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その後の話
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なんだかいろんなことがあったけど、その分時間の経過がとても速い。ほんのわずかに隆盛を弱めた夏を感じて涼しくなってきた店内に、虎豪さんと二人。
「虎豪さん」
「なんだよ」
おれ以外客がいない時間帯で、燕尾を着た虎豪さんがぞんざいに返事をする。テストも終わり夏休みに入ったはいいが、サークルに所属してないおれは時間をもてあましており、こうして虎豪さんとだらだらするのが日課になっている。
カウンター席に座り虎豪さんに構ってほしいと話しかける。おれの彼氏は嫌そうな顔を標準装備して、ため息交じりに返答をしてくれた。
客がいないから虎豪さんも気張ることなく、おれへの扱いはいつも通りだ。今でもファンを引き付けてやまないその豊満なボディは、最近さらに魅力を増したともっぱらの評判だ。雰囲気が柔らかくなったこともあり、雄の色香がさらに強くなったんだ。
そんな涎物の雄である虎豪さんに、おれも適当な答えをぶん投げる。
「暇なんですが」
「知らねえよ。猫柳みたいに合宿でも行ってればいいだろうが」
「今あいつの顔は見たくないのでいいです」
猫柳の留年回避のためにおれがした苦労は筆舌に尽くしがたく、あのころの不機嫌度は最高だった。おかげで夏休みに入ってすぐに猫柳と喧嘩して、ただ今絶賛冷戦中だ。
「まあ、同居してるんだからたまにはそういうこともあるだろ。合宿から帰ってきたらちゃんと仲直りしろよ。お前も言い過ぎたと思ってるんだろ?」
「そりゃ、そうですけど……」
「大方、猫柳の私物を視界に入れたくないから帰りたくもないってとこか? だからってここで油を売るなって感じなんだがな」
図星だったのでスルーします。でも、虎豪さんのジト目に耐えかねてつい頷いてしまった。
「わかりました、仲直りしますよー」
結局根負けして言質を取られてしまった。机に顔を乗せて頬をむにぃと伸ばしてむくれる。
でも、さすがにそろそろ仲直りした方がいいと思っていたので、おれはすぐさま携帯で謝罪の連絡を送った。履歴を見ると喧嘩して以降会話がないのがわかり、なんだか悲しい気持ちになった。
「そうそう、大人にならねえとな」
「虎豪さんに言われたくないです」
「なんでだよ」
がばっと顔を上げ、全力で不機嫌そうな顔を作る。ちょっとだけむっとした顔の虎豪さんはいつ見ても十分かっこいい。
「だって、おれにキスとか全然してくれないじゃないですか」
「はあぁ?!」
危うく食器を落しかけた虎豪さんがすっとんきょうな声を出す。
そうなのだ。せっかくお付き合いできているというのに、虎豪さんはあれ以来おれのことが好きだとか全く言ってくれないし、その後の進展も全くない。これにはおれだってふくれっ面になろうというものだ。
素直じゃない上に頑固で古風な虎豪さんだから、そういうことに抵抗があるのはわかる。わかるのだけど、やっぱり好きな人の口から言ってほしいし、その先だって行きたい。
もちろん自分がそういうことに対して免疫がないという自覚が虎豪さんにはある。だからおれの文句に対し、唸りながら牙を剥くのだ。怒るでもなく、恥ずかしいという気持ちで。
「虎豪さんがキスしてくれたら、仲直り頑張りますよ」
「別にてめえらの仲が悪かろうが俺には関係ねえだろうが」
食器を片づける手を止め、虎豪さんが睨む。害意が全くない眼光は怖いどころかかっこいい。思わずおれの方から顔を近づけてしまいそうになるほど、肉食の相貌は凛々しい。
それっきり虎豪さんは黙ってしまったので、おれも手持無沙汰になって携帯を手に取った。
こんなやり取りももう何回目だろうか。晴れて恋人同士になったおれらだけど、その距離感はあまり変わっていない。でも、恋人という双方向のつながりは、おれの心に確かな温かさを注いでくれている。
狗守さんは前と変わらずのほほんと店にやって来ては虎豪さんに進展を聞いている。あまりに進展がなさ過ぎるものだから、業を煮やしておれに押し倒したらいいと発破をかけてくる始末。実は前にやってみたんだけど、押し倒すどころか一歩動かすこともできなかった。挙句に甘えてると勘違いされて抱き返されたなんてことは言わないでおいた。おれの名誉のために。
牙縞さんも最近はよく店に来てくれる。慣れてきたのか最近は声も大きくなって、注文が取りやすくなった。というか、家に晩御飯を食べに来ることも増えた。狗守さんと一緒に。
明らかにましなものを食べてないであろう狗守さんを盾にするのはやめていただきたい。だけど、猫柳を含めた団らんはなかなか楽しいので悪い気はしていない。あとは虎豪さんとも仲直りしてくれればいいのだけど、悲しいことに未だ出会いがしらの罵倒は治らない。
とまあ、こんな感じで最近は和やかだ。店も軌道に乗ってるし、おれと一緒に考案した新メニューの評判も上々。このままうまくいってくれることを願うばかりだ。
あ、猫柳から返信だ。筆まめとは言い難い猫柳にしては早い返信に、同じ気持ちだったのかと勘ぐった。案の定、中身も謝罪の言葉だったので、仲直りはスムーズに進みそうだ。
『おれもお前に頼りっきりで悪かったと思う。謝るから、またご飯を作ってくれ。合宿所の飯がまずくてもう帰りたい』
最後が無ければなあ。おれの価値が真面目に料理しか認識されてないのでは説が濃厚なんですけど。いや、こいつにデリカシーとか期待するのが無理ってことは重々承知なのでいいんだけどさ。
それに食べたいものを聞いてみると、料理の名前だけ十個ぐらい上げられた。飢えすぎだろこいつ。そういえば、明日には帰ってくるんだよな。はあ、帰りに買い物でも行きますか。
その後も適当にやり取りをしていたら、唐突に虎豪さんが口を開いた。
「ほらよ」
ぞんざいに投げ出されたのは虎豪さん印の美味しいコーヒー。最近はおごってもらうことも増えたので、おれはそれをお礼と共にすんなり受け取ることができる。
でも、黒々とした液面に、見慣れない模様が浮いていることに気が付いた
「虎豪さん、これは……?」
それは、真っ白なハートマーク。ミルクで作った不格好な愛の印が、黒い液面をゆらゆらと漂っているではないか。
黙っていたと思ったらこういうのを作っていたのか。素直じゃない虎豪さんの精一杯の告白に、思わず頬がゆるんでしまう。
本当はもっと眺めていたかったけど、恥ずかしさに耐えかねた虎豪さんの伸ばした手がコップを揺らしてしまった。おかげで珍しい愛の印はコーヒーを茶色に染めて消えてしまう。
「せっかく虎豪さんからもらったハートが……」
「あー、うっせ、うっせえ。んなもんぐらいでがたがた言うな」
「恥ずかしがるくらいならしなきゃいいのに……」
「うっせぇっ!」
毛皮を不自然なくらい逆立てて、牙をむいて虎豪さんは唸る。いまだにこういうことが恥ずかしい人だから、先に進めるのはまだまだ先のような気がする。
虎豪さんからの愛が詰まったコーヒーを飲むと、また一つ目の前の虎を好きになった気がする。今の虎豪さんは身の丈に合った燕尾を着ており、のびのびと自分の仕事ができている。
「その燕尾、動きやすそうですね」
「まあな。おかげで仕事がはかどるってもんだ」
苦笑しながらも虎豪さんはあっさりと答えてくれた。
陽さんの燕尾服は今も虎豪さんの手にあるけれど、それはきちんと縫われて部屋に干されたまま。大事にはしているけれど、もう頼ることはない。そんな虎豪さんの気持ちが反映されているかのようだ。虎豪さんはその巨体を十分に伸ばし、前を向いていける。
陽さんの燕尾を着ていた虎豪さんはエロさがあってよかったけど、今の虎豪さんは心から喫茶店を楽しんでいるようだから。おれは今の虎豪さんの方が好きなんだと思う。笑顔もだいぶ柔らかくなってきて、他の人が虎豪さんに惚れたらどうしようなんて心配するくらい。
そんな想い人をまじまじと見つめて、幸せを噛みしめるため息。にやけたおれの顔に向けられる視線はちょっととがっていたけど、それが恥ずかしさから来てるのはもう理解できている。
「……キス、してみるか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。ばつの悪そうな顔で頬をかいている虎豪さんを見ると、冗談を言っているような雰囲気ではない。え、本当に?
虎豪さんがハートを出したりしていたのはこれを切り出す勇気を振り絞っていたんだと、今気づいた。おしゃれな喫茶店で、ゆっくりと空気が澄んでいく感覚がする。
「だから、キスしてみるかって聞いたんだ」
「いいんですか?」
「良いも悪いも、付き合ってるんだから当然だろうが」
その当然に行きつくまで結構時間がかかったような気がしますが、指摘するとうやむやにされそうなので黙っておこう。
自分から言ってみたとはいえ、いざその時が来ると緊張してしまう。かっこいい虎が身を屈め、おれに目線を合わせてくれる。
虎豪さんの顔が近い。虎豪さんは目線をさまざまな方向に泳がせ、おれを直視できないでいるようだ。おれもまた、そんな虎豪さんを直視できない。
「当然なんだよな。お前は俺の彼氏なんだから」
ひげをそよがせて、虎は言う。
素直じゃない人だけど、まっすぐな人だから。言いたいことを言う時はおれに目線を合わせてくれる。雄々しい虎の顔がしっかりとおれを見定めた。
「好きだ」
「ありがとう……ございます」
感無量と言えばいいのだろうか。虎豪さんの口から、愛を歌う言葉を聞けるなんて。
うっすらと目に浮かぶ涙を見て虎豪さんは慌てたようだったけど、それが嫌悪からでないと知ると、すぐに相貌を正す。
ゆっくりと顔を近づけて、ゆっくりと目をつむって。
恋人同士というにはまだぎこちないおれらだけど、肌で感じる接近に途方もないときめきを感じている。目の前の人に、おれは身をゆだねてキスを待つ。
君の喫茶店で、出会い、別れて、つながった。そして、これからは一緒に大人になっていく。
それがとても嬉しくて、それがとても愛おしくて。
性別しか共通点がないようなおれらだけど、今日、初めて。
――――キスをすることができました。
「虎豪さん」
「なんだよ」
おれ以外客がいない時間帯で、燕尾を着た虎豪さんがぞんざいに返事をする。テストも終わり夏休みに入ったはいいが、サークルに所属してないおれは時間をもてあましており、こうして虎豪さんとだらだらするのが日課になっている。
カウンター席に座り虎豪さんに構ってほしいと話しかける。おれの彼氏は嫌そうな顔を標準装備して、ため息交じりに返答をしてくれた。
客がいないから虎豪さんも気張ることなく、おれへの扱いはいつも通りだ。今でもファンを引き付けてやまないその豊満なボディは、最近さらに魅力を増したともっぱらの評判だ。雰囲気が柔らかくなったこともあり、雄の色香がさらに強くなったんだ。
そんな涎物の雄である虎豪さんに、おれも適当な答えをぶん投げる。
「暇なんですが」
「知らねえよ。猫柳みたいに合宿でも行ってればいいだろうが」
「今あいつの顔は見たくないのでいいです」
猫柳の留年回避のためにおれがした苦労は筆舌に尽くしがたく、あのころの不機嫌度は最高だった。おかげで夏休みに入ってすぐに猫柳と喧嘩して、ただ今絶賛冷戦中だ。
「まあ、同居してるんだからたまにはそういうこともあるだろ。合宿から帰ってきたらちゃんと仲直りしろよ。お前も言い過ぎたと思ってるんだろ?」
「そりゃ、そうですけど……」
「大方、猫柳の私物を視界に入れたくないから帰りたくもないってとこか? だからってここで油を売るなって感じなんだがな」
図星だったのでスルーします。でも、虎豪さんのジト目に耐えかねてつい頷いてしまった。
「わかりました、仲直りしますよー」
結局根負けして言質を取られてしまった。机に顔を乗せて頬をむにぃと伸ばしてむくれる。
でも、さすがにそろそろ仲直りした方がいいと思っていたので、おれはすぐさま携帯で謝罪の連絡を送った。履歴を見ると喧嘩して以降会話がないのがわかり、なんだか悲しい気持ちになった。
「そうそう、大人にならねえとな」
「虎豪さんに言われたくないです」
「なんでだよ」
がばっと顔を上げ、全力で不機嫌そうな顔を作る。ちょっとだけむっとした顔の虎豪さんはいつ見ても十分かっこいい。
「だって、おれにキスとか全然してくれないじゃないですか」
「はあぁ?!」
危うく食器を落しかけた虎豪さんがすっとんきょうな声を出す。
そうなのだ。せっかくお付き合いできているというのに、虎豪さんはあれ以来おれのことが好きだとか全く言ってくれないし、その後の進展も全くない。これにはおれだってふくれっ面になろうというものだ。
素直じゃない上に頑固で古風な虎豪さんだから、そういうことに抵抗があるのはわかる。わかるのだけど、やっぱり好きな人の口から言ってほしいし、その先だって行きたい。
もちろん自分がそういうことに対して免疫がないという自覚が虎豪さんにはある。だからおれの文句に対し、唸りながら牙を剥くのだ。怒るでもなく、恥ずかしいという気持ちで。
「虎豪さんがキスしてくれたら、仲直り頑張りますよ」
「別にてめえらの仲が悪かろうが俺には関係ねえだろうが」
食器を片づける手を止め、虎豪さんが睨む。害意が全くない眼光は怖いどころかかっこいい。思わずおれの方から顔を近づけてしまいそうになるほど、肉食の相貌は凛々しい。
それっきり虎豪さんは黙ってしまったので、おれも手持無沙汰になって携帯を手に取った。
こんなやり取りももう何回目だろうか。晴れて恋人同士になったおれらだけど、その距離感はあまり変わっていない。でも、恋人という双方向のつながりは、おれの心に確かな温かさを注いでくれている。
狗守さんは前と変わらずのほほんと店にやって来ては虎豪さんに進展を聞いている。あまりに進展がなさ過ぎるものだから、業を煮やしておれに押し倒したらいいと発破をかけてくる始末。実は前にやってみたんだけど、押し倒すどころか一歩動かすこともできなかった。挙句に甘えてると勘違いされて抱き返されたなんてことは言わないでおいた。おれの名誉のために。
牙縞さんも最近はよく店に来てくれる。慣れてきたのか最近は声も大きくなって、注文が取りやすくなった。というか、家に晩御飯を食べに来ることも増えた。狗守さんと一緒に。
明らかにましなものを食べてないであろう狗守さんを盾にするのはやめていただきたい。だけど、猫柳を含めた団らんはなかなか楽しいので悪い気はしていない。あとは虎豪さんとも仲直りしてくれればいいのだけど、悲しいことに未だ出会いがしらの罵倒は治らない。
とまあ、こんな感じで最近は和やかだ。店も軌道に乗ってるし、おれと一緒に考案した新メニューの評判も上々。このままうまくいってくれることを願うばかりだ。
あ、猫柳から返信だ。筆まめとは言い難い猫柳にしては早い返信に、同じ気持ちだったのかと勘ぐった。案の定、中身も謝罪の言葉だったので、仲直りはスムーズに進みそうだ。
『おれもお前に頼りっきりで悪かったと思う。謝るから、またご飯を作ってくれ。合宿所の飯がまずくてもう帰りたい』
最後が無ければなあ。おれの価値が真面目に料理しか認識されてないのでは説が濃厚なんですけど。いや、こいつにデリカシーとか期待するのが無理ってことは重々承知なのでいいんだけどさ。
それに食べたいものを聞いてみると、料理の名前だけ十個ぐらい上げられた。飢えすぎだろこいつ。そういえば、明日には帰ってくるんだよな。はあ、帰りに買い物でも行きますか。
その後も適当にやり取りをしていたら、唐突に虎豪さんが口を開いた。
「ほらよ」
ぞんざいに投げ出されたのは虎豪さん印の美味しいコーヒー。最近はおごってもらうことも増えたので、おれはそれをお礼と共にすんなり受け取ることができる。
でも、黒々とした液面に、見慣れない模様が浮いていることに気が付いた
「虎豪さん、これは……?」
それは、真っ白なハートマーク。ミルクで作った不格好な愛の印が、黒い液面をゆらゆらと漂っているではないか。
黙っていたと思ったらこういうのを作っていたのか。素直じゃない虎豪さんの精一杯の告白に、思わず頬がゆるんでしまう。
本当はもっと眺めていたかったけど、恥ずかしさに耐えかねた虎豪さんの伸ばした手がコップを揺らしてしまった。おかげで珍しい愛の印はコーヒーを茶色に染めて消えてしまう。
「せっかく虎豪さんからもらったハートが……」
「あー、うっせ、うっせえ。んなもんぐらいでがたがた言うな」
「恥ずかしがるくらいならしなきゃいいのに……」
「うっせぇっ!」
毛皮を不自然なくらい逆立てて、牙をむいて虎豪さんは唸る。いまだにこういうことが恥ずかしい人だから、先に進めるのはまだまだ先のような気がする。
虎豪さんからの愛が詰まったコーヒーを飲むと、また一つ目の前の虎を好きになった気がする。今の虎豪さんは身の丈に合った燕尾を着ており、のびのびと自分の仕事ができている。
「その燕尾、動きやすそうですね」
「まあな。おかげで仕事がはかどるってもんだ」
苦笑しながらも虎豪さんはあっさりと答えてくれた。
陽さんの燕尾服は今も虎豪さんの手にあるけれど、それはきちんと縫われて部屋に干されたまま。大事にはしているけれど、もう頼ることはない。そんな虎豪さんの気持ちが反映されているかのようだ。虎豪さんはその巨体を十分に伸ばし、前を向いていける。
陽さんの燕尾を着ていた虎豪さんはエロさがあってよかったけど、今の虎豪さんは心から喫茶店を楽しんでいるようだから。おれは今の虎豪さんの方が好きなんだと思う。笑顔もだいぶ柔らかくなってきて、他の人が虎豪さんに惚れたらどうしようなんて心配するくらい。
そんな想い人をまじまじと見つめて、幸せを噛みしめるため息。にやけたおれの顔に向けられる視線はちょっととがっていたけど、それが恥ずかしさから来てるのはもう理解できている。
「……キス、してみるか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。ばつの悪そうな顔で頬をかいている虎豪さんを見ると、冗談を言っているような雰囲気ではない。え、本当に?
虎豪さんがハートを出したりしていたのはこれを切り出す勇気を振り絞っていたんだと、今気づいた。おしゃれな喫茶店で、ゆっくりと空気が澄んでいく感覚がする。
「だから、キスしてみるかって聞いたんだ」
「いいんですか?」
「良いも悪いも、付き合ってるんだから当然だろうが」
その当然に行きつくまで結構時間がかかったような気がしますが、指摘するとうやむやにされそうなので黙っておこう。
自分から言ってみたとはいえ、いざその時が来ると緊張してしまう。かっこいい虎が身を屈め、おれに目線を合わせてくれる。
虎豪さんの顔が近い。虎豪さんは目線をさまざまな方向に泳がせ、おれを直視できないでいるようだ。おれもまた、そんな虎豪さんを直視できない。
「当然なんだよな。お前は俺の彼氏なんだから」
ひげをそよがせて、虎は言う。
素直じゃない人だけど、まっすぐな人だから。言いたいことを言う時はおれに目線を合わせてくれる。雄々しい虎の顔がしっかりとおれを見定めた。
「好きだ」
「ありがとう……ございます」
感無量と言えばいいのだろうか。虎豪さんの口から、愛を歌う言葉を聞けるなんて。
うっすらと目に浮かぶ涙を見て虎豪さんは慌てたようだったけど、それが嫌悪からでないと知ると、すぐに相貌を正す。
ゆっくりと顔を近づけて、ゆっくりと目をつむって。
恋人同士というにはまだぎこちないおれらだけど、肌で感じる接近に途方もないときめきを感じている。目の前の人に、おれは身をゆだねてキスを待つ。
君の喫茶店で、出会い、別れて、つながった。そして、これからは一緒に大人になっていく。
それがとても嬉しくて、それがとても愛おしくて。
性別しか共通点がないようなおれらだけど、今日、初めて。
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