君の喫茶店

とりあえず

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楽しいビラ配り

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「おい、本当にここでビラを配るのか?」

 虎豪さんがそう疑うのも無理はない。ここは人気の多い駅から少し離れた場所で、あまり意味がないように見える。明かりがないうえに建物が密集しているため、昼だというのに日が入ってこないのもそれに拍車をかけている。

 いわゆる裏通りといって差し支えないへんぴなところ。そんなところに今、おれと虎豪さんはチラシを持ってやって来ている。

「駅でも配りましたし、別の場所でも配った方がいいんじゃないかと思いまして」
「いやまあ、そうなんだけどよ。ここは空気が淀んでるからな。犯罪が起きやすい場所なんじゃねえか?」

 さすが元刑事。確かにここはあまり治安のいい場所とは言えない。でも、もちろんあえてこんなところを選んだのには意味がある。

「淀んでいるってか、なんだ、この浮ついた感じは。しかし、風俗街にしちゃなんかおかしい」

 鋭すぎる。でもさすがにゲイ向けのお店が多く並んでいるなんて虎豪さんにはわからないだろう。

 虎豪さんはいつも通りの燕尾服だ。しかし、外でもいつも通り服を破いていたら確実に逮捕される。なので、細心の注意を払い体を縮こめてビラを配る虎豪さんは奇異の目で見られてしまい、あまりうまくビラを配れなかった。それに加えあの恐ろしい笑顔があると考えれば読めていた展開ともいえる。

 そう、だからこそおれはここでビラを配ることを提案したのだ。

「なんか視線を感じるな。ねっとり絡みつくような、嫌な視線だ」

 野生の勘と刑事の勘が合わり最高の感度を誇る虎豪さんのアンテナはすかさずこの場所の特異性をキャッチしたみたいだ。大方、おれのお仲間が虎豪さんの値踏みをしているに違いない。

 夏真っ盛りのこんな炎天下の中、綺麗に燕尾を着こなした虎豪さんはさぞかし暑さに苛まれていることだろう。たまにシャツの首元をパタパタと動かし空気を取りこんでなんとかしのいでいるのを見ると、早く切り上げたほうがいいなと思う。

「怖い顔しちゃダメですからね。ちゃんと配らないと、せっかく刷ったのが無駄になります」
「……わかってるよ」

 それでも虎豪さんは警戒を緩めない。ああ、わかってない。わかってないな虎豪さん。
 虎豪さんみたいなかっこよくていかつい顔を持ち、さらに燕尾服なんて着こんでる最高級の雄がそんな鋭い表情をしたら惚れられるに決まってるじゃないですか。

 案の定視線は量を増し、ちらほらとこっちに興味を持った人が集まってきた。おれと同じ人種があつまるこの場所ならうまくチラシを配れるだろうという作戦を、今から開始する。

「喧嘩か?」
「違いますよ! 買ったらダメですからね!」

 さらに鋭さを増した眼光でにらむ虎豪さんに待ったをかける。おれはこっちに興味を持ってくれた人に率先して駆け寄り、手に持っていたチラシを渡す。

「喫茶『サンシャイン』です。新商品始めたのでよかったら来てくださいね」

 しかも、チラシはお店ではなく店主の虎豪さんを大々的にアピールする構図になっている。虎豪さんにも突っ込まれたが、そっちのほうが受けるはずなのだ。

「ほら虎豪さんも」

 虎豪さんは警戒していたが、しぶしぶと集まった人にチラシを渡し始める。笑顔なんてとっくに忘却の彼方らしく、喫茶店店主というより完全に刑事の顔になっている。眼光の光をさらに強め、射抜くような視線を放ついかつい雄はこの場でなかったらきっと誰からも逃げられていたはず。

「よろしくおねがいします」

 ぶっきらぼうになってしまっているが彼らの耳に届いているのかどうか。
 いつも通り着ている燕尾の虎豪さんが見せるいやらしい肉体美。チラシを渡された人はそのぱんぱんになった肉体に目を奪われ、思わずチラシを受け取ってしまう。動くたびにもり上がるフォーマルなエロスは群衆を魅了してやまない。

 完璧な作戦だとおれは内心ぐっとこぶしを握る。雄としての魅力にあふれすぎている虎豪さんを利用した、まさに完璧な作戦なのではないだろうか。

「落ち着け。チラシはたくさんあるんだ、そんなに焦らなくても……おい誰だ今けつを触ったのは!」

 なんだと。うらやましすぎる。あの虎豪さんヒップを揉みしごけるなんて、羨望のまなざしを送るしかないじゃないか。

 おれの妬みの視線の先で、引っ張りだこになってチラシを配る虎豪さん。こうして見ると群衆の中でさえ頭一つとびぬけているその巨体は本当にかっこいいなあ。あれだけ忙しそうでも警戒を失わないあたりまだ刑事としてのくせが残っているみたいだけど、そろそろ愛想を振りまいてほしい。宣伝しなくては意味がないんだからさ。

 でも、おれの子の心配はすぐに杞憂に終わった。それも最低の形で。

「あ」

 その声はおれと虎豪さんが同時に出したもの。忙しくなると服に気を配る余裕もなくなったのか、思いっきり服が裂けたようだ。破れてしまったのはまさに股間の部分。おれが店に通いながらも拝むことのできなかったものが、運悪く今起こってしまった。

 どうやらあの詰め物でもしてそうな股間が、ついにチャックの弾圧では抑えきれず解放されてしまったみたいだ。勢いよく飛び出した布地をよく見ると、虎豪さんのアレの形を浮かび上がらせているようにも、み、え……駄目だ刺激が強すぎるおれの股間落ち着いて。

 ちょっと内またになりながらも、おれは虎豪さんの股間を凝視する。なんという僥倖、でなく不幸。今の虎豪さんは道の真ん中で裂けたズボンで雄を誘っている状態になってしまったということだ。どんなパンツはいてるのかものすごく興味あるけれど、いまはそんな場合じゃない。早くここから逃げたほうがいいはず。

「真っ赤なボクサー……だと。ものすごく似合ってますね虎豪さん」

 ごめん本能には逆らえなかった。
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