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第九章
200.愛里紗の言葉
しおりを挟むーー翔はバレンタイン前日のあの日からもどかしい日々が続いていた。
自宅の部屋の窓から見上げる景色は、どんなに明るい日差しが降り注いでも闇色に染まっている。
愛里紗の口から「今は幸せ」だと言われて、全ての結果は出ていたのに……。
『もう、何もかも遅いんだよ。どうして今更現れるの……』
あの時はほんの少しだけ感情を覗かせていた。
あれは、別れの言葉として伝えられたのか。
咲ちゃんの友達の言葉として伝えられたのか。
それとも、早く迎えに来て欲しかったという意味だったのか。
毎日考えてもあの時の気持ちがどうしてもわからない。
俺は受験勉強中のノートの端に正三角形を書いた。
この三角形には三角関係の意味が含まれる。
それぞれの角には三つの名前が入る。
一つ目は俺。
二つ目は愛里紗。
三つ目の名前を書こうとした、その時。
咲ちゃんの名前を書くべきか、それとも理玖の名前を書くべきか迷った。
愛里紗と俺の名前を書き綴った三角形の間に入る名前は一つだけではない。
この時点で二つ目の三角形が存在している。
決して四角形ではない。
対角線にあるのは俺達二人。
双方の三角形の違いは、ただ三つ目の名前が変わるだけ。
一つ目に咲ちゃんの名前を入れた。
でも、この三角形は一方的な別れを告げたと同時に終わりを遂げている。
勝手な想像だけど、自分以外の二つの角は今も線と線として結ばれているだろう。
でなきゃ、愛里紗は俺が告白したあの時に咲ちゃんの名前を挙げなかったはず。
元々愛里紗との間に三角形なんて存在しなかった。
点と点で結ばれている一本線だった。
しっかり繋がっていたはずなのに、離れていた時間がどうやら新しい二つの三角形を生み出してしまっていたようだ。
二つの三角形を書き終えた時。
『翔くんに会いたかったのは今じゃない。迎えにきちゃダメだよ……』
あの時の言葉の意味が少し理解出来たような気がした。
彼女と過ごした1年間は人生で最も幸せだったけど、会えない5年間は心が死んでいた。
無理して新しい自分に生まれ変わろうと思った結果、努力で人を好きになれないと知って多くの人を傷付ける結果に。
念願の再会を果たした時は、何もかもが手遅れになっていた。
俺達は離れ離れになってる間に別々の人生をスタートさせていたから。
しかも、理玖という男は想像以上に愛里紗を大切にしている。
今から手を尽くしても取り返しがつかないほど、互いの運命は大きく変わっていた。
こんな結果が待ち受けているのなら、引越し当日に神社に隠れるような一時凌ぎじゃなくて、「引っ越したくない」と這いつくばり続ければ良かった。
しかも、一番の失態は中学生の頃に会いに行かなかった事。
昔住んでいた街を遠い場所と位置付けて会えない原因を両親のせいにしていたけど、実は俺自身が現実から逃げていたかもしれない。
早く会いに行けば何かが変わっていたかもしれないのに。
愛里紗を泣かせずに済んだかもしれないのに……。
大切な事は後になって少しずつ気付かされていく。
今さら後悔しても取り返しがつかないのに。
しかし、今からの巻き返しは厳しくても、5年間の想いを無駄にするつもりはない。
後悔だらけの自分からはもう卒業したい。
世界中探し出しても、愛里紗の代わりになる人なんていないから。
あの日は別れ方が曖昧になってしまったから、もう一度向き合おう。
それでもダメならケジメをつけよう。
幸せを心から願ってあげよう。
最後まで自分らしさを貫いていこう。
愛里紗と再びぶつかる覚悟を決めた翔は、両手の中にイルカのストラップを包み込んでおでこに当てて目を閉じた。
それは、今後の希望を託すかのように……。
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