初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

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第九章

204.水面に映る影

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  ーー塾を辞めた週の土曜日の午前中。
  愛里紗は気分転換にぶらりと散歩に出ると、無意識のうちに神社に足を運んでいた。



  昨晩、理玖から電話でデートのお誘いがあったけど、『体調が良くないから』と理由をつけて断わった。
  身体はどこも悪くない。
  悪いのは心の都合だけ。

  理玖は近所に住んでいるから、いまこの神社に来たら嘘がバレてしまう。
  しかし、それでも構わないと思うほど、ここ数週間の心はくたびれていた。



  神社に到着すると、池の周りを囲んでいる岩場に小さくしゃがみ、涙で腫らした目でぼんやりと池の中を眺めた。
  鯉はスイスイと気持ち良さそうに泳いでいるけど、心ここに在らず状態の今は目に焼き付いていない。


  参拝に訪れる人の足音や話し声。
  風で木の葉同士が擦れ合うような軽やかな音。
  神社の脇道を通り過ぎる車の走行音。
  生き生きとしぶきをあげて泳いでる鯉の水面を弾かせるような水の音。

  普段何気なく感じ取ってる音すら耳に入らず、太陽の光と雲で隠れた日陰の両方を身体に浴びながら、ただ何もしない時間だけが過ぎていった。



  すると、揺れる水面に小さく映っている愛里紗の影の隣に新しい影が映し出された。



「愛里紗ちゃん。泣いてるみたいだけど、どうかしたのかな」



  真横に姿を現した神社のおじいさんは、ほっこりとした笑みを浮かべていつもと変わらない口調でそう言った。



「あっ、おじいさん。……あれ、涙が出てたかな。おかしいな」



  おじいさんを横目でチラ見した後、無意識に滴っていた涙を俯きざまに指先で拭った。



「何か悩み事でもあるのかい?  少し様子がおかしいように見えるんじゃが」

「あっ。いっ、いえ」


「もしかして、恋煩いかな」

「まっまさか、そんな……」



  目元を細めてスローテンポで話すおじいさんの鋭い勘に、しっかりと胸の内が見透かされている。



「そういえば、先日久しぶりに谷崎くんがここへやって来てのぅ……。元気そうじゃったよ」

「そうだったんですね」



  おじいさんは私が彼と再会した事を知らない。
  きっと久しぶりに神社を訪れた私の顔を見て、セットで思い出したんだろうなぁと勝手に思い込んでいた。

  翔くんと二度目の再会をした時に久しぶりに神社を訪れたと言ってたから、あれからもう一度来ていたんだね。



  すると、おじいさんは遠くの景色を眺めて言った。



「愛里紗ちゃん」

「あっ、はい!」


「人生は一度きりしかないんじゃ。その一度きりの人生の階段をたった一段踏み外しただけで怖くなって後ろを向いてしまっていないかい?」

「えっ!」


「もし、その先に少しでもチャンスがあるのなら、勇気を出して前に進んでみてはどうかな。もちろん失敗してもいい。……だが、失敗を恐れてチャンスを逃すのは勿体ないと思わないかい」

「……」


「人生に難は付き物。いい事も悪い事も常に抱き合わせなんじゃよ。今のままで愛里紗ちゃんは幸せかい?  未来に目を逸らし続けても幸せは一人でやって来ない」



  おじいさんとは久しぶりに会ったけど、今の悩みを見透かすようなピンポイントなアドバイスに酷く驚いた。
  秘め事が多くて誰からもアドバイスも受け取れない状態だったけど、おじいさんの話は不思議と素直に聞き入れられる。



「愛里紗ちゃんにとって、いま一番何を優先すべきかをじっくり考えてみなさい。そうすれば自然と答えが導き出されてくるはずじゃ」

「おじいさん……」



  おじいさんの言う通り。
  私は自分を守る為になんだかんだ言い訳を並べて逃げてばかり。
  理由をつけては辛い事から目を背けてしまい、壊れていく事を恐れて勝負を挑もうとしなかった。


  それは自分が常に安全圏に居たいから。
  弱虫だから。
  臆病だから。
  勇気がないから。

  ホントは情けない自分に嫌気が差していたのに……。

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