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緊張する
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さて、とうとう日曜日が来てしまったわけだが、心は大変な曇天模様だ。
告白するぞ、と自分を鼓舞したのはいいんだけど、緊張のあまり全く寝付けず布団のなかで悶々とした時間を過ごした。だめだったらどうしようと最悪な未来を想像してばかりで、時計ばかりを気にする夜だった。
そんなこんなで全く寝ておらず、しかし無様な顔は見せられないとなんとか最低限整えて喫茶店にやってきた。この日の為にお気に入りの一着を下ろしてきたりと、気分は完全にデート。まあ、前のバイトの時にも気合いを入れたんだけどまったく気がつかれなかったので今回も期待してるわけじゃないけどね。こういうのは気持ちの問題だ。
「……って、狗守さんが来てるんですか!」
決意を固めているおれの耳に入ってきた単語を噛み砕くのに時間がかかってしまった。慌てて確認すると。私服のジャージ姿の虎豪さんが怪訝な顔になる。
「反応が遅いなお前。さっきから顔赤いし、風邪か?」
「いえいえいえ、そんなこと全くないです。初めて入った虎豪さんの家でちょっと緊張してるだけですから」
「なんで緊張してるんだよ……」
しまったうっかり本音が。だって、どこを見渡しても虎豪さんの私物があるとか天国じゃないですかここ。店の奥が生活スペースだっていうのは知ってたけど、実際に入るとやはり興奮してしまう。
とっさのことで上手い言い訳ができるはずもなく、おれはなんて言ったらいい物か考えあぐねてしまう。まさか好きな人の家だからですなんて言えないし。まだその時じゃない。
すると、虎豪さんは何を思ったのか、空いている手でおれの頭を優しく叩いてくれた。
「あーなんだ、その、あいつも悪い奴じゃなさそうだしな。お前が嫌なら、あいつの用を済ませてからでもいいぞ」
優しい手のひらがおれの頭をなでる。おれは別に狗守さんが嫌だから混乱してるわけじゃないんだけど、狗守さんがいたら告白できないのも事実。狗守さんの話を聞いて、虎豪さんは彼に対する敵意を無くしたようだった。どんな話をしたのか知らないけれど、雰囲気は悪くないだろう。
でも、もうちょっとだけなでてほしいから。おれは何も言わずにその手を受け入れることにする。
だけど、虎豪さんはすぐに手を放してしまった。
「っと、悪い。癖でな」
ばつの悪そうに虎豪さんは頬をかいた。いえ、もっとしてくれてもおれは全然かまわなかったです。しかし、狗守さんといい毛皮持ちは人間の髪の毛が好きなのだろうか。もしそうだったら伸ばすのもいとわないんだけど。
「ほら、とっとといくぞ」
そそくさと会話を切り上げて奥に向かうので、おれはおとなしくついていく。ジャージ姿も乙なものだなと思うけど、これ以上興奮すると時間がかかりそうだから自重しなければ。ああ、ジャージ姿でもおしりが大変けしからん主張をしていらっしゃる。
この煩悩がばれませんようにと、おれは天に祈った。
「こんにちは、お先にお邪魔してるよ」
祈りが通じたのか、おれの煩悩はばれることなく終点へたどり着いた。
ダイニングキッチンになっているこの部屋で、狗守さんは椅子に座ってほほ笑んでいる。店の雰囲気と同じようにおしゃれに作られたダイニングは、虎豪さんより狗守さんの方が似合っているようだ。本人にそんなことはとてもじゃないが言えないけれど。
「どうやらタイミングが悪かったようだね。ご相伴にあずかっちゃうけど大丈夫かい?」
オオカミの優しい目がおれに許可を求めてくる。二人の時間を邪魔して悪いと、その目は語っていた。
「おれは別に大丈夫です、よ」
「無理しなくていいんだよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「君はいい子だね」
そう言って、また狗守さんはおれの頭をなでてくれた。大きな虎とは違うしなやかで、でも男らしい手で。
狗守さんの表情は柔らかく、まるで包み込んでくれているようだ。おそらく、邪魔だと言えば退いてくれるだろうけど、この人を邪険にあしらうことはもうできなかった。
「で、何の用だよ」
おれら二人に射抜く視線を投げた黄色い肉食獣は不機嫌そうな声で聞いてきた。すでに準備は万全らしくエプロンに手袋をしているが、その表情にはやっぱり似合わない。
「この前と一緒だよ。俺にその燕尾服を譲ってほしいんだ」
「だから、断るって言ってるだろう」
取りつく島もない否定。この前と変わらないやり取り。張りつめた空気が部屋に満ちた。
せっかくの誕生日会なのに、と嘆く気持ちはもちろんあった。だけど、虎豪さんの秘密に迫ることができるこの機会を前に、好奇心ではやる気持ちを抑えきれない。
「だいたい、なんであれが欲しいんだよ」
荒々しい鼻息を吐き出して、虎豪さんは踏み込んでいく。腕を組むその姿はもう完全に土木作業員にしか見えない貫禄があって、まさかそんな虎の壮年男性が今からケーキを作るだなんて誰も思わないだろう。
ただでさえ恐ろしい虎豪さんの眼をしっかりと狗守さんは受け止める。柔和にほほ笑んでいても、その意思の硬さは相当なのだろう。
おもむろにオオカミの口が開いていく。言葉を噛みしめるように放たれたそれは決意と悲しみに満ちていた。
「あれが、『陽』の形見だからだよ」
告白するぞ、と自分を鼓舞したのはいいんだけど、緊張のあまり全く寝付けず布団のなかで悶々とした時間を過ごした。だめだったらどうしようと最悪な未来を想像してばかりで、時計ばかりを気にする夜だった。
そんなこんなで全く寝ておらず、しかし無様な顔は見せられないとなんとか最低限整えて喫茶店にやってきた。この日の為にお気に入りの一着を下ろしてきたりと、気分は完全にデート。まあ、前のバイトの時にも気合いを入れたんだけどまったく気がつかれなかったので今回も期待してるわけじゃないけどね。こういうのは気持ちの問題だ。
「……って、狗守さんが来てるんですか!」
決意を固めているおれの耳に入ってきた単語を噛み砕くのに時間がかかってしまった。慌てて確認すると。私服のジャージ姿の虎豪さんが怪訝な顔になる。
「反応が遅いなお前。さっきから顔赤いし、風邪か?」
「いえいえいえ、そんなこと全くないです。初めて入った虎豪さんの家でちょっと緊張してるだけですから」
「なんで緊張してるんだよ……」
しまったうっかり本音が。だって、どこを見渡しても虎豪さんの私物があるとか天国じゃないですかここ。店の奥が生活スペースだっていうのは知ってたけど、実際に入るとやはり興奮してしまう。
とっさのことで上手い言い訳ができるはずもなく、おれはなんて言ったらいい物か考えあぐねてしまう。まさか好きな人の家だからですなんて言えないし。まだその時じゃない。
すると、虎豪さんは何を思ったのか、空いている手でおれの頭を優しく叩いてくれた。
「あーなんだ、その、あいつも悪い奴じゃなさそうだしな。お前が嫌なら、あいつの用を済ませてからでもいいぞ」
優しい手のひらがおれの頭をなでる。おれは別に狗守さんが嫌だから混乱してるわけじゃないんだけど、狗守さんがいたら告白できないのも事実。狗守さんの話を聞いて、虎豪さんは彼に対する敵意を無くしたようだった。どんな話をしたのか知らないけれど、雰囲気は悪くないだろう。
でも、もうちょっとだけなでてほしいから。おれは何も言わずにその手を受け入れることにする。
だけど、虎豪さんはすぐに手を放してしまった。
「っと、悪い。癖でな」
ばつの悪そうに虎豪さんは頬をかいた。いえ、もっとしてくれてもおれは全然かまわなかったです。しかし、狗守さんといい毛皮持ちは人間の髪の毛が好きなのだろうか。もしそうだったら伸ばすのもいとわないんだけど。
「ほら、とっとといくぞ」
そそくさと会話を切り上げて奥に向かうので、おれはおとなしくついていく。ジャージ姿も乙なものだなと思うけど、これ以上興奮すると時間がかかりそうだから自重しなければ。ああ、ジャージ姿でもおしりが大変けしからん主張をしていらっしゃる。
この煩悩がばれませんようにと、おれは天に祈った。
「こんにちは、お先にお邪魔してるよ」
祈りが通じたのか、おれの煩悩はばれることなく終点へたどり着いた。
ダイニングキッチンになっているこの部屋で、狗守さんは椅子に座ってほほ笑んでいる。店の雰囲気と同じようにおしゃれに作られたダイニングは、虎豪さんより狗守さんの方が似合っているようだ。本人にそんなことはとてもじゃないが言えないけれど。
「どうやらタイミングが悪かったようだね。ご相伴にあずかっちゃうけど大丈夫かい?」
オオカミの優しい目がおれに許可を求めてくる。二人の時間を邪魔して悪いと、その目は語っていた。
「おれは別に大丈夫です、よ」
「無理しなくていいんだよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「君はいい子だね」
そう言って、また狗守さんはおれの頭をなでてくれた。大きな虎とは違うしなやかで、でも男らしい手で。
狗守さんの表情は柔らかく、まるで包み込んでくれているようだ。おそらく、邪魔だと言えば退いてくれるだろうけど、この人を邪険にあしらうことはもうできなかった。
「で、何の用だよ」
おれら二人に射抜く視線を投げた黄色い肉食獣は不機嫌そうな声で聞いてきた。すでに準備は万全らしくエプロンに手袋をしているが、その表情にはやっぱり似合わない。
「この前と一緒だよ。俺にその燕尾服を譲ってほしいんだ」
「だから、断るって言ってるだろう」
取りつく島もない否定。この前と変わらないやり取り。張りつめた空気が部屋に満ちた。
せっかくの誕生日会なのに、と嘆く気持ちはもちろんあった。だけど、虎豪さんの秘密に迫ることができるこの機会を前に、好奇心ではやる気持ちを抑えきれない。
「だいたい、なんであれが欲しいんだよ」
荒々しい鼻息を吐き出して、虎豪さんは踏み込んでいく。腕を組むその姿はもう完全に土木作業員にしか見えない貫禄があって、まさかそんな虎の壮年男性が今からケーキを作るだなんて誰も思わないだろう。
ただでさえ恐ろしい虎豪さんの眼をしっかりと狗守さんは受け止める。柔和にほほ笑んでいても、その意思の硬さは相当なのだろう。
おもむろにオオカミの口が開いていく。言葉を噛みしめるように放たれたそれは決意と悲しみに満ちていた。
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