紫煙のショーティ

うー

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ミエリドラ

第二話

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 何をしてるのかしら、私は。アイリスを放って逃げるだなんて、馬鹿なのかしら、愚かだわ。
 アイリスを見殺しにしてしまったわ。誰かは知らないけど、この代償は高く付くわよ。

 町の中にあるボロボロになってしまった建物の中で体を休めていた。魔法によって体を強化していたが、それが無効化されている。今は生身の人間と殆ど同じだわ。
 とりあえず何が起きているか、誰がこれをしたのかを調べない事には、結界の無効化も出来ないわ。それにしても、こんなに大きな結界を張るのにはかなりの魔力、技術を必要とするはずだけどそんな高名な魔法使いなら、私でも知っているはず。一体誰かしら、今でも残る古い魔法使いといえばメアリーかしら、いや彼女はこんな魔法を得意としていないわね。だとするとミア? 有り得るわね。
「動くな」
 ふと、冷たい鉄を首に突き付けられた。気付かせずに私の背後を? やるじゃないの。声からして若い女のようだけど。
 私は両手を頭の上に挙げながら振り向いた。そこに居たのは、こんな状況でも目が死んでおらず、背が高く髪を後ろで一つに纏めた、青い髪をした女だった。手には剣? 刀身が僅かに湾曲した切れ味の凄そうな武器が持たれていた。
「……なんだ、生きているのか」
「失礼ね。こんな血色のいい死体が居るかしら?」
「居るから困ってるんだがな」
 安心したように武器を下ろす女はボロボロのソファに腰掛けながら、こちらを見ていた。
 名を聞かれたが、なんと答えようかしら。アリス? アリサ? まぁ、どっちでもいいわ。私はアリスと名乗った。
「アリス? 巨大化しそうな名前だな?」
「……そうなの?」
「まぁいい、見た所荒事には慣れていそうだ」
 名乗り遅れたな、と立ち上がり手を差し出す女はナグモと言うらしい。変な名前ね。
 私は彼女の硬い手を握りながら、何故こんなところにいるのかを問いかけた。
 彼女はよく覚えていないらしいけど、こんな所に居るのには理由があるのでしょう。
「私は死にたくはない、だが現状がそれを許してくれんだろう」
「協力しましょうって事かしら、貴女が噛み付いてこないのなら構わないわ」
「後ろから引っ掻いてくれるなよ」
 ふふ、とお互い笑みを浮かべた。この子とは上手くやれそうな感じがするわ。
 私はとりあえず、これからやろうとしている事を伝えた。目的は多分、変わらない。私を盲信するバカ達の殲滅、恐らく今回のこれも奴らのせいだと、私は思っているわ。
「ふむ、目的があるなら付き合おう、そしてそのアイリスと言う者だが、どんな奴なんだ?」
「そうね、小さくて可愛らしい、女よ。マスケット銃を持っていると思うからすぐに分かるわ」
「……なるほど、わかった。注意深く見ておく」
 中から外を確認すると、今はゾンビが閑散としている。出るなら今のうちかもしれないわね。
 そう思い、私達は物陰を利用して移動した。音さえ出さなければ彼らは気付かないのね。
「所でアリス、そのアイリスと言う奴はやれるのか」
「……多少はね、けど基本的にはただの人間よ」
「話にならんな。こんな状況で足でまといを一人増やすのか?」
 そう、彼女の言い分も理解出来る。マスケット銃が使えない今、彼女は生身一つで戦わなければならない。けど、彼女はそこまで強くはない。けど、約束したのよ。必ず何とかすると、待ってなさい、と。だから、早くこの厄介事へを終わらせなければいけないわ。
「私が面倒を見るわ」
「まぁ、一人ぐらいなら構わんがな」
 やれやれ、と肩を竦めるナグモに笑みを向けた。意外といい子なのかもしれないわね。私達はアイリスとはぐれた場所に移動した。大量の血と、皮膚の一部が残っていた。
 血痕は大通りへと続いており、彼女がまだ生きている事を示していた。早く行かないと。
「アリス、逸る気持ちはわかるが落ち着け」
「落ち着いてなんかいられないわ」
 そう、落ち着いてなんかいられるわけが無い。今、アイリスは瀕死の状態なのよ。そんな状況で奴らに襲われでもしたら、今度こそ死んでしまう。それだけは避けたい。なんとしても助け出さなければならない。
「しかし、この調子だとアイリスとやらも──いや、すまない」
 壁に私の手が入っていた。その言葉は他人から聞きたくなかったのかしらね。ここまで激昴してしまうなんて、私らしくないわ。
 手を壁から引っこ抜きながら謝り、血痕を追うことにした。
 数体のゾンビ相手なら問題は無く、それはナグモも一緒だった。この世界では珍しい柔の剣術。どうやら、あの武器は切ることに特化しているようね。ゾンビが簡単に真っ二つだわ。
 それにしてもこの血、何処まで続いているのかしら。路地に入っていっているようだけど、あの子ったら何処に向かっているというの? あまり心配をかけさせないで。
 私は何処か、彼女の死というものを考えないようにしていた。だが、それはすぐに無駄だと言うことを思い知らされる事となった。
「……これは……あの子の……」
 途中に落ちていたアイリスが背負っていたリュック、血に塗れたそれの中に入ってたものはグチャグチャになっていた。綺麗に纏めていたはずの布も乱れていた。
 その近くにはタバコの吸殻が落ちていた。それはまだ彼女が生きているという証拠にほかならない。
「……アリス、あの子がアイリスか?」
 その言葉に私は彼女が顔を向ける方向に振り向いた。そこに居たのはアイリスだったもの、であった。
 マスケット銃を杖のようにしてフラフラと歩き、俯いたままこちらに気付いた。
「アイリス……」
「おいアリス、近付くな、待て」
 ナグモの言葉に耳を傾ける事が出来ず、私はアイリスを抱き締めた。私を噛もうとする彼女を抑え、ごめんなさいと彼女に謝りながら、私は強く抱き締めた。
「……辛いなら私がやろうか」
「いいえ、彼女を助ける方法が一つだけあるわ」
 彼女の意思を無視してしまう事になるかもしれない、けど私はまだ貴女と一緒にいたいわ。
 貴女はこのまま死んでいきたいと思っているかもしれない、けどこれは私のわがまま。貴女が居ないと、この世界が面白くないじゃない。
「お、おい何をしてるんだ」
 私はアイリスの首筋に歯を突き立て、血を吸い始めた。私の眷属として彼女を蘇らせる。けど、貴女は私の従僕ではないわ。人間では無くなるけど、許して。
「──っはぁ」
 口の周りに付いてしまったアイリスの血を拭き取り、その場に倒れようとする彼女を支えてお姫様抱っこをした。後は今回の騒動を終わらせるだけね。
「アリス、一体お前は何者なんだ?」
「魔王よ。元だけどね」
 どうやら、あまり真に受けられていないようだけど、私の魔法を見れば信じてくれるでしょうね。
 さて、今回のケジメを付けなければならないわね。先程から視線が感じられるけど、覗き見なんて野暮な事をするものね?
「ナグモ、気を付けなさい。誰が見ているわ」
 何? と目を細めるナグモは剣を抜いた。手が塞がっている私を守るそうだ。
 黒いローブを身にまとった集団が何処からともなく現れた。多いわね。
「ようこそお待ちしておりました。我らが主、アリス様」
「雇用した覚えはないわよ」
 こいつらが今回の問題を起こした奴ら、アイリスが死ぬ原因を作った連中か。私は額に青筋を浮かべた。ここまで怒りを覚えたのは何百年ぶりだろうか。
「私達はアリス様の復活の儀を行いました。今回死んでしまった者はアリス様への供物となって頂いた、という事です」
 復活の儀? 馬鹿みたいな事をしでかしてれたものだ。そのせいでアイリスが死んでしまったじゃない。彼女が供物? ふざけるのも大概にして欲しい。これだから人間は嫌いだ。愚かだ。浅ましいだけなら可愛げがあるというのに、愚かしいまで来たら不愉快だ。
「なら、貴方達を殺せば、今回のケジメは付けられるのね?」
「どうやら、まだ混乱しているみたいですね。致し方ありません」
 先程から喋っている男、多分リーダーだろうけどその男は指をパチンと鳴らした。すると地面が崩れていった。どうやら、この中でも奴らは魔法を使えるようだ。
 舌打ちをしながら、落ちていくナグモを肩で抱えながら崩壊する地面を飛び移っていった。
 私達三人は、地下の奥底へと落ちて行くこととなった。

 全く、どれだけ落ちたのか。空がかなり遠い。それにしても、ミエリドラの下にこんなに大きな地下水路があるとは思わなかった。かなり古い建築様式だけど、いつのものかしら。少なくとも、私が封印される以前のものね。
「ナグモ大丈夫?」
「びしょ濡れだ」
 水路の水は意外と深く、私の膝の位置まで溜まっていた。しかし、どこかに流れているのが水は綺麗だった。
 さて、ここに落とされた理由はわからない。だけど、多少の魔法は使えるようになっている。どうやら、結界の外側に近いようね。これなら、アイリスが目覚めるのも時間の問題でしょうね。
「これからどうする」
「体を休めましょう、あまり悠長にしていられないでしょうけど、焦って死ぬよりマシでしょう?」
 違いない、と水路の脇にある通路に上がり火を起こす事にした。地面に魔術式を描きそこに火を出現させた。魔術を使ったのは久しぶりだけど、やはり面倒だわ。いちいち術式を描かなければいけないもの。だけど、何も無いところで焚き火をするのにはもってこいだわ。
「便利な力だな」
「どうやら貴女はこの世界の住人ではなさそうね」
「まぁな、多分、アイリスもそうだろう」
「えぇ、この世界のどこの地域でも見たことがない顔付きだもの」
 そう、アイリスとナグモがこの世界の住人では無いことはすぐにわかった。なんせ勇者もそうだったのよ。同じような顔付きをしているから、気付けた。
 まるであの時の同じね、何もかもが似ている。似すぎているわ。
「ごめんなさい、少し寝てもいいかしら」
 眷属化させるのは体力を使ってしまう。それもかなり持っていかれる。何せ、私の力の一部を丸々コピーする行為なのだから、体力を使わない方がおかしいわよね。
 私はアイリスの隣に寝転び、彼女の顔を見つめた。少しずつ傷が癒えているわ。アイリスは三人目の眷属、先の二人は既に死亡している。私が封印されたと同時にね。だから、久しぶりだわ。この頭の奥を引っ張られるこの感覚。
 眷属とは感覚や記憶を共有する事となるけど、覚悟しておかなければならないわね。彼女の記憶、アイリスが錯乱してしまうほどの、辛い過去。
「異変があればすぐに起こそう」
「……頼むわ」
 私の疲れた体は睡眠を快く受け入れた。
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