庭師マイクは見た!新婚の旦那様が不倫?!

NO*NO(ののはな)

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それから

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初めて入った旦那様の執務室には、旦那様と奥様、フィル親方、マイク、メイ、サラ、マリ、見知らぬ小柄な少年がいた。

「伯爵家に戻ってきたということは、“表”としてやっていくということか?」

旦那様の問い掛けに、オレは少し迷ってから答えた。

「それはまだ考えていません。伝えたいことがあったのでここに来ました。あの…旦那様と奥様だけになっていただきたいのですが」

オレがそう言っても誰も動こうとはしなかった。
今度は奥様が口を開いた。

「それはあなたのお姉様の話だからかしら。でも内密に出来る段階は過ぎているわ。そうしたかったのなら、写真を送り付けるなんてまどろっこしいことしないでイグナスに直談判するべきだったわね。みんなもう関わってしまっているし、大体のことはサティから聞いているわ。今更よ」

普段は奥様と接することがほとんど無いから気付かなかったが、圧が強いというか、見えない壁で阻まれているような感じがした。

それと同時に、背後にピタリと何かが張り付く感触がして思わず振り返ったが、何も無かった。

「ふうん。気配じゃなくて思念に反応するのか。本能的なものかな?」

突然見知らぬ少年が話し始めた。

「ごめんなさい。はじめまして。僕はフレッド。後出しでフェアじゃないけど、僕は心の中っていうか表面的な思いとかが読めるんだ。集中しないと読めないし、抵抗されても読めない。だから『読まれるのは嫌だ!』って思われたらもう読めないから安心して。マックスさんはずっと体が弱かったんですよね。それで損得とか有益無益、敵味方を判断するセンサーが発達したんでしょうね。さっき感じていた壁とかピタリとする感触とか、普通の人なら気付かないはずだから」

戸惑うオレを置き去りにして、メイが肯きながら続けて話し出した。
あの動作が肯きなのはもう学習した。

「客観的な判断材料しかないから断定は出来ないけど、マックスもマックスのお姉さんも催眠術が掛かりにくいタイプね。タイプは違うけど。あ、私は催眠術が使えるの。サラは体術、マリは薬学、奥様は魅了、フィル親方はオーラが見えるの。ここに居るのはそういう特殊能力がある人なのね。無くても“表”の仕事は出来るわよ。決めかねてるなら、旦那様とマイクについてはちょっとまだ言えないかな」

「え?魅了…?」

ちょっと引っかかったオレが反応すると、フレッド少年が遮った。

「違うよ!彼女は魅了使いだけど男嫌いなんだ。伯爵とは、それを乗り越えた純粋な恋愛だよ」

「あ…それはなんとなく分かります。一瞬気になっただけです。あの、旦那様、オレの…あ、私の姉のことは、その、どう思われていたんでしょうか」

しばらく考え込んだ旦那様は視線を落としたまま話した。

「ナンシーは…ああ、ナンシーでいいだろうか?私の中ではナンシーなのでね。誤解をしないで欲しいんだが、お互いに都合のいい相手だった。私は所謂いわゆる女性を求めてはいなかったし、彼女も男を求めてはいなかった。彼女は外で酒を飲むのが好きだったんだが、よく絡まれててね。ある時見かねて助けたんだ。それから一緒に飲むようになった。私は独りの寂しさを紛らわせたかっただけだったし、ナンシーは男絡みの面倒事を避けたかっただけだった。だけど急にナンシーは姿を消した。私は、まあそんなもんさと思って…あの写真を見るまで彼女のことは忘れていたんだ」

「そうでしたか。実はあの写真を撮ったのは姉の幼馴染みで、その人からも話を聞いたんですが…あ、もしかして、もう?」

「サティから聞いている。…ナンシーは私の『私を求めている女は要らない』という言葉を違えそうになったから離れたのだろう、と。…もしもあの時求められていたら自分はどうしただろうか、と考えてみたが…応えることは出来なかったと思う。心がそういう方向を向いていなかったから。…すまない」

「いえ…そこまで伝わっているならオ…私の言いたいはありません。伝えたかったんです。姉の想いを。そんな女がいたことを」

「伝え方はあんまり良くなかったがな」

「はい。あの、奥様。申し訳ありませんでした。つい、カッとなってしまって写真を送ってしまいました」

奥様の方に向き直って頭を下げるオレに、奥様は苦笑いをした。

「悪意を向けられることは慣れてるわ。それに、今現在のイグナスの気持ちを疑うことは無いのよ。写真を送った理由が分かったからもういいわ」

「悪意は…!…ありました。なんで姉ではダメだったんだと…旦那様と奥様の結婚なんて壊れてしまえと…思いました。でも姉が逃げたんだと知ってからは、姉は人と向き合うことが出来なかったんだと分かりました。…オレとでさえ…」

「それも愛じゃないかしら。イグナスの負担になりたくないと思ったのも愛だし、気持ちを受け入れてもらえなくて傷付く自分を守ろうとしたのも愛だろうし、あなたが丈夫になるまで世話をし続けたのも彼女なりの愛なんだと思うわ。一般的に愛情と呼ばれるものとは違うとしても」

「しばらくは、ちょっと考えたいと思います。伯爵家には戻りません。トーマスさんのところでお世話になります」

オレが頭を下げると、旦那様は顎を擦りながら言った。

「そうか。では元気で頑張りなさい。あ!思い出した!ちょっと待っててくれ。……確かここに…あった!このブランデーを持っていきなさい。ナンシーはブランデーが好きでね、プレゼントしようとしていた矢先に行方不明になったから渡しそびれていたんだ。君とトーマスで飲んでくれ」

「あ…ありがとうございます。2人で姉の話をしながら飲みます」



~~~~~~~~



「トーマスさん、伯爵家は辞めてきました。面倒見てくれるんでしょ?あと、これは旦那様からのブランデーです。姉が好きな酒だったからプレゼントしようと思っていたそうです」

「そうか。じゃあ飲むか」

「いいわね」

「サティ?!」
「え?!サティさん…?」

「ふふふ。こんばんは。私もブランデー好きなのよ。一緒に飲みましょ」

突然トーマスさんの家の居間に現れたのは、長い黒髪を片側で束ねて藍色に銀糸の入ったマーメイドドレスを着た年齢不詳の美女だった。

「サティさん…なんですか?え?オレ、レティさんの時しか知らないから…」

「サティよ。分からなくて普通よ、変装してるんだから。トーマスが目敏いのよ。やっぱり欲しいわ~。スカウトしにきたの。もう片足突っ込んでるんだから“表”の一員にならない?2人とも」

「でも、もう伯爵家には戻らないし…」

「別に伯爵家でなきゃいけないことはないわ。普通に生活してくれてていいのよ。トーマスの目と、マックスのセンサーが欲しいの」

オレはオレのセンサーとやらを信じることにした。

「いいですよ。トーマスさんもいいんでしょ?」

「まあな。その話を受けるから、リリーを殺したやつらがどうなったのか教えてくれ」

「証拠が無いし、ぶつかったら落ちたと言い張っているから、過失致死にしかならない。だから放置よ。でも彼ら、借金があるの。逃げても逃げてもすぐ借金取りに見付かる状態だから、そのうちどうにかなっちゃうんじゃないかしら?」

「居場所を借金取りにリークしてるってことか。どうにか、ねぇ。大体末路は強制労働系か臓器提供だろう?」

「えぇ?なにそれ、都市伝説?私、知らな~い」

そうよ、と言わんばかりの悪い顔でサティさんは笑った。

「働くことは大事だし、人の役に立つのも素晴らしいことだわ。そういう契約書にサインしているなら合法だし?」

「そういうことにしておくか。リリーも復讐なんて求めてないだろうしな」

トーマスさんは少し肩を落として呟いた。

「うん。姉さんは自分のために何かされることを嫌がるというか、面倒がるとこあったよね。オレ、姉さんに『ありがとう』って言って欲しくて、出来そうな家事とかやったけど困らせただけだった」

「ああ、愚痴ってたことあったな。マックスもリリーの役に立ちたいんだろうからやらせとけばいいだろって言ったけど、本当に嘆いてた。『何も出来ないままでいればいいのに』って…」

しんみりしてきたオレとトーマスさんを慰めるように、サティさんはグラスにブランデーをいだ。

「『だからと言って、君の健康をうとんでいた訳ではない』って男爵が言ってたでしょ。しょうがないじゃない。そういう性分しょうぶんなんだから」

トーマスさんは泣きそうな顔で笑いながら、サティさんのグラスにブランデーを注ぎ返した。

「家事はなんでも出来たけど、不器用で…本人は認めたくないだろうけど強がりで意地っぱりで…かわいい女だったな。それを外に出せたかもしれないチャンスを俺が潰したのかもしれない。あの伯爵から逃げた時に」

「リリーはそれを外に出したくなかったから逃げたのよ。自分の足で立てない人間にはなりたくなかったんでしょう。なんとなく…分かるわ。少し似てるかもね、私と」

「サティも強がりで意地っぱりでかわいい女だからな」

「あら、分かってるじゃない。不器用が抜けてるところもね」

ん?あれ?もしかしてオレって邪魔?
そう思って瞬きしていると、サティさんが吹き出した。

「なんて顔してるの?ただの言葉の駆け引きよ。ね、トーマス」

「だけにしたくないって言ったら逃げるんだろう?」

「逃がしてくれるでしょ?」

「まあな」

???
分っかんねえ!!

オレはまだまだお子様なんだろうなと、半ば拗ねながらグラスを傾けた。








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