妖怪セプテット

うー

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舞い踊る

神野悪五郎

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 女天狗の天音あまねが目付け役として賀茂家に住み始めた。天音の事務的な口調から分かる通り、資料の作成などに長けていた。
 忠敬が今日学ぶのは神野悪五郎しんのあくごろうと言う者についてと妖怪の派閥の事だった。

「山本五郎左衛門と言う者を知っていますか?」

「名前だけなら聞いたことはあるが……」

「山本は主を持たぬ妖達の親玉、でした」

「でした、という事は……」

 静かに頷く天音は続けた。

「はい。彼は何者かによって殺害されました。多くの妖怪が彼の死を嘆きましたが、そのすぐあと彼に変わる者が現れました」

 それが神野悪五郎か、と忠敬は小さく呟いた。それに対して再び頷く天音だった。しかし深刻な顔をした。

「けれども、神野悪五郎は山本の配下だった妖達に嘘を流布させて、人間と妖が共謀し山本を殺したのだ、と扇動したのです。ここからはたま様の方が詳しいと思いますが……」

「たまが?」

 忠敬は頬杖をつくたまを見た。たまはため息混じりにうむ、と頷いた。

「神野を封印したのは妾達、古い物の怪と京の陰陽師じゃからな」

「神野の力は想像以上だったと聞いております。人間が持ち得る力を遥かに超えていた、と大天狗様も仰っていました」

 たまはその時の事を思い出しながら語り始めた。三百年前の事を。

「陰陽師も妖怪も、大勢命を落とした、それでも神野を封印したんじゃ」

「封印? 殺したわけじゃないのか?」

 険しい顔で首を縦に振るたまはその理由を説明した。

「あまりにも力が強すぎたんじゃ。あれはもはや人間をやめた存在じゃった、それが現代に復活しておる……かもしれん、以前、奴の力を一部を感じ取ったんじゃ」

「我々天狗は神野を崇拝する妖に襲撃されました。太郎坊様が住まう愛宕山、並びに大天狗様の鞍馬山は特に酷かったようで」

 なんという事じゃ、と頭を押さえるたまだった。

「物の怪には物の怪の領分があるんじゃ、それを超えた神野を認めるわけにはいかん」

 忠敬はふと、考えた。それは自分にも当てはまるのではないだろうか、と。妖怪に妖怪の領分があるのなら、人間にも人間の領分がある。忠敬はその狭間に位置していた。
 そんな忠敬の心中を察したのか、たまは忠敬の頭を撫でた。心配しなくともよい、と。

「……たま……ありがとな」

「忠敬様、我々は我々を受け入れてくれる人間には危害を加えません。だから忠敬様、決して妖の力を人間に振るおうと思わないでください……私達は方を失いたくはないので」

「あぁ……」

 指輪を撫でながら忠敬は頷いた。天音は少し休憩しましょう、と机の上に置いていた神野悪五郎に関する資料を綺麗に一つに纏めるとキッチンに移動してコーヒーを入れ始めた。

「西洋かぶれの物の怪じゃ」

「今の時代、コーヒーの一杯でも入れられないと生きていけませんよ。こう見えて私は人間に溶け込むのが好きですから、車も運転出来ますよ」

 手際よくコーヒーを入れる天音はふと気になったことを忠敬に問いかけた。

「あの、失礼な事を聞くかもしれませんが、お父上はご存命なのでしょうか?」

 忠敬は頷いた。

「あぁ」

「ちなみに、何をしてらっしゃるのですか? もしかして、陰陽師の賀茂様でしょうか?」

 キラキラしながら天音はそう興奮した様子で問いかけた。忠敬は首を横に振った。

「俺も何をしているのかはよく分からんが、全国を放浪してお金だけが振り込まれているんだ。仕事内容は一切教えてくれなかったよ……ていうかなんでそんな興奮気味なんだ?」

「陰陽師の賀茂と言えば、物の怪から絶大な支持を受けている陰陽師じゃ。まぁ、変わり者じゃな」

 忠敬は自身の父親、賀茂 茂敬かも しげゆきの事を思い出していた。妖怪に好かれ、人間にも好かれ、妻である賀茂 鏡花かも きょうかもいつまでも茂敬の事を待っている。人たらし、なんてあだ名もあるほどだ。
 そんな茂敬の息子である忠敬にもそのの才能は受け継がれており、妖怪たらしではある。

「それにかなりの腕を持つとも言われております。百鬼夜行に匹敵する、なんて噂もあります」

「へぇ……性格よくて強いだなんて、完璧だな」

「妾からすれば忠敬の方が数倍いい男じゃ、安心せい」

 歯を見せて笑うたまの顔を見て顔を綻ばせた忠敬だった。天音はそれを見てクスクスとほっこりとした。
 そもそも人間と妖怪は住む世界が違う。陽の光が当たる明るい表の住人、それが人間だ。一方、妖怪とは陽の光が届かない闇の裏の住人だ。その出会えるはずもない者同士が出会い、こうして一つ屋根の下で同居しているのだ。

「良いですね。本心から笑い合える、というものは」

「天狗は完全な縦社会じゃからのう……すとれすが溜まりそうじゃ」

「まず、女天狗と言うだけで舐められます。女天狗は狡賢い、大した神通力も使えないと、全くもって不愉快極まりない」

 天音はため息を吐いた。イライラを落ち着かせるようにコーヒーを口に含み飲み込んだ。

「失礼いたしました。思い出すとつい」

「いや、構わないが妖怪もストレス社会なんだな」

「天狗が異質なんじゃよ。まるで人間社会のさらりーまん、とかいう奴じゃな! 死ぬまでこき使われて、全く可哀想じゃな!」

 ケラケラと楽しそうにそう言うたまを見て天音は追加のため息を吐いた。

「そういえば、忠敬様? 忠敬様のご年齢なら学業に励んでいる頃でないのですか?」

 天音は平日の真昼間に忠敬が家にいることを不思議に思い首を傾げた。
 あー、と言う声を流しながら頬を指で掻く忠敬は誤魔化すように笑みを浮かべた。

「今は謹慎中なんじゃ」

「謹慎、ですか」

「まぁ、あまり気にしないでくれ。天音が言った通り、ついイライラする事ってあるだろう? そういう事だ」

 とりあえずわかった風に頷く天音に対して忠敬は前々から気になっていた事を指摘した。

「そんな事より、天狗の面、外さないのか?」

 天音は赤い鼻高天狗の面をずっと付けた状態だった。食事をする時も面をずらして鼻より上の部分は隠していた。

「えっ、いや、それはちょっと……」

 歯切れの悪い天音を見て首を傾げた忠敬だった。

「その……恥ずかしいんですよ。顔見せるの……だから、その、まだ外さないというか、外せないというか……昔、傷を負ってしまって、あまり見せたくありません」

「そうか、いやすまなかった」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。顔を見せない失礼は承知しているのですが」

 天音はコーヒーを飲み干し面を真っ直ぐ付け直した。

「忠敬様、謹慎が解けたら報告ください。私もついていきますので」

「ついていくって……どうやってだよ」

 お任せ下さい、と胸を叩いた天音はどこかワクワクとしていた。そんな天音の体が一瞬だけ光ると服装が忠敬の通う学校の女子の制服に変わっていた。しかし天狗の面は付けたままだった。

「その格好で来るつもりか? 明らかにヤバい奴だぞ」

「ご安心ください。顔はちゃんと幻術で変えますので」

「へぇ……」

「さぁ、休憩もほどほどにして続きをしましょう。どうぞ」

 天音はコーヒーが入っていたコップを流し台に持っていった。そして新しい資料を懐から取り出した。妖怪の派閥についてだった。

「現在、一番大きな派閥は我々天狗となっており、続いて鬼ですね。衰えたとはいえ、それでも未だ大きいのには違いありません。そして付喪神です。個体ごとはそこまで強大ではありませんが、数が多いのが特徴、と言えますね」

 見やすい表やグラフを資料に添付しており、さながらプレゼンのようだった。
 
 その頃、京都の大江山では異変が起きていた。
 大江山の鬼達が住む洞窟の中でイバラはとある人物と対峙していた。部下達は倒れイバラ自身も傷だらけで立っているのがやっとだった。
 そしてイバラが対峙する者はイバラよりも体が大きくまるで鉄に皮を縫い付けたように強靭な筋肉をしていた。

「三百年ぶりの現世だ。楽しもうかとおもったが……鬼も堕ちたもんだな。ここまで弱ってるたぁ、思いもしなかった……やはり、今一度俺が妖怪を導かねぇ、といかねぇな」

「……三百年ぶりだと? てめぇまさか……!」

「あぁ、そうだ。気付いてくれたか? お前の父ちゃんは強かったぜぇ? それなのに、お前ときたら、はぁぁぁ」

 全身黒い革で出来たジャケットとパンツを着用した男はサングラスを外した。黒い髪を上げてオールバックにし、目は赤く光っていた。

「神野……悪五郎……!!」

「イバラだったか? 俺についてこい、テッペンを見せてやる」

「なん……だと……」

 悪五郎はニィっと笑みを浮かべて両腕を広げた。

「今じゃぁ人間共が俺達を恐れず、夜を闊歩してやがる。夜は俺達の世界だろう? それなのに、妖怪共は平和だと胡座をかいていやがる! もう一度夜を統べる存在として、もう一度頂点へと返り咲きたくはねぇか? てめぇも鬼だろう? 鬼ならよぉ……酒呑童子みたく、大嶽丸みたく、暴れたくは、ねぇかい?」

「……頂点……」

 その言葉を静かに噛み締めるイバラは悪五郎を見つめた。

「俺と来い、俺達と来い」

 手をイバラに向けて伸ばす悪五郎の目に嘘は無かった。それを見たイバラはその手をゆっくりと手を伸ばした。

「……本当に、本当にお前となら頂点を取れるんだろうな」

 そう問われ、悪五郎はイバラの手を引っ張り肩を組んだ。そして、イバラの胸を拳でとんとん、と打った。

「てめぇのここが、腐ってなきゃぁ楽勝さ。それじゃぁ、行こうぜ。新しい夜を創りに、な」
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