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思ったより動けている
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それで、猫柳は虎豪さんのボクサーを借りることになり、燕尾に尻尾の穴を空けることでなんとかなったようだ。なんどか全裸を見たことがある猫柳の着替えはどうでもいいので割愛するとして、どさくさに紛れて虎豪さんの下着コレクションが見られたのは良くやったとしか言いようがない。やはり同じ虎種ということもあって、似合うものが近かったことが幸いした。
「なんだか酔った時みたいな顔してるな……」
猫柳がひきぎみに話しかけてくる。大方おれの顔が気持ち悪かったのだろうけど、虎豪さんの下着の山が見られたのだ、無理もない。
おれも着替え終わり、喫茶店内。燕尾が三人並んだ状況は開店が近いことを示している。
「俺は辰瀬が酔った姿を見たことないな。たまにこういう気持ちの悪い顔してる時はあるが」
「こいつ酔うとたいていこんな感じですよ。いかにも低俗、って感じになります」
やめろ、虎豪さんにおれの悪評を広げるな。おれはなおも話を続けようとする猫柳の広い背中を押し、店内の掃除へと追い立てた。もうすぐ開店なんだからとっとと行動あるのみだ。
「そうだな。猫柳は掃除しといてくれ、辰瀬は厨房を任せるぞ」
虎豪さんがてきぱきと指示をくれて、一時解散となった。ただ、おれも猫柳も接客なんてしたことないんだけど、なにかアドバイス的なのはないのだろうか。
「ああいいだろ別に。接客に大事なのはハートだハート」
それ前も聞いたことあるセリフだ。こういうところで雑なのは相変わらずか。
眉間にしわを寄せる虎豪さんは緊張しているようで、いつどの角度から襲われても対応できるようにしているようだ。燕尾に押さえつけられているボリューミーな肉体を守るため、彼は今武道家の顔になる。
いや、ここは喫茶店なんですけどね。接客に対するハートが武道家のそれでいいわけがないだろう。
「いいか、尻を触られたらやんわりと断れ。手を上げるなよ。ここは喫茶店なんだ」
客入りを前に、虎豪さんの注意が響く。その真剣な顔は店の事を考えているのがよくわかる。
「間違えてお茶をぶっかけるぐらいにしろ」
「それも駄目だと思います!」
ここでつっこみをいれないと、猫柳が絶対鵜呑みにする。虎豪さんはあいつがいかに単純かを知らないから。
「いいかい猫柳。何をされてもそれとなく回避するんだよ。ぶん投げたりなんかしたら絶対駄目だからね。手を出したら今日の晩御飯はキャットフードにするから」
「おれはペットか!」
正直それに近いと思ってるけど、本人の名誉のために言わないでおいた方がよさそう。どちらかというと忠犬タイプだとは思うけど、何せ虎だし。
一体今のお店の雰囲気がどんなものになってるのかはわからないけど、普通に給仕していけばきっと収まっていくはずなんだ。猫柳も虎豪さんもどちらかというと手が出やすい性格だから、事前にきちんと言いくるめておく重要性はでかい。
猫柳はせっせと机をふいているが、あれだけきつきつな燕尾が破れることを想定していない豪快な動きなので少し不安になる。虎豪さんみたいに破りながら慣れていくしかないのかもしれない。なんか嫌な慣れだけど。
それに対し虎豪さんはもう慣れたもので、あの大柄な体を細かく動かしながら綺麗に店の飾りを整えていく。手つきも長年染みついた動作が出ていて、実に効率がいい。
「コーヒーは俺がいれるけど、あとは任せたぞ」
一通り準備を終えた虎豪さんがおれを頼りにしてくれている。ずっと通い続け虎豪さんの成長を見守ってきたおれだ。どんな料理が出るのかも知ってるし、どんな作り方をしているのかだって知っている。
ただ、コーヒーだけは専門外。あれは虎豪さんが自分で研究して出した味だから、おれには再現できないんだ。そもそもサイフォンすら使ったことないし、しょうがない話だと思う。
カウンターの中で同じ燕尾を着ている虎豪さんを見ると、その距離が一段と近くなった気がして心が弾んでしまう。手袋をした手が熟練の技を持ってサイフォンを扱い、店内に香ばしい香りを漂わせていく。
こうなると一気に店が格調高い雰囲気になる。上質な空間を作り出すコーヒーは朝の雰囲気と相まって、道行く人の興味をそそること請け合いだ。
なんだかんだしているうちに、時計はもう開店時間をさしている。店の外にはすでにお客さんが待っているに違いない。
虎豪さんが燕尾に押し込んだお尻を振りながら急いでドアに向かい、店を開ける。おれはカウンターに入り、猫柳は挑むように視線をドアに固定している。あいつは接客というものが何なのかわかってないだろ。
何事も無ければいいけれど。いや、ないわけないだろうな。ああ、心配だ。
そんなおれの心配をよそにドアが開かれていく。夏場の熱い空気が湿気を含んで流れこみ、嫌でも外を感じさせる。入って来たお客さんに虎豪さんがそつなくあいさつをして出迎え、席へと誘導する。その手つきはさすが、なれたものだ。笑顔があればもっと完璧だったけど。
さあ、猫柳はどうか。次に来た客を見つけるや否や、彼は思いっきり息を吸い込んで――
「いらっしゃーせー!」
ものすごい大声を張り上げた。
「ここはラーメン屋でもないし道場でもないから!」
すぐさま辰瀬フォロー入ります。驚きすくんでしまったお客様を席に通し、お冷を渡す。その流れるような動作に我ながら感動だ。だてに虎豪さんの動きばかりを追っていたわけじゃないことがここで証明された。
「もっと声押さえて。上品に。いいね」
「お、おう」
猫柳はいまだ緊張に固まっているけれど、何とかついていこうと頑張っていく。もともとが一生懸命な奴だ。きっとすぐ慣れるだろう。
「えと、注文していいかな?」
猫柳との漫才において行かれたお客様が控えめな声を出す。おれはすぐに意識をそちらに向けて、精一杯の笑みを作った。
「なんだか酔った時みたいな顔してるな……」
猫柳がひきぎみに話しかけてくる。大方おれの顔が気持ち悪かったのだろうけど、虎豪さんの下着の山が見られたのだ、無理もない。
おれも着替え終わり、喫茶店内。燕尾が三人並んだ状況は開店が近いことを示している。
「俺は辰瀬が酔った姿を見たことないな。たまにこういう気持ちの悪い顔してる時はあるが」
「こいつ酔うとたいていこんな感じですよ。いかにも低俗、って感じになります」
やめろ、虎豪さんにおれの悪評を広げるな。おれはなおも話を続けようとする猫柳の広い背中を押し、店内の掃除へと追い立てた。もうすぐ開店なんだからとっとと行動あるのみだ。
「そうだな。猫柳は掃除しといてくれ、辰瀬は厨房を任せるぞ」
虎豪さんがてきぱきと指示をくれて、一時解散となった。ただ、おれも猫柳も接客なんてしたことないんだけど、なにかアドバイス的なのはないのだろうか。
「ああいいだろ別に。接客に大事なのはハートだハート」
それ前も聞いたことあるセリフだ。こういうところで雑なのは相変わらずか。
眉間にしわを寄せる虎豪さんは緊張しているようで、いつどの角度から襲われても対応できるようにしているようだ。燕尾に押さえつけられているボリューミーな肉体を守るため、彼は今武道家の顔になる。
いや、ここは喫茶店なんですけどね。接客に対するハートが武道家のそれでいいわけがないだろう。
「いいか、尻を触られたらやんわりと断れ。手を上げるなよ。ここは喫茶店なんだ」
客入りを前に、虎豪さんの注意が響く。その真剣な顔は店の事を考えているのがよくわかる。
「間違えてお茶をぶっかけるぐらいにしろ」
「それも駄目だと思います!」
ここでつっこみをいれないと、猫柳が絶対鵜呑みにする。虎豪さんはあいつがいかに単純かを知らないから。
「いいかい猫柳。何をされてもそれとなく回避するんだよ。ぶん投げたりなんかしたら絶対駄目だからね。手を出したら今日の晩御飯はキャットフードにするから」
「おれはペットか!」
正直それに近いと思ってるけど、本人の名誉のために言わないでおいた方がよさそう。どちらかというと忠犬タイプだとは思うけど、何せ虎だし。
一体今のお店の雰囲気がどんなものになってるのかはわからないけど、普通に給仕していけばきっと収まっていくはずなんだ。猫柳も虎豪さんもどちらかというと手が出やすい性格だから、事前にきちんと言いくるめておく重要性はでかい。
猫柳はせっせと机をふいているが、あれだけきつきつな燕尾が破れることを想定していない豪快な動きなので少し不安になる。虎豪さんみたいに破りながら慣れていくしかないのかもしれない。なんか嫌な慣れだけど。
それに対し虎豪さんはもう慣れたもので、あの大柄な体を細かく動かしながら綺麗に店の飾りを整えていく。手つきも長年染みついた動作が出ていて、実に効率がいい。
「コーヒーは俺がいれるけど、あとは任せたぞ」
一通り準備を終えた虎豪さんがおれを頼りにしてくれている。ずっと通い続け虎豪さんの成長を見守ってきたおれだ。どんな料理が出るのかも知ってるし、どんな作り方をしているのかだって知っている。
ただ、コーヒーだけは専門外。あれは虎豪さんが自分で研究して出した味だから、おれには再現できないんだ。そもそもサイフォンすら使ったことないし、しょうがない話だと思う。
カウンターの中で同じ燕尾を着ている虎豪さんを見ると、その距離が一段と近くなった気がして心が弾んでしまう。手袋をした手が熟練の技を持ってサイフォンを扱い、店内に香ばしい香りを漂わせていく。
こうなると一気に店が格調高い雰囲気になる。上質な空間を作り出すコーヒーは朝の雰囲気と相まって、道行く人の興味をそそること請け合いだ。
なんだかんだしているうちに、時計はもう開店時間をさしている。店の外にはすでにお客さんが待っているに違いない。
虎豪さんが燕尾に押し込んだお尻を振りながら急いでドアに向かい、店を開ける。おれはカウンターに入り、猫柳は挑むように視線をドアに固定している。あいつは接客というものが何なのかわかってないだろ。
何事も無ければいいけれど。いや、ないわけないだろうな。ああ、心配だ。
そんなおれの心配をよそにドアが開かれていく。夏場の熱い空気が湿気を含んで流れこみ、嫌でも外を感じさせる。入って来たお客さんに虎豪さんがそつなくあいさつをして出迎え、席へと誘導する。その手つきはさすが、なれたものだ。笑顔があればもっと完璧だったけど。
さあ、猫柳はどうか。次に来た客を見つけるや否や、彼は思いっきり息を吸い込んで――
「いらっしゃーせー!」
ものすごい大声を張り上げた。
「ここはラーメン屋でもないし道場でもないから!」
すぐさま辰瀬フォロー入ります。驚きすくんでしまったお客様を席に通し、お冷を渡す。その流れるような動作に我ながら感動だ。だてに虎豪さんの動きばかりを追っていたわけじゃないことがここで証明された。
「もっと声押さえて。上品に。いいね」
「お、おう」
猫柳はいまだ緊張に固まっているけれど、何とかついていこうと頑張っていく。もともとが一生懸命な奴だ。きっとすぐ慣れるだろう。
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