたけど、箱からマフィンを取り出してガブッと一口でかぶりついた理玖は小さなエクボを覗かせた。
「そ? 俺にはこれ以上にウマいもんねーけど」
「でも、失敗しちゃったし……」
「そんな小さな事なんて気にしないよ。大切なのはプレゼントしようと思う気持ち。このマフィンもお前からのキスも、俺にとっては大切なプレゼントだった。だから、今後は一つ足りとも手放すつもりはないよ」
「理玖……」
それは、翔くんが念頭に置かれているような言い方だった。
だから、理玖の気持ちに上手く応えられなくなっている自分に嫌気が増していく。
すると、理玖は自分側に指を向けて急に甘ったるい声を出した。
「今日はバレンタインだし、ネックレスも一生懸命探して見つけたからお礼にチューして」
「えっ! チュウ?」
急展開を迎えて頭の中が真っ白に。
正直、今はキスをしたい気分じゃない。
昨日はキスを拒否してしまったし、心の中には翔くんが棲んでいる。
でも、このままじゃダメだと思う自分もいるし、翔くんへの想いを断って今後も理玖と上手くやっていきたいというのが本音だ。
だから、理玖のホッペにキスをした。
ところが……。
「だめ、そこじゃない! ここ。ここに」
理玖は唇を尖らせながら、自分の唇に指をさしてキスをするよう催促。
一度自分の意思でキスをしてしまっただけに、甘え方も徐々にエスカレートしていく。
「ちょちょちょっと、何言ってん……」
「早く。チュー」
「はっ早くって、言われても……」
言葉では否定的しつつも、恋人だから唇を重ねる。
すると、理玖の手のひらが私の頬を包み込む。
重く深まる長い長いキスに理玖の気持ちが染み渡ってくる。
少し強引気味にキスをねだってきたから、ただ単に気持ちを確認したかったのかもしれない。
私はこれから気持ちにケジメをつけて平和だった日常に軌道修正していかなければならない。
それが私達二人にとって最善策だから。
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