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2 聖人
北郷家 1
しおりを挟む大きめの門をくぐる。
北郷の家に来るのは4回目だ。
以前に来たのは姉の結婚、至生の誕生、そして姉の見送り。
北郷の家は敷居が高いらしく、母は近寄らなかった。子どもの俺は母の帯同物だったので姉の婚家なのに関わりは最小限だった。
二人の姉の立て続けの逆縁の不幸に「うちは呪われている」とすっかり弱気になってしまった母。
生きる気力も無くしてしまったのか母自身も肺炎であっけなく亡くなってしまった。
14歳でたった一人残される俺も、これは何かの呪いじゃないかと思う。
*
親戚や民生委員の人とこれからの生活について相談をする。
母方の親戚はΩが多く、収入が不安定な家庭が多かった。お金以外にもヒートの問題があった。
αが特別扱いされているのは高い社会的地位を手に入れている個体が多いからであって、まだどのようになるか分からない未成熟αだと話は別だ。
そんな俺と子弟のΩが万が一ヒートで問題を起こされても困るだけだろう。起こさないけど。
親戚に引き受けてくれる家庭がなく途方に暮れていると、方々からよかったらと声がかかった。αの家が多かった。
ある程度の質が担保されているαに恩を売り、自分たちの人的ネットワークに利用する魂胆に思えた。
長姉の婚家や次姉の婚家などからも声がかかった。
次姉の婚家は産まれた赤子を、祖母である母と関わらせないようにしていた。
だから赤子に三智という名前がつけられたことは人づてに聞いた。俺たちはあの時の赤子の顔を病院でしか知らない。
消去法で長姉の婚家が残った。それに俺のことを知っている至生がいるというのは加点要素だった。
次姉の婚家はあの地域ではそれなりの資産家でも、長姉の嫁いだ北郷家ほどの規模はなかった。
北郷家は俺が加わっても身代に全く影響がなさそうに思えた。
長姉は自分の容貌を活かした仕事をしていた。何かのきっかけで知り合った北郷の総領息子に惚れ込まれたらしい。
ヒート下という状況ではなかったらしい。丁寧なアプローチで長姉の信頼を得て、姉は身一つで嫁にいった。
どうしても比べてしまう。次姉との違いを。まだ思い出すと腹が煮えくり返るし、その後の立て続けの不幸とリンクして鼻が痛くなるから考えないようにしていた。
*
北郷の家の門から屋敷まで3分ほど要した。広い敷地に無造作に植えられたような林を抜け竹藪の先に屋敷があった。明治時代に西洋を模してつくられた洋館風の建物だ。
玄関でインターフォンを押し名を名乗ると、中から出てきた男性に案内をされて書斎らしき部屋に通された。そこで北郷の総領と対面をした。
椅子に掛けている男性。背中に黒いものを背負っているように見える。
昔、姉の結婚式でしっかり顔を見たはずなのに、今は怖くて見れない。なぜだか足がすくむ。
男はこちらを見る。
射すくめられているみたいだ。
視線が体を透過していく。
体の中の俺の本質が視線で絡めとられ、その上で絞り上げられているみたいだ。
威圧がすごくて息苦しい。
男が椅子から立ち上がった。
カタンという椅子が動いた音で、重さと軽い拘束が解けたように体が軽くなった。
「聖人君、このたびは本当に大変だったね。お姉さん達に続いてお義母さんまで。ここを自分の家だと思って過ごしてほしい」
言っていることはありきたりのことなのに、言葉一つ一つに重みや効果があるように思え、聞き逃してはいけないような気になる。
「葬儀の際はありがとうございました。本当に助かりました」
母の死後、病院で呆然としている俺に代わって手続き行ってくれたのは北郷から手伝いにきてくれた人たちだった。
俺の代わりに葬儀社に交渉をする。すべきことを整理し俺に教示し、役所に手続きに行くときも同行をしてくれた。引っ越しも住居の退去の手続きも手伝ってもらった。
「お礼なんて水くさい。君は未成年で、麻耶の弟で至生の叔父なんだから。元々大きな家族だったんだ」
男は笑う。
「それで、今日からは小さな家族な。よろしくな聖人」
男こと義兄だった北郷暁生は手を差し出してきた。
おそるおそる伸ばした手。暁生さんの手に触れると、ぴりっと電気が走ったような気がした。
暁生さんはぎゅっと俺の手をつかみ、握りなおした。
俺は背中がぞくりとそそけ立ち、体中から歓喜の声が上がるような気がした。
自分の体の反応に戸惑いつつ、そっと暁生さんを見上げると暁生さんはにっこりと笑っていた。
その顔をみると自分まで嬉しくなってしまうような気がした。
至生にも挨拶に行きたかったけど、暁生さんが後で紹介するからと言っているので、その機会まで待つことにした。
同じ家に住むので時間は簡単にとれるだろうと思っていた。
一点、引っかかっていることがあった。何で暁生さんが俺に至生を紹介をする必要があるんだろうと。俺と至生はとても仲良しなのに。
仲が良かったのは俺の実家での話だから暁生さんは知らないのかもしれない。そう思いながら案内された自分の部屋についた。
自分だけの空間。初めてのベッド。自分だけのタンスに机に、クローゼット。初めて持つ自分の部屋に、俺は少し浮かれていた。
うきうきしたままで荷ほどきをする。
俺は知らなかった。
今の至生のことを。
そして数日後に至生からマウントの洗礼を受けることになることを。
10
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