[完結]君は所詮彩り

balsamico

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運命ってなんなの?
無理矢理、誰かの意図によって作られたものでも運命っていうの?


片方の思い込みかもしれないし、勘違いかもしれない。


僕は自分の意思が働かない運命なんていらないし、待っているだけの運命なんていらない。


運命なんて結果をうまく運んだ奴、自分の否を認めたくない奴の言い訳だと思っている。





姉は男に番にされていた。


男は近所の資産家の息子で前から姉に目をつけていたようだった。


あの日の姉はヒートの前兆で体調が悪かったらしく、学校を早退していた。
帰り道に突如巻き起こる体の変調。
事前にわかっていれば抑制剤を服用していたはずだ。


姉の匂いに反応した男が不用心な家に侵入し姉を襲った。
その現場に僕が、母がというのが事件の顛末だった。


母さんは姉に手持ちの抑制剤を飲ませ病院に連れて行った。
妊娠を抑制するアフターピルを処方されたが、ヒート時のαの精子の着床率はとても高いらしく妊娠が防げるかはわからないということだった。


警察では男は姉のことを運命の番だと言い張っているらしい。
運命ってなんだよ。運命なんかくそくらえだ。


姉は学校へ行かず家でひっそりと過ごしていた。部活で大会に出るんだと練習を頑張っていたのに。


春の花のような笑顔をこぼす姉だったのに、一気に月見草のような儚なさになっていた。


抑制剤を服用していても、番にされても姉からはまだほんの少し甘ったるい匂いがしていた。


僕はあれ以降、まともに姉の顔が見れなかった。
僕はあのときの男と姉を思い出してトイレや風呂場で下半身を熱くしていた。


あの時の失禁だと思ったのはどうやら精通というものらしかった。
後で風呂に入るときに脱いだブリーフにクリーム色っぽい染みがついてゴワゴワになっていた。


あれ以降自分で性器を掴んで擦っても、あの時以上の衝撃や快楽はなかった。
状況のせいなのか初めてだったからか僕には分からなかった。



男の親族がやってきて大量のお金を置いていった。母さんは娘を金で売った覚えはないとお金を突っ返した。


母さんは年老いて損得が計算できないなど要領が悪いところがあったけど、まっすぐで愛情深い人だった。
貧しかったけど兄や姉たちにも自分の意思を最優先にさせていた。


子どもの意思を踏みにじってお金を得るなんてことは絶対しない。自分がそのようにされ苦しんだ過去があるからだ。


近所の委員をやっている人や世話になっている人たちが次々とやってきてお金を受け取るように言ってきた。


男の家族はいろんなところに圧力を掛けてきていた。示談という形で内々に収めたいらしい。


姉の件は近所で噂になっていたようだ。中には示談金を釣り上げるためのパフォーマンスだと噂する者までいたらしい。
被害者だった我が家にいつのまにかお金の亡者の汚名が着せられていく。


ある時、男が忍び込んできていた。目撃者は僕だけで、男は僕に「誰にも言うな」という縛りをかけた。男は一目散に姉に会いにいった。


姉に何かするようだったらなんとかして止めようと思った。僕が受けている縛りは言わないことだったので手近にあったスコップを握りしめていた。


姉と男は何やら話をしていた。男が手を伸ばして姉の手を取る。姉は震えているように見えた。そして姉を引き寄せ抱きしめた。


僕はスコップを構えていつでも殴り倒せるよう近づいていった。その気配を察したのかどうかは分からないが、男は姉を離して去って行った。

「大丈夫? 何かされなかった?」

「大丈夫」

そういう姉の手は震え顔は赤らんでいた。


それからも男は姉に会いにきた。僕と姉しかいない時を狙って。
もしかしたら二人きりだと怖がる姉のことを考えて、僕もいる時間を狙ってきていたのかもしれない。


姉は男に少しずつ耐性が出来てきているようだった。手の震えも収まりしまいには男が来そうな時間になるとそわそわしだしていた。

「あいつ怖くないの?」

「ヒートじゃなければ大丈夫かもしれない」

「ふぅん」

僕は姉の気持ちがよくわからなかった。家族とはいえ性属性が2つも違うし、違う人間だかから仕方が無いかと思ったことはよく覚えている。


そして遂に母さんに見つかる。母さんは近所の人や職場の人に金に汚い人のレッテル貼られ本当に参っていた。


そんな折りにこの騒動の原因を作った犯人がいたのだから腹が立って仕方が無い。母さんは男に傘や靴、鍋などを投げつけていた。


この事件のあとだ。姉の妊娠が確定したのは。
次のヒート前に抑制剤を処方してもらいに行った地元の産婦人科の検査で判明した。


アフターピルより強かったらしいヒートとα精子。
ホルモンの調整をかいくぐるなんて。


どこからか漏れたのか男の家からの干渉が頻繁になってきた。
今度は嫁に嫁にという催促になり、その変わり身の早さに母さんは怒っていた。


姉は中絶か出産の、一人で抱えるには大きな選択に戸惑っていた。







僕は中学校に入り健康診断でαの診断を受けた。


姉に甘い匂いを感じていたことやαオスに威嚇され体が動かなくなったこと、理解が早くなったこと、友達に見えないものが見えるようになっていて、もしかしたらそうじゃないかと思っていた。


友達に見えないものとは、その人が考えている感情の色合いや好き嫌いがなんとなく分かるようになっていた。誰が誰を好きとか見ているだけですぐにわかった。


上の姉が至生を連れてやってきた。これまでも下の姉のお見舞いに何回か来ていた。


甥っ子の至生は状況を分かっていないので無邪気にはしゃぎ回っていた。
来るたびに僕にまとわりついて離れず、やたら抱っこや膝に乗りたがった。

「聖人αだったんだって? 自分で好きなように生きれるじゃない」

上の姉の言葉にはΩ性に対する無念とα性の自由に対する羨望が含まれていた。僕のことが本当に羨ましそうだ。

「ママ、聖ちゃんは僕のだから。しゃべっちゃだめ」

至生は姉と僕の間に割って入り僕の膝によじ登ってくる。

「αの聖人にべったりで至生はΩかもね」

「運命の番だったりして」

二人の姉たちが笑っていた。とても平和な一幕だった。





姉は男の家に嫁いだ。
男が家に一人で来てこれまでの非礼と家族の仕打ちをわびた。そして姉を幸せにすると家族の前で約束をした。


これまでの対面で大分男にほだされていたらしい姉は男の手を取った。


姉は重大な決断を自分一人で抱えるのがつらかったのかもしれない。
男は子の父親だ。責任は二人で分かち合える。


姉が決めたことだから母さんは何も言わなかった。
そうして姉は家から去っていった。


近所なので姉は大きくなっていくお腹で時々家に顔を見せた。
男やその家族に大事にされているようで、大分笑顔が戻ってきていた。


最後に会ったのは臨月で婚家で採れたという西瓜をお土産に荷物持ちの男と遊びに来ていた。二人ともにこにこと笑っていた。





そして姉に次に会ったのは病院のベッドの上だった。
生まれた赤子は男の子。でも姉は。


誰かが若い産婦は高齢出産に次いで死亡リスクが高いと言っている。死亡原因は出血多量や産道の未成熟とか言っていた。そんな話、途上国の話かと思った。出産は病気じゃない。でも命がけだ。


いってらっしゃいと送り出したら、直ぐ帰ってくると思っていた。自分の気楽さに腹が立ってきた。


母さんは半狂乱になり上の姉が一緒に泣きながら落ち着かせている。


男は病室でうなだれている。
俺は思う。うなだれる前にやるべきことがあったんじゃないかと。



運命を感じたなら襲う前ににっこり笑って花でも差し出せよと。
おまえの運命に対する思いはそんな軽いのかよと。


自分の大事な運命の番だと思ったら何してもいいの?
本能に任せて相手が困るような状況に陥ってもいいの?


俺はそんなのは嫌だ。


俺は本能なんかに支配されたくない。


俺が本能を支配するんだ。


運命なんかくそ食らえだ。


俺は泣きながら病室を後にした。


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