君の喫茶店

とりあえず

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そのお味はいかに

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 思えば、虎豪さんの作った料理を食べるのは久しぶりだ。

 すっかり日がくれた時間帯、猫柳が腹の虫を暴れさせながらやってくると、すでに出来上がっている料理が出迎えた。喫茶店の奥にあるダイニングには空腹を刺激する香りが満ちていて、一歩足を踏み入れた猫柳が腹の虫を鳴らすのも仕方のないことだ。

 店を閉めてからも働きづめの虎豪さんはさすがに疲労の色を反映させていたけれど、それを口にすることはなかった。手伝いを申し出たけど却下されてしまったのはさすがに予想外だ。どうやら虎豪さんは自分の料理をありのまま
見てほしいらしい。

「おー、意外にうまそうだな」

 猫柳がそういうのもわかる。虎豪さんは見た目の割に結構丁寧な料理を作るから。

 机の上には喫茶店でよく出る軽食がずらり。あまりもので作っただろうけど、これだけの数はものすごく大変だったのでは……?

「まあ、そうだな。本当は店で出すメニュー全部評価してもらえればよかったんだが」
「さすがに食べきれないですよ!?」

 え、これおれが全部一口食べて講評しないといけない流れなの? さすがに胃袋が破裂するのですけど。

「そうか? そんなに作ったつもりはないんだが……。これだけの人数だからな、足りなくなることを想定してるぞ」

 それはそうなのかもしれない。猫柳を含めて、狗守さんと牙縞さんと虎豪さんと自分。虎豪さんが食べてるところ見たことないけど、これはひょっとすると猫柳より食べるかもしれない。もしかして、虎種自体が大食いの種族なのだったりするんだろうか。

 まだ作業服である燕尾を着たままの虎豪さんがそのお腹を食べ物で膨らませたら、絶対ボタンが飛ぶ未来しか見えないな。ぜひ見たいけど。

「さっさと食おうぜ。うまいかまずいか言えばいいんだろ?」

 おれも猫柳ほど問題を単純化できれば幸せなんだけどなあ。

 サークル後ということもあって、椅子に座っている猫柳は飢えた野獣の目つきで机の上を睨んでいる。早くしないと勝手に食べ始めそうだ。

「ふ、ふん、虎豪の癖においしそうじゃないか」

 口だけは怒っているようだけど、牙縞さんの黒い鼻はさっきからひくひくと動きっぱなしだ。ただの人であるおれよりも鼻孔をくすぐるおいしそうな匂いに感じる空腹感はひとしおなのかもしれない。

 橙色の毛皮に簡素なパーカーを着こんだ獅子は早く食べたい自分を押さえるのに一生懸命らしく、誰かいただきますを切り出してくれないものかとちらちらあたりをうかがっている。そんなに意地を張らなくても、食べたいって言えばいいと思うのだけど。

「久しぶりにまともなものを食べる気がするよ」

 うん。普段の5割増し幸せそうな笑顔の狗守さんを見ていると、なんだか不憫になって来た。そんなに日頃の食生活が崩壊しているのかこの人。

 そんな肉食獣三人の早く食べたいオーラはすべて虎豪さんに向けられており、いつもの不機嫌面に辟易とした色が混ざりだす。まだ料理は全部並んでいないのだけど、テーブルには十分な量が準備されている。

 どうやら虎豪さんはそれを見て、もういいかと判断したようだ。

「まだ俺は準備するけど、もう食べてていいぞ」

 肉食獣たちの尻尾と耳がピンと立って喜色を表現する。なんだかかわいらしい仕草だ。

「お、んじゃ、早速食うか。いただきます!」

 一番やり猫柳の合掌に追従して、みんなそろって手を合わせていただきます。それを合図として解放された健啖家な猫柳はガツガツと音が聞こえてきそうな勢いで食物を胃袋に流し込む。練習疲れもあってか、遠慮など全く見えない。

「うん、うまいな。辰瀬ほどじゃねえけど。お、このサンドイッチもうまいな。辰瀬ほどじゃねえけど。このオムライスもうまいけど、辰瀬の方が上手だったな」

 嬉しいけど素直に喜べない……。何かにつけて、おれの方がうまいと言ってくれるけど、虎豪さんへの配慮忘れないであげて。

「いや、それは俺もわかってる。ただ、どうしていいのかわからなくてな」

 虎豪さんの目が期待に満ちておれをうかがっている。その期待に応えるべく、おれは近くにあったサンドイッチを放り込んだ。

「あ、れ? おいしいですよ虎豪さん」

 狗守さんらがあれだけ危惧していた割には、そこまで凄惨でもない。むしろ、前に試食させてもらったサンドイッチよりおいしくなってるんじゃないだろうか。

「本当か? 遠慮しなくていいぞ。お前はすぐ俺に気を遣うからな」
「そうだな、辰瀬にはずうずうしさがたりねえ」

 口いっぱいに頬張りながら話す猫柳みたいなずうずうしさなんて絶対いらないんだけどな。

 しかも、無言で空のコップを差し出してくる始末。虎豪さんから借りたポットからお茶を注ぐと、またすぐに食事を再開する。うん、こんなずうずうしさ絶対いらない。

「でも、本当ですよ。前より成長してます」
「そうか……?」

 腑に落ちないという顔をする虎豪さん。でも、事実なんだからしょうがない。

「ひょっとして、ストレスで味覚が変わってたのかもしれないね」

 幸せ全開で後光のようなものを背負っている狗守さんがおっとりと切り出した。

 確かにその可能性はある。あの時の虎豪さんは目が死んでいたし、今とは味覚が異なっているのは十分に考えられることだ。疲労は味覚を変えるというし、元気になった虎豪さんならもう大丈夫なんじゃないだろうか。

「まあ、だったらいいんだけどな」

 言葉はそっけないが口元はやや上がっており、喜んでいるのは間違いないだろう。一つ心配事が消えて、おれも嬉しい。
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