君の喫茶店

とりあえず

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テスターの仕事

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「どうだ?」

 まだ食べてないじゃないですか。落ち着いてください。
 そろそろ虎豪さんの我慢も限界みたいなので、一口頬張ってみることにする。

「……どうだ?」
「うん、おいしいですよ」
「そうか」

 ほっとしたような虎豪さん。事実お世辞なんかじゃなくおいしい。挟んである具材一つとってもきちんと下ごしらえがしてあるためか、全体として丁寧な味に仕上がっている。

 これなら店に出しても問題ないと思う。むしろ、大々的に宣伝してもいいとすら思う。

「上達しましたね」
「お前が口うるさいからな」
「素直に褒めてくださいよ」
「はんっ」

 おれの懇願が鼻息一つで流されてしまった。せっかく料理の基礎とか教えたんだから、少し位おほめの言葉をいただいてもいいと思うんだけど。

 でも、虎豪さんに自家製パンの焼き方を教えるため、必死に勉強した成果がこのサンドイッチに出ているようでなによりだ。さすがにお店で出せるようなパンの作り方なんて意識したことなかったから、少し手こずってしまった。

「ま、でもお前ほどじゃねえな」

 虎豪さんがあっさりと認めたのはおれの腕前の事だろう。料理が好きだと自覚しているが、そこまで腕を振るった自覚もないんだけどな。

「十分だ。それにお前の作ってくれたケーキは今のおれには作れねえ」

 ちょっと昔、おれがこの店に通い始めた頃、簡易的な目標になればいいなと思いおれが作ったケーキを持ってきたことがある。生クリームで飾られた焼き菓子を、どうやら虎豪さんはいたく気に入ってくれたようだ。

「ああいうのが作れるようになれば、この店も繁盛するかもな」

 そこまで喜んでくれて作り手としてはありがたい限りだけど、実は虎豪さんには秘密にしていることがある。あれは虎豪さんの事を思って焼いたケーキだから、他の人には同じ物を渡すことができないんだ。

 隠し味が恋心なんて我ながら女々しいとあきれてしまうけど、こうして今のおれの地位があるんだからあながち馬鹿に出来ない。

「虎豪さんがおれの事を好きになってくれたら、もっと上達するかもしれませんね」
「お前に優しくしろってか? 雇うつもりはねえからな」

 そういうことじゃないんですよこれが。さすがにノンケの虎豪さんに言ってもわかるわけないか。わかられても困るけど。

 サンドイッチを食べながら、おれはため息を零さずにはいられなかった。コーヒーもおいしい、食事もおいしい。店の雰囲気も作りこまれてて居心地は抜群。そして何より店主に雄の魅力が溢れている。

 こんないい店なかなかない。なのに――

「これでなんでお客さんがこないんですかね」

 またもしみじみと零れる言葉。本当に世の中間違っている。

「別に繁盛してほしいなんて思っちゃいねえさ。ただ、お前みたいにここを気に入ってくれる奴がちらほらいればいい。そういう経営方針なんだよ――昔からな」

 ほんのわずかにだけど虎豪さんの言葉には哀愁があった。空になった皿を下げて洗う虎豪さんから感じる見えない壁。まだ、おれ程度じゃうかがい知れない何かがその言葉にはあった。

 おれはそれに気付かないふりをして明るく切り返す。そういうのはもっと親密度ゲージが溜まった後でいい。

「でも、それじゃあ潰れちゃいますって。少しは手を打ちましょうよ」
「どうやってだ?」
「うーん、まずは宣伝してみるのがいいんじゃないでしょうか。繁盛するとかしないとかの前に、せめて誰かには知ってもらわないと」
「一応ホームページも作ってあるし、グルメサイトに登録もしてあるぞ」
「え、そうなんですか?」

 意外だ。虎豪さんはそういうネット事情に疎いと思っていたのに。

「だちにそういうことを得意としてる奴がいるんだよ。まあ、結果は出てないがな」

 自嘲気味に笑う虎豪さん。そういう笑いはすんなりでるあたりつくづく不器用な人だ。

 それなら他に何かいい考えはない物かと頭を働かせる。口に運んだコーヒーの香りが脳を元気づけて、アイデア発生を促してくれないだろうか。

「ならアナログで行くのはどうでしょう? たとえばビラ配りとか」
「そんな人手がどこかにいるように見えるか?」

 そこですかさず挙手するおれ。こういうところで自己アピールを欠かさないのが恋の秘訣!

「だから、お前を雇うつもりはないって言ってるだろうが」
「確かに喫茶店の従業員として雇うのは無理かもしれませんが、ビラ配りの短期バイトと思ってはどうですか」

 別に無償で手伝っても構わないのだけど、分別ある虎豪さんはそういうことを許してはくれないだろう。この人は短気で頑固だけれど、それでもおれよりずっと大人なんだから。

 おれの提案を受けて、虎豪さんはむすっと考え込んでいるようだ。表情に気を遣う余裕が失われたせいで、眉間のしわがいつもより深く刻まれてしまう。縞模様の尻尾もうねうねと悩ましげな動きを見せ、どうしたものかと考えあぐねている。

 答えが出るまで、コーヒーに舌鼓をうつことにしよう。せっかくのおいしいコーヒーなんだ。

 それと、話は変わるが、おれは悩ましげな虎豪さんが好きだ。いかつい顔に渋面を浮かべた男らしい雰囲気と、綺麗に着こなした燕尾の真逆な雰囲気が混ざり合って、えも言えぬ大人の色香を醸し出す。

 そういうことを思うたびに、ああ、おれは虎豪さんが好きなんだなと実感する。その苦悩に満ちた表情を和らげられるなら、おれはなんだってお手伝いするというのに。

「はあ、わーったよ。そこまで言うならやってみようじゃねえか」

 とうとう根負けした虎豪さんがため息とともに賛同を放り投げた。内心ガッツポーズをしつつ、おれはてきぱきと計画を整えていく。

「ありがとうございます。なら、せっかく新商品をだすのですから、それも宣伝しましょう。ビラのデザインも考えないといけませんけど、それはおれの友達に得意なやつがいるので任せてみたいと思います」
「お、おう」
「あとはきちんとビラ配りの許可を取って、それと同時にチラシを置かせてもらえるところがないか交渉して回りましょう。あ、虎豪さんはもちろんいつもの燕尾でお願いしますよ。オフの日に着るようなジャージだと宣伝になりませんからね」
「なんで俺の非番の日の格好を知ってんだよ……」

 日頃の虎豪さんといちゃいちゃする妄想がつい口を付いてしまっただけなのだけど、どうやら正解だったようだ。

 つまりこれは虎豪さんと二人でお出かけ。つまりデート。やる気がわかないわけがない!

「頑張りましょう虎豪さん。きっとうまくいきますよ」

 あまりのおれのはりきりぶりに付いていけていない虎豪さんは虚をつかれたような顔でうなずくだけ。

 これを機に虎豪さんともっとお近づきになろうと、おれは固く心に誓った。その為にはお店をきちんと繁盛させないといけない。だから、その為の策はちゃんと用意しよう。

 おれの有能さを虎豪さんに見せつけ、おれに惚れさせる! 共同作業を通して心の距離は急接近! それに比例して縮まる体の距離――主に口が! そしてキスを!

「……俺がまだ警察にいたらお前を逮捕してたぞ。なんだその気持ちの悪い顔は」

 ジト目で虎豪さんがにらんできたけれど、おれは脳内で二人の幸せな生活を思い描くことに忙しかったので気付くことができなかった。

 圧倒的温度差がある二人の間で、虎豪さんの胸のボタンがまたもはじけて飛んでいく。虎豪さんはそれに気付かずに予定を立てる。おれの作戦にも気付かないまま。おれの思いにも気づかないまま。

 それともう一つ。おれにはある目的がある。ビラ配りの日にちを調整し、おれの目的とする日にかぶせてもらった。虎豪さんが訝しげに聞いてきたが、おれの予定の関係でこの日がいいんですって言ったらあっさり納得してくれた。

 これで後はその日を迎えるだけになり、人心地ついてコーヒーを口に運んだ。苦いながらもどこか優しい味が口に広がり、心まで温まっていく。冷房の効いた部屋で虎豪さんの入れてくれた温かいコーヒーを飲む贅沢。それは燃料となって虎豪さんへの愛を燃やす結果となる。
 静かな喫茶店でおれは静かに決意を固めた。虎豪さんの喜ぶ顔を見るために、そして、虎豪さんともっと仲良くなるために。

 虎豪さん。おれがきっとあなたのお店を繁盛させてみせますからね。
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