38 / 38
番外編7 サティという女
しおりを挟む
私は孤児だった。
夏の終わりに、生後三~四カ月ぐらいの私が草臥れたタオルケットにくるまれて孤児院の門の影に置かれていたそうだ。
痩せてはおらず、手縫いの服を着せられていた。
母にか父にか、それとも祖父母にか、何があったのかはわからない。
愛された記憶は無いけれど、恨んではいない。
それは、家族というものを知らないからだろう。
知らなければ欲しない。
私は知りたがりな子供だった。
孤児院ではそれぞれの発達に応じた仕事があったが、空いた時間は全て図書館に通って本を貪るように読んだ。
いろんな人の人生が知りたかった。
世界の仕組みが知りたかった。
読んで、読んで、読んで、その蓄えが溢れ出す頃、私は妄想するようになっていた。
私は妄想の世界で誰にでも何にでもなれた。
何通りもの人生を歩んだ。
そのうちにそれは外見にまで及ぶようになっていた。
だがそれはただやりたくてやっていたことで、特別な才能だとは思わなかった。
ある日、院長に呼ばれた私は“辺境伯の子供たち”という組織への移動を打診され、即答で了承した。
なぜか『これだ』という確信があった。
行った先でオーガストという男と出会うのだがそれは置いておいて、今現在の私はとある特殊な酒場にいる。
そこは変装酒場とでも言えばいいのか、仮面を付けている程度の人もいれば、不思議の国のアリスもいれば、砂漠の国の王子もいるような酒場だった。
職業柄、変装、変身の類いは日常茶飯事だが、それを知っている誰かがいる以上、全くの自由ではない。
私は完全な未知の人物になりたくて、その酒場に通っていたのだ。
そして、ずっと心の片隅に置いて意識の端で追い続けていた人間を見付けた。
それは、私が刺客からオランディーヌ王妃を救い、マクロス第二王子をフランに託している間に再度王妃を襲って亡き者にした謎の侍女だった。
その侍女を見たのはその日限りで、いつの間にか居て、王妃の亡骸が発見されるより前にはもう居なくなっていた。
素性を知る者は無く、その後の消息も全く掴めなかった。
私が見知らぬ侍女に気付いたのは最初の刺客を取り押さえた後で慌ただしく、妙な違和感を覚えたが深追いはしなかった。というか、出来なかった。
あの妙な違和感の正体が分かった。
消息が全く掴めなかった理由も。
男だったとはね。
しかも…宰相補佐。
あの当時はまだ下っ端だったと思うけど、だからこそ自由に動けたのね。
事が終われば男に戻ればいいんだし。
それにしても別人だわ。
人のことは言えないけど。
あんなのと同類なんて嫌だけど…同類だわ。
でもきっと彼は彼女にしかなれないわね。
女装がしたいのか女性になりたいのか、ただの変身願望なのかは知らないけど、完璧だわ。
男の時の宰相補佐とは仕草も歩き方も、息の仕方まで別の人間。
彼の写真を撮った私は先回りして宰相補佐の家を見張った。
夜中に女性の姿のまま戻るのを見届けた私は、宰相補佐の調査を“辺境伯の子供たち”の組織員に任せた。
オーガストと国王が望む結果が得られたと連絡があった頃、私はレティという引退した年配のメイドの人生を作っていた。
王妃が殺害された衝撃、筆頭侍女による第二王子誘拐事件の噂、それが真実ではないことを知っているけれど家族を盾に脅されていて言えない葛藤……。
レティは長い間苦労してきたわ、とてもとても。
こんなものかしら。
少し老け過ぎ?
いいえ、心労って目に来るのよ。眉間とね。
さて、フランの汚名をそそがなくちゃね。
夏の終わりに、生後三~四カ月ぐらいの私が草臥れたタオルケットにくるまれて孤児院の門の影に置かれていたそうだ。
痩せてはおらず、手縫いの服を着せられていた。
母にか父にか、それとも祖父母にか、何があったのかはわからない。
愛された記憶は無いけれど、恨んではいない。
それは、家族というものを知らないからだろう。
知らなければ欲しない。
私は知りたがりな子供だった。
孤児院ではそれぞれの発達に応じた仕事があったが、空いた時間は全て図書館に通って本を貪るように読んだ。
いろんな人の人生が知りたかった。
世界の仕組みが知りたかった。
読んで、読んで、読んで、その蓄えが溢れ出す頃、私は妄想するようになっていた。
私は妄想の世界で誰にでも何にでもなれた。
何通りもの人生を歩んだ。
そのうちにそれは外見にまで及ぶようになっていた。
だがそれはただやりたくてやっていたことで、特別な才能だとは思わなかった。
ある日、院長に呼ばれた私は“辺境伯の子供たち”という組織への移動を打診され、即答で了承した。
なぜか『これだ』という確信があった。
行った先でオーガストという男と出会うのだがそれは置いておいて、今現在の私はとある特殊な酒場にいる。
そこは変装酒場とでも言えばいいのか、仮面を付けている程度の人もいれば、不思議の国のアリスもいれば、砂漠の国の王子もいるような酒場だった。
職業柄、変装、変身の類いは日常茶飯事だが、それを知っている誰かがいる以上、全くの自由ではない。
私は完全な未知の人物になりたくて、その酒場に通っていたのだ。
そして、ずっと心の片隅に置いて意識の端で追い続けていた人間を見付けた。
それは、私が刺客からオランディーヌ王妃を救い、マクロス第二王子をフランに託している間に再度王妃を襲って亡き者にした謎の侍女だった。
その侍女を見たのはその日限りで、いつの間にか居て、王妃の亡骸が発見されるより前にはもう居なくなっていた。
素性を知る者は無く、その後の消息も全く掴めなかった。
私が見知らぬ侍女に気付いたのは最初の刺客を取り押さえた後で慌ただしく、妙な違和感を覚えたが深追いはしなかった。というか、出来なかった。
あの妙な違和感の正体が分かった。
消息が全く掴めなかった理由も。
男だったとはね。
しかも…宰相補佐。
あの当時はまだ下っ端だったと思うけど、だからこそ自由に動けたのね。
事が終われば男に戻ればいいんだし。
それにしても別人だわ。
人のことは言えないけど。
あんなのと同類なんて嫌だけど…同類だわ。
でもきっと彼は彼女にしかなれないわね。
女装がしたいのか女性になりたいのか、ただの変身願望なのかは知らないけど、完璧だわ。
男の時の宰相補佐とは仕草も歩き方も、息の仕方まで別の人間。
彼の写真を撮った私は先回りして宰相補佐の家を見張った。
夜中に女性の姿のまま戻るのを見届けた私は、宰相補佐の調査を“辺境伯の子供たち”の組織員に任せた。
オーガストと国王が望む結果が得られたと連絡があった頃、私はレティという引退した年配のメイドの人生を作っていた。
王妃が殺害された衝撃、筆頭侍女による第二王子誘拐事件の噂、それが真実ではないことを知っているけれど家族を盾に脅されていて言えない葛藤……。
レティは長い間苦労してきたわ、とてもとても。
こんなものかしら。
少し老け過ぎ?
いいえ、心労って目に来るのよ。眉間とね。
さて、フランの汚名をそそがなくちゃね。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる