10 / 31
“辺境伯の子供たち”など無ければ
しおりを挟む
「ノーマンはどうしている?」
私は森の中の別荘に入ると、留守番の男に声をかけた。
「相変わらずおとなしいものです。脅しが効いているんでしょう」
この男も同じ恨みを持つ同志だから疑ってはいないが、ノーマンの様子を見るために地下牢へと下りた。
「ノーマン、この前食事を食べなかった罰にお前のかわいい三男坊を駒にしようとしたんだが…」
そこまで話すと、ノーマンは目をギュッと瞑って、指の関節が白くなるほど拳を握り込んだ。
「失敗したよ。これに懲りたら食事はちゃんと食べろ。いざという時にお前がやつれていたり傷付いていたりしているとマズいからな。お前は獄中死したことになっているが、お前の遺体を見た者はいないから疑いの余地は残してある。最後の最後にもう1回罪を被ってもらいたいからな。変なことは考えるなよ?お前の長男は私の部下だ。一度堕ちた私が這い上がるために取り戻した信頼は厚い。この私と、平民の文官では話にならん。息子たちが大事なら…健やかに過ごせ」
俯いたまま固まるノーマンを見下ろしながら言葉を吐き捨てた私は、地下牢を後にした。
「あの伯爵家はどうしますか?」
階上に上がると、留守番の男が話しかけてきた。
「新しい庭師を送り込んでもいいが、警戒されているだろうな。とりあえず執事長だけで様子を見ていてもいいだろう。何か連絡はあったか?」
「三男坊の運が良かったらしいです。睡眠薬で眠らせて罪を被せようって話だったのに、バカなやつがその前に手を出そうとして逃げられたそうです。それでバレて捕まって自白して親方も部下も終わったということでした」
「執事長は疑われてないんだな?」
「はい、伯爵がいない間の伯爵家を取り仕切っていて感謝されたって言っていました。あと、例の三男坊が執事見習いになるらしいです」
「ふうん?ならばいつでもどうにでも出来るな。新しい庭師か…どんなやつが来るのか、しばらくしたら見舞いがてら様子を見てくるか」
別荘から自宅に戻った私は、出迎えた妻を抱きしめて愛の言葉を囁いた。
この一手間で婿としての立場が確立するなら何も惜しむことはない。
バカな男のプライドなど、何の足しにもならない。
そんなものにすがり付いてバカを見るのは私の父だけで十分だ。
レモネル国王陛下がまだ王太子だった時に起こった婚約破棄もどきの騒ぎの裏で、臣下たちの横領の目こぼしをしていた父は公爵の座も財産のほとんども取り上げられた。
実行犯では無かったおかげでギリギリ男爵には留まれたが、荒れた父は酔って暴れて威張り返って身を持ち崩して死んだ。
“辺境伯の子供たち”
大昔の冤罪事件に端を発したこの組織のせいで何もかもが狂った。
正義を笠に着た連中の存在は息苦しかったが、逆にその目や耳を利用して私はのし上がった。
隣国との諍いで武功を上げて子爵家となった私は、商家の次男と恋仲だった妹に子爵家を任せて侯爵家に婿入りした。
ただ立身出世したかったのではない。
私は“辺境伯の子供たち”を潰すために宰相まで上り詰めたのだ。
“辺境伯の子供たち”の層は厚い。
やっとその組織の1つであるマイラー・ネルソンに辿り着いた私は、辺鄙なことろにある領地で麻薬栽培をしている容疑を掛けて潰そうとしたが、その直前でマイラー・ネルソンの屋敷は焼失した。山火事までをも併発した火の手はなかなか収まらず、何もかもが消えてなくなってしまった。
そこで私はマイラー・ネルソンの息子であるノーマン・ネルソンに目を付けた。
妻を亡くした子煩悩な凡人。ろくな取り柄も無いただの善人。
そいつを嵌めることで組織は動き出すだろうか?
何の罪も犯していない者が冤罪をかけられたら。
私はもう待つことには倦んだ。
私は森の中の別荘に入ると、留守番の男に声をかけた。
「相変わらずおとなしいものです。脅しが効いているんでしょう」
この男も同じ恨みを持つ同志だから疑ってはいないが、ノーマンの様子を見るために地下牢へと下りた。
「ノーマン、この前食事を食べなかった罰にお前のかわいい三男坊を駒にしようとしたんだが…」
そこまで話すと、ノーマンは目をギュッと瞑って、指の関節が白くなるほど拳を握り込んだ。
「失敗したよ。これに懲りたら食事はちゃんと食べろ。いざという時にお前がやつれていたり傷付いていたりしているとマズいからな。お前は獄中死したことになっているが、お前の遺体を見た者はいないから疑いの余地は残してある。最後の最後にもう1回罪を被ってもらいたいからな。変なことは考えるなよ?お前の長男は私の部下だ。一度堕ちた私が這い上がるために取り戻した信頼は厚い。この私と、平民の文官では話にならん。息子たちが大事なら…健やかに過ごせ」
俯いたまま固まるノーマンを見下ろしながら言葉を吐き捨てた私は、地下牢を後にした。
「あの伯爵家はどうしますか?」
階上に上がると、留守番の男が話しかけてきた。
「新しい庭師を送り込んでもいいが、警戒されているだろうな。とりあえず執事長だけで様子を見ていてもいいだろう。何か連絡はあったか?」
「三男坊の運が良かったらしいです。睡眠薬で眠らせて罪を被せようって話だったのに、バカなやつがその前に手を出そうとして逃げられたそうです。それでバレて捕まって自白して親方も部下も終わったということでした」
「執事長は疑われてないんだな?」
「はい、伯爵がいない間の伯爵家を取り仕切っていて感謝されたって言っていました。あと、例の三男坊が執事見習いになるらしいです」
「ふうん?ならばいつでもどうにでも出来るな。新しい庭師か…どんなやつが来るのか、しばらくしたら見舞いがてら様子を見てくるか」
別荘から自宅に戻った私は、出迎えた妻を抱きしめて愛の言葉を囁いた。
この一手間で婿としての立場が確立するなら何も惜しむことはない。
バカな男のプライドなど、何の足しにもならない。
そんなものにすがり付いてバカを見るのは私の父だけで十分だ。
レモネル国王陛下がまだ王太子だった時に起こった婚約破棄もどきの騒ぎの裏で、臣下たちの横領の目こぼしをしていた父は公爵の座も財産のほとんども取り上げられた。
実行犯では無かったおかげでギリギリ男爵には留まれたが、荒れた父は酔って暴れて威張り返って身を持ち崩して死んだ。
“辺境伯の子供たち”
大昔の冤罪事件に端を発したこの組織のせいで何もかもが狂った。
正義を笠に着た連中の存在は息苦しかったが、逆にその目や耳を利用して私はのし上がった。
隣国との諍いで武功を上げて子爵家となった私は、商家の次男と恋仲だった妹に子爵家を任せて侯爵家に婿入りした。
ただ立身出世したかったのではない。
私は“辺境伯の子供たち”を潰すために宰相まで上り詰めたのだ。
“辺境伯の子供たち”の層は厚い。
やっとその組織の1つであるマイラー・ネルソンに辿り着いた私は、辺鄙なことろにある領地で麻薬栽培をしている容疑を掛けて潰そうとしたが、その直前でマイラー・ネルソンの屋敷は焼失した。山火事までをも併発した火の手はなかなか収まらず、何もかもが消えてなくなってしまった。
そこで私はマイラー・ネルソンの息子であるノーマン・ネルソンに目を付けた。
妻を亡くした子煩悩な凡人。ろくな取り柄も無いただの善人。
そいつを嵌めることで組織は動き出すだろうか?
何の罪も犯していない者が冤罪をかけられたら。
私はもう待つことには倦んだ。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる