君の喫茶店

とりあえず

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獅子対虎

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「お、おい、し……くそぉ」

 どうしても虎豪さんを認めたくない牙縞さんはおいしいと言う事を拒んでいるようだ。でも、その手は止まることなくテーブルと口を往復し、頬を膨らませる勢いでがっついている。その姿はどう見ても美味しさを堪能している。

「た、辰瀬君はこれよりおいしいのか……」

 牙縞さんの眼光がカッと光り、おれに標準を合わせてきた。ロックオンされた草食動物のように、おれの生存本能が警笛を鳴らす。

 あの、それは料理の話ですよね? 目がぎらついてて結構怖いのですけど。咀嚼しながらおれの方がおいしいとか言われましても……。

 どうやら牙縞さんはその凶悪な眼光でおれが引いたことを察してしまったようだ。すぐさま泣きそうな顔を形作り、猫背をひどくした。

「ごめん! おいしそうってそういう意味じゃないから! 怖くないからね!」
「わかってます。牙縞さんは全然怖くないです」

 すでに人見知りも収まってきたようで、牙縞さんはにっこりとおれに怖くないアピールをするけれど、どこかぎこちない笑みはちょっと怖い。猫柳という人懐っこい笑顔を見慣れているせいで余計に差が際立つのだろう。虎豪さんと牙縞さんは一回猫柳に笑顔の作り方を教えてもらったらいいのかもしれない。

「辰瀬の料理はおれのだからな」

 当の本人は食いながら文句を垂れるが、お前のではないことは確実だ。なんで独占しようとするんだお前は。

 和やかに食事は進み、危惧していたぶつかり合いもない。互いに気を使っているのだろう、牙縞さんと虎豪さんはぎこちないながらも表面上は取り繕っており、空気に亀裂は走らない。

「ちょっと、いいかな」

 おれの胃袋がそろそろ悲鳴を上げ始めた時、牙縞さんが近くにやって来た。さすがに批評も疲れてきたのでちょうどいいと、おれもそれに乗ることにする。

「なんでしょう?」

 問いかけたところ、ずいっと顔を近づけられた。虎豪さんよりもオレンジがかった獅子の相貌がおれの視界を埋める。

 牙縞さんはおれをまじまじと見て、さらに頭をなでてくる。

「狗守から聞いたけど、虎豪にひどいことされたんだよね。それでよく仲直りできたね」

 唐突にぶつけられた言葉の爆弾に一瞬硬直したけど、いたわりを具現化したような手つきは本心からおれを案じているのがわかり、なんとか嚥下することができた。胃に落ちた衝撃は言葉をぶれさせて、返答に少し時間がかかってしまった。

「虎豪さんも反省してましたし、おれもそこまで責めるつもりもないですから」

 よしよしと、慰めが頭の上で熱を送り、ちょっとむず痒い。子ども扱いされてるのはわかるけど、嫌だってわけじゃないから。気恥ずかしさから目線をわずかにずらす。

 部屋では猫柳が相変わらず胃袋に食事を流し込んでいるし、狗守さんはホクホク笑顔で頬を膨らませている。虎豪さんはひそめた目でこっちをちらちらうかがっているけれど、あくまで傍観に徹していた。

 そんな暖かな空間で、牙縞さんがさらに熱をくれる。百獣の王を冠するその相貌は、まるで花が開くようにふわりと笑んで、気弱な影を拭い去っていく。

「ああ、どうやらやはり、僕はこういう人に弱いみたいだ」

 引き寄せられ、飛び込むのは獅子の胸。毛皮に潜む思いのほか男らしい体幹はおれをしっかりと抱きしめ、芬々とした男の色香に包まれてしまう。

 唐突のことにおれは何も反応できなくて、熱を上げた体感温度にくらりと酩酊しそうになってしまった。豊かなたてがみの隙間を縫うように、おれは切れ切れな言葉を放つ。

「き、ば、きば、しまさん……? えと、その、なにを……?」
「つらかったね。好きな人に振り向いてもらえずに、さらに傷つけられて。僕でよければ、好きなだけ甘えてもいいからね?」

 この人はおれのことを案じている。それが体中から伝わってきている。

「今度は守ってみせる。陽のときみたいには絶対にしない」

 悔恨をにじませたつぶやきはおれにしか聞こえなかっただろう。おれは何と言っていいかわからなくて、抱き返すこともできない手を持て余していた。

「お、辰瀬を慰める会か? なんならおれも反対から抱き着いてもいいぞ?」

 うっさい馬鹿柳。今どう考えても真面目な話をしてるでしょうが。あと、食べかすが胸の毛についてるから絶対嫌だ。

「おや、牙縞にしては打ち解けるのが速いね。辰瀬君には猛獣使いの才能でもあるのかな」

 狗守さんも嬉しそうに言うけど、そんなに微笑ましい光景なのだろうかこれ。抱き着かれてる本人は結構心臓バクバクさせてるんだけど。

 牙縞さんはぎゅーっと両手を回しており、その体は虎豪さんより柔らかい。でも、獲物を狩ることに特化した肉体は豪気な重量を誇り、おれをがっしりと包み込んで安寧をくれる。

 このままいくと、おれが獅子にその心を食われてしまうかもしれない。だけど、たてがみに埋もれて身動きを封じられた被食者を解放したのは、燕尾を着た虎の腕であった。

「何してんだよてめえは」

 縞模様をちりばめた黄色い手がおれらを無理やり引きはがす。耳をせわしなく動かして不機嫌を表現する虎豪さんは、下の牙をむき出しにして喉をうならせていた。

 どれだけ焦っていたのだろう。職務中は静ひつを保っていた燕尾が、事ここに至ってついに断末魔を上げたのだ。黒い布地に黄色や白い毛を生やし、胸元のボタンを飛ばしてこれ見よがしに胸筋を強調する。その怒りの相貌とあいまって、清楚な雰囲気が粗暴な色に覆い尽くされてしまった。
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