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揺れる心
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「眠れないの?」
ハリソンとオーガストが対決した日の深夜、手燭だけを置いた薄暗がりの食堂の片隅でマイクが静かに座っていると、水を汲みにきたサラに声をかけられた。
「ああ、いや…うん」
「ふふ、どっちよ」
「眠れるかもしれないし、眠れないかもしれない。今は眠りたくない」
「お邪魔ならもう行くけど、話し相手が欲しいなら付き合うわよ」
「眠れないの?」
「喉が渇いて起きたの。ベッドに戻ればすぐ眠れるけど少しなら起きていてもいいわ」
「うん…サラは東屋にいたから今日の話は聞いていたよね。オーガストはハリソンを囮にして黒幕を一気に捕まえるつもりだって言ってたけど、そうなった先の自分の行く末が見えない…違うな、分からないんだ」
「市井で生きるか、“裏”に行くのか、何だっけ?違う道?…それって第2王子に戻るってこと?」
「………うん」
「マイクは戻りたいの?」
「……僕の居場所なんてあるかな?」
「居場所が用意されていて、さあどうぞって言われないと嫌なの?」
「う…何か思春期拗らせた小僧になった気分」
「居場所なんて作らなきゃ何処にも無いわよ。私たちが孤児なのは知ってるでしょ?ネルソンの大旦那様が救ってくださったけど、ある程度の年齢になったら衣食住を調えるのも勉強も鍛錬も自己責任よ。“表”にはなりたければなればいいし、普通に生きていってもいいの。流石に伝手が無いから王女にはなれないけどね」
「サラはなりたくて“表”になったの?」
「向き不向きかな。何の取り柄も無いのに『なりたーい!』って言ってなれるものじゃないでしょ?私はスゴく強かったの。オーガスト先生には負けるけど」
「ははっ。闘ったことあるんだ?」
「たまに回ってきて指導してくれたからね」
「指導は的確だよね」
「指導はね。でも押し付けないし、決め付けない。マイクの心が何処に向いているかなんじゃない?欲しいもの、譲れないもの、守りたいものは何か、って考えてみたら?私は力と自由が欲しかったし、みんなとの幸せな暮らしを守りたかった。だからマイラー様の屋敷に手を出したやつが許せなかった。でもね、それすら変わるのよ。ハリソンと共同戦線張る日が来るとは思わなかったもの。だから決めてしまわなくていいと思うの。考えて決めて、迷って変えて、それでも進むべき方向は変わらないはずだから自分の心の声を見失わなければいいんじゃない?」
「って、サラも考えた?」
「まあね。殺したいぐらい憎かった相手と折り合いを付けるって簡単なことじゃないわ。結局みんなが無事だったから、どうにか自分を納得させているだけ」
「やっぱりサラも眠れなかったんじゃない?」
「そこは聞かなくていいこと。眠れない夜なんてみんな抱えてるわよ。…だから誰かと結び付きたいのかもね。恋人とか夫婦とか何の意味があるんだろうって思っていたけど…そういうことなのかも。マイクと話せて良かったわ。マイクもそうだったらいいけど。じゃ、お休み」
「うん、僕もサラと話せて良かった。ありがとう、お休み」
水差しをちょっと掲げて小さく会釈したサラが食堂を出てしばらくしてから、マイクも手燭を持って部屋に帰った。
途中の窓から見上げた空には半分の月が出ていて、マイクは見えないもう半分のことを想った。
欲しいもの、譲れないもの、守りたいもの。
サティとの日々、施設での日々、伯爵家での毎日…いろんなことが脳裏をよぎり、遠くから見ただけの王宮や会ったことの無い父親と兄への不安が渦巻いて溺れそうになったマイクの心にフワリと浮かんだのは、『自分の心の声を見失わないで』と笑うサラだった。
ハリソンとオーガストが対決した日の深夜、手燭だけを置いた薄暗がりの食堂の片隅でマイクが静かに座っていると、水を汲みにきたサラに声をかけられた。
「ああ、いや…うん」
「ふふ、どっちよ」
「眠れるかもしれないし、眠れないかもしれない。今は眠りたくない」
「お邪魔ならもう行くけど、話し相手が欲しいなら付き合うわよ」
「眠れないの?」
「喉が渇いて起きたの。ベッドに戻ればすぐ眠れるけど少しなら起きていてもいいわ」
「うん…サラは東屋にいたから今日の話は聞いていたよね。オーガストはハリソンを囮にして黒幕を一気に捕まえるつもりだって言ってたけど、そうなった先の自分の行く末が見えない…違うな、分からないんだ」
「市井で生きるか、“裏”に行くのか、何だっけ?違う道?…それって第2王子に戻るってこと?」
「………うん」
「マイクは戻りたいの?」
「……僕の居場所なんてあるかな?」
「居場所が用意されていて、さあどうぞって言われないと嫌なの?」
「う…何か思春期拗らせた小僧になった気分」
「居場所なんて作らなきゃ何処にも無いわよ。私たちが孤児なのは知ってるでしょ?ネルソンの大旦那様が救ってくださったけど、ある程度の年齢になったら衣食住を調えるのも勉強も鍛錬も自己責任よ。“表”にはなりたければなればいいし、普通に生きていってもいいの。流石に伝手が無いから王女にはなれないけどね」
「サラはなりたくて“表”になったの?」
「向き不向きかな。何の取り柄も無いのに『なりたーい!』って言ってなれるものじゃないでしょ?私はスゴく強かったの。オーガスト先生には負けるけど」
「ははっ。闘ったことあるんだ?」
「たまに回ってきて指導してくれたからね」
「指導は的確だよね」
「指導はね。でも押し付けないし、決め付けない。マイクの心が何処に向いているかなんじゃない?欲しいもの、譲れないもの、守りたいものは何か、って考えてみたら?私は力と自由が欲しかったし、みんなとの幸せな暮らしを守りたかった。だからマイラー様の屋敷に手を出したやつが許せなかった。でもね、それすら変わるのよ。ハリソンと共同戦線張る日が来るとは思わなかったもの。だから決めてしまわなくていいと思うの。考えて決めて、迷って変えて、それでも進むべき方向は変わらないはずだから自分の心の声を見失わなければいいんじゃない?」
「って、サラも考えた?」
「まあね。殺したいぐらい憎かった相手と折り合いを付けるって簡単なことじゃないわ。結局みんなが無事だったから、どうにか自分を納得させているだけ」
「やっぱりサラも眠れなかったんじゃない?」
「そこは聞かなくていいこと。眠れない夜なんてみんな抱えてるわよ。…だから誰かと結び付きたいのかもね。恋人とか夫婦とか何の意味があるんだろうって思っていたけど…そういうことなのかも。マイクと話せて良かったわ。マイクもそうだったらいいけど。じゃ、お休み」
「うん、僕もサラと話せて良かった。ありがとう、お休み」
水差しをちょっと掲げて小さく会釈したサラが食堂を出てしばらくしてから、マイクも手燭を持って部屋に帰った。
途中の窓から見上げた空には半分の月が出ていて、マイクは見えないもう半分のことを想った。
欲しいもの、譲れないもの、守りたいもの。
サティとの日々、施設での日々、伯爵家での毎日…いろんなことが脳裏をよぎり、遠くから見ただけの王宮や会ったことの無い父親と兄への不安が渦巻いて溺れそうになったマイクの心にフワリと浮かんだのは、『自分の心の声を見失わないで』と笑うサラだった。
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