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やがて我に返った虎豪さんは目を伏せぽつぽつと語り始める。それはまるで懺悔のよう。狗守さんの話に想起されて、抱え込めない感情を吐き出すような声音だった。
「あいつはこの店を大事にしてたからな。俺が守らねえとって……俺の、所為だから……」
「陽の燕尾を着るのもその一環なのかい?」
キッチンとダイニングの間にあるカウンターに身を乗り出して、狗守さんは問う。これ以上ないほど二人の距離が縮まって、肉食獣たちの視線がぶつかった。
先に目をそらしたのは、虎豪さんの方だった。
「……そうだ。俺は、自分が接客に不向きなことぐらいわかってるつもりだ。でもよ、あいつの燕尾を着てると、そんな俺でもうまくできる気がしてな。情けねえ話だ。守るとか言っときながら、あいつの助けがないと一人で立つこともできねえなんて」
おれの手の中で、虎豪さんの拳がまた硬くなった。
ふがいない自分を恥じているのだろう。牙をむき毛皮を逆立て怒るその姿は、目の前に自分を幻視しているようだ。
虎豪さんにとって紛れもないお守りだ。そしてそれはおそらく、このお店を引き継いだという決意の表れでもあるのかもしれない。懸命に店を守る虎豪さんにとって、その燕尾はなくてはならないものなのだろう。
「だから、これはやれねえ。絶対だ」
そう締めくくる虎の目は鋭すぎて。触れてしまえば誰であっても傷つけてしまいそうだった。
狗守さんはため息一つ吐いたかと思うと、肩をすくめて困ったように笑った。
「ならしょうがない。君にとっても大事なら無理には奪えないね」
「悪いな」
「いいよ。ただもし必要なくなったら連絡してくれよ。捨てたりしたらさすがに怒るから」
そう言って、狗守さんは椅子に座った。この話はこれでおしまい、ということだろうか。なればと、おれは虎豪さんのこぶしを握る手に力を込め、存在を思い出してもらおうとする。
「さあ、虎豪さん。もうケーキも冷めたことですし、おれの誕生日会始めましょうよ」
「おう、そうだな……」
心ここに在らず。気負った空気が途切れたせいで緊張の糸がちぎれたらしい。普段険しく細められている眼光が、ふらふらと頼りなさ気に揺れている。
しょうがない。おれは両手を広げ、思いっきり虎豪さんに抱き着いた。ショック療法というやつだ。断じて、おれが今ならチャンスと思ったわけではない。
「こーごうさん!」
「うおぉっ!」
身長差もあって背中に顔をうずめる形になったけど、これはやばい。
まず両手が回りきらない。がっしりとした体幹は予想以上に太く、ぎゅーっと締めても指の先が触れさえしない。というか、思いっきり胸を揉む形になってて手触りがやばい。柔らかな毛皮の下にあるしっかりとした筋肉がたゆんとしててやばい。もうやばい。
「なーにしてんだてめえわぁ!」
しかし、そんな極楽も一瞬。虎豪さんご自慢の武道で投げ飛ばされたおれはすぐさま床に叩き落とされた。
「ごぶぇっ!」
衝撃で目の前に星が散る。虎豪さんの愛が詰まったケーキを食べるまでまだ死ねないというのに……。
「大胆なことするねー辰瀬君」
「俺が手錠を持ってたらすぐさま豚箱へぶち込んでやるところだったぞ」
のんびりした声と怒気を孕んだ声を投げつけられ、ようやく現世に帰還した我が意識。
「いえ、すみません。虎豪さんの元気がなかったものですから」
「だからって胸を揉む奴があるか。……ふん、ほら、とっとと席についてろ」
「あの、ちょっと打ち所が悪かったみたいで、立てるようになるまで少し待ってください」
足腰に力が入らず、立つこともままならない。時間がたてば治ると思うけど、このままキッチンに居座ると邪魔すぎるので何とかしたいな。
まあ、天罰だと思えばしょうがない。見返りとして余りある感触もらったのだ、おとなしく怒られよう。今も思いかえせば虎豪さんの胸の感触が掌にじんわりと残っている。
「なんだ、受け身もとれねえのかよ。そこにいても邪魔だ」
はい、すみません。としおらしく頭を垂れたおれに差し出されるのは虎豪さんの手。
そしてそのままおれを掬い上げると――お姫様抱っこぉ!
「……嫌なら這っていくか?」
いえ全然。これが嫌だなんて言ったら来世の自分から天罰が来そうです。
うわーうわー……。緊張しすぎて虎豪さんの顔が見れない。太い腕に抱えられるおれは虎豪さんの心音すら聞こえているのだが、これが自分の高鳴りかどうかは判断が付かない。
お、落ちないようにという名目で、首に腕とかまわしちゃってもいいのかな。ううう、やっぱり首も太いなあ。どこもかしこも太いんだな。
好きな人の逞しい姿を見て、これで胸キュンしないという方がおかしい。心臓がビートを刻みすぎて吐血しそう。こわばった口元が真っ赤な頬の間に一文字を引いている。こういうことをさらっとする人だから本当にたちが悪い。
そのまま椅子に座らされた時には、もう何も言うことができなかった。距離も短かったし時間にしてもすごく短かったけど、それでもこの体験は脳裏に焼き付いた。
「よかったね」
席に着くなり、狗守さんが茶目っ気を含んだウインクをくれた。
「虎豪さんも君の意図を理解してくれてるはずだよ」
その本人はすでにキッチンに戻って最後の仕上げをしているみたいだ。真剣な顔でクリームを塗りたくる表情に、もう影は見えない。
虎豪さんは素直じゃないけど、おれの意図ぐらい察してくれているに違いない。あの口をへの字に曲げているところを見ればすぐわかる。きっと照れているんだな。尻尾だってのたうってうねうねしてるし。
「あいつはこの店を大事にしてたからな。俺が守らねえとって……俺の、所為だから……」
「陽の燕尾を着るのもその一環なのかい?」
キッチンとダイニングの間にあるカウンターに身を乗り出して、狗守さんは問う。これ以上ないほど二人の距離が縮まって、肉食獣たちの視線がぶつかった。
先に目をそらしたのは、虎豪さんの方だった。
「……そうだ。俺は、自分が接客に不向きなことぐらいわかってるつもりだ。でもよ、あいつの燕尾を着てると、そんな俺でもうまくできる気がしてな。情けねえ話だ。守るとか言っときながら、あいつの助けがないと一人で立つこともできねえなんて」
おれの手の中で、虎豪さんの拳がまた硬くなった。
ふがいない自分を恥じているのだろう。牙をむき毛皮を逆立て怒るその姿は、目の前に自分を幻視しているようだ。
虎豪さんにとって紛れもないお守りだ。そしてそれはおそらく、このお店を引き継いだという決意の表れでもあるのかもしれない。懸命に店を守る虎豪さんにとって、その燕尾はなくてはならないものなのだろう。
「だから、これはやれねえ。絶対だ」
そう締めくくる虎の目は鋭すぎて。触れてしまえば誰であっても傷つけてしまいそうだった。
狗守さんはため息一つ吐いたかと思うと、肩をすくめて困ったように笑った。
「ならしょうがない。君にとっても大事なら無理には奪えないね」
「悪いな」
「いいよ。ただもし必要なくなったら連絡してくれよ。捨てたりしたらさすがに怒るから」
そう言って、狗守さんは椅子に座った。この話はこれでおしまい、ということだろうか。なればと、おれは虎豪さんのこぶしを握る手に力を込め、存在を思い出してもらおうとする。
「さあ、虎豪さん。もうケーキも冷めたことですし、おれの誕生日会始めましょうよ」
「おう、そうだな……」
心ここに在らず。気負った空気が途切れたせいで緊張の糸がちぎれたらしい。普段険しく細められている眼光が、ふらふらと頼りなさ気に揺れている。
しょうがない。おれは両手を広げ、思いっきり虎豪さんに抱き着いた。ショック療法というやつだ。断じて、おれが今ならチャンスと思ったわけではない。
「こーごうさん!」
「うおぉっ!」
身長差もあって背中に顔をうずめる形になったけど、これはやばい。
まず両手が回りきらない。がっしりとした体幹は予想以上に太く、ぎゅーっと締めても指の先が触れさえしない。というか、思いっきり胸を揉む形になってて手触りがやばい。柔らかな毛皮の下にあるしっかりとした筋肉がたゆんとしててやばい。もうやばい。
「なーにしてんだてめえわぁ!」
しかし、そんな極楽も一瞬。虎豪さんご自慢の武道で投げ飛ばされたおれはすぐさま床に叩き落とされた。
「ごぶぇっ!」
衝撃で目の前に星が散る。虎豪さんの愛が詰まったケーキを食べるまでまだ死ねないというのに……。
「大胆なことするねー辰瀬君」
「俺が手錠を持ってたらすぐさま豚箱へぶち込んでやるところだったぞ」
のんびりした声と怒気を孕んだ声を投げつけられ、ようやく現世に帰還した我が意識。
「いえ、すみません。虎豪さんの元気がなかったものですから」
「だからって胸を揉む奴があるか。……ふん、ほら、とっとと席についてろ」
「あの、ちょっと打ち所が悪かったみたいで、立てるようになるまで少し待ってください」
足腰に力が入らず、立つこともままならない。時間がたてば治ると思うけど、このままキッチンに居座ると邪魔すぎるので何とかしたいな。
まあ、天罰だと思えばしょうがない。見返りとして余りある感触もらったのだ、おとなしく怒られよう。今も思いかえせば虎豪さんの胸の感触が掌にじんわりと残っている。
「なんだ、受け身もとれねえのかよ。そこにいても邪魔だ」
はい、すみません。としおらしく頭を垂れたおれに差し出されるのは虎豪さんの手。
そしてそのままおれを掬い上げると――お姫様抱っこぉ!
「……嫌なら這っていくか?」
いえ全然。これが嫌だなんて言ったら来世の自分から天罰が来そうです。
うわーうわー……。緊張しすぎて虎豪さんの顔が見れない。太い腕に抱えられるおれは虎豪さんの心音すら聞こえているのだが、これが自分の高鳴りかどうかは判断が付かない。
お、落ちないようにという名目で、首に腕とかまわしちゃってもいいのかな。ううう、やっぱり首も太いなあ。どこもかしこも太いんだな。
好きな人の逞しい姿を見て、これで胸キュンしないという方がおかしい。心臓がビートを刻みすぎて吐血しそう。こわばった口元が真っ赤な頬の間に一文字を引いている。こういうことをさらっとする人だから本当にたちが悪い。
そのまま椅子に座らされた時には、もう何も言うことができなかった。距離も短かったし時間にしてもすごく短かったけど、それでもこの体験は脳裏に焼き付いた。
「よかったね」
席に着くなり、狗守さんが茶目っ気を含んだウインクをくれた。
「虎豪さんも君の意図を理解してくれてるはずだよ」
その本人はすでにキッチンに戻って最後の仕上げをしているみたいだ。真剣な顔でクリームを塗りたくる表情に、もう影は見えない。
虎豪さんは素直じゃないけど、おれの意図ぐらい察してくれているに違いない。あの口をへの字に曲げているところを見ればすぐわかる。きっと照れているんだな。尻尾だってのたうってうねうねしてるし。
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