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月奈は情けない声でいじいじと指を遊ばせる。
皓がちらと一度その手に視線を落とした。
「皓はいっつもちゃんとしてて、約束とか時間は絶対守るじゃん」
「まあ、当たり前のことだからね」
「朝もちゃんとさあ、栄養バランス考えて料理してるしさあ」
「健康のためだよ?」
そうなのだ。皓は料理にハマって朝食を作っている訳じゃない。健康のため栄養効率のいい食事を追求した結果、自炊するようになったのだとか。
「余計だめじゃんんん!あたし、料理なんて決まったものしか作れないもん!無理だよおおお」
「月奈ちゃんに作らせようとか考えてないよ?まあたまには手料理食べたいけど」
「部屋だってこんな、こんなモデルルームみたいにきれいで……」
「家事のことが心配だったの?適材適所でやればいいじゃん。部屋は定期的にハウスキーピング頼んでいるからだし」
「そうなの?」
「そうだよ」
皓はこくんと頷いて、月奈のこめかみにちゅっとキスをした。
「心配ごとはなくなった?だったら……」
「まだある!」
月奈はぐっと拳を握った。
「なに?」
「あの、さあ、皓は――紳士だよね」
きょとんと首を傾げた彼は「ありがとう?」と不思議そうに言う。
「あたしは、あたしはその、だらしない女なんだよ…」
月奈は酔いに任せてぽつりと呟いた。
月奈はこれまで何人かの男性とお付き合いをしてきた。それは恋愛への憧れだったり、性欲だったり、好奇心だったり、しょうもないことで盛り上がってしょうもないことが原因で別れてきた。
大恋愛というものはなかったかもしれないが、どの恋も恋人期間中は楽しかったし、別れは辛かった。いまではそれぞれがいい経験だと思っている。
でも、皓との関係は少し違うのだ。
先のことを考えるとどうしても不安になる。いままでの相手と違いすぎてうまくいく未来が想像できない。皓は完璧すぎて月奈に見合っていないから。
それに月奈もわがままだから、我を押さえてまでいい彼女を演じたくはない。良妻なんてもっての他だ。
「ねえ皓、だからあたしたち合わないと思うんだ」
「前の男と比べて負けるのはシャクだなあ」
「負けるなんて!皓の方がよっぽどいい男だよ!」
「でも、オレと別れたいんだろ?」
ずいっと顔を寄せられて月奈は仰け反った。
別れ話を持ち出しているのに、顔が良すぎて酔いの回った頭が混乱する。やだ、好き。
「けどオレも似たようなものかもなー」
ふっと瞳を和らげた皓が月奈の頭をよしよしと撫でた。
「自分で言うのもなんだけど、結構モテるんだよ。顔も仕事も家柄も、王子様なんて持ち上げられるのはいまにはじまったことじゃない」
でしょうね、と月奈は思った。
やっぱり彼は自分のことをよくわかっている。
「女性に気に入られやすいっていうのは得ではあるけど、困ったことも多いんだ。男の嫉妬は面倒だし」
おかげでオレは人より処世術がうまくなった、と冗談めかして笑う。同僚らしき男性と気さくに笑っていたのもそのうちのひとつだったのかもしれない。
「月奈ちゃんに声をかけたのもね、素敵だな、好みだなって思ったのも本当だけど、一番は『この子、男の扱いに馴れてるな』って思ったからなんだ」
「え!!?」
予想もしていなかったビッチ認定に潰れた声が漏れる。それ一体どういう意味かな!?
「あはは。だって月奈ちゃん、社交辞令をちゃんと社交辞令として受け取ってくれるじゃん?ちょっとした一言で好意を寄せられて困惑してきた身としてはさ、すごく新鮮で、ちょっと気が楽だったんだよね」
「はじめから皓が周りに毅然とした態度をとっていればよかったんじゃ……?」
「そうかもしれないけど、むやみに悪態ついてもいいことないからね」
なるほど処世術…と月奈は口の中で呟いた。
「でも、月奈ちゃんをいいなあと思ったのは本当!いっしょにいて楽しいから付き合いたいなって思ったし、付き合ったら付き合ったで、かわいくてどんどん好きになった。だからもっといっしょにいたいと思って同棲を提案したし、さらに先のことも考えてる」
「だけど……」
「月奈ちゃんの思う不安や心配をひとつずつ二人で解決していこうよ。だって月奈ちゃん、いままでの相手よりもずっとオレのことを好きになっちゃいそうで困ってるんだろ?」
「え?」
不安になる度にかりかりと爪を立てていた細い指を、皓は自身の膝の上から掬い上げた。
「ね。やだやだ言いながら、ずっとオレに触ってるよ」
顔を覗き込んで微笑まれて、月奈はかああっと顔を熱くさせた。
皓がちらと一度その手に視線を落とした。
「皓はいっつもちゃんとしてて、約束とか時間は絶対守るじゃん」
「まあ、当たり前のことだからね」
「朝もちゃんとさあ、栄養バランス考えて料理してるしさあ」
「健康のためだよ?」
そうなのだ。皓は料理にハマって朝食を作っている訳じゃない。健康のため栄養効率のいい食事を追求した結果、自炊するようになったのだとか。
「余計だめじゃんんん!あたし、料理なんて決まったものしか作れないもん!無理だよおおお」
「月奈ちゃんに作らせようとか考えてないよ?まあたまには手料理食べたいけど」
「部屋だってこんな、こんなモデルルームみたいにきれいで……」
「家事のことが心配だったの?適材適所でやればいいじゃん。部屋は定期的にハウスキーピング頼んでいるからだし」
「そうなの?」
「そうだよ」
皓はこくんと頷いて、月奈のこめかみにちゅっとキスをした。
「心配ごとはなくなった?だったら……」
「まだある!」
月奈はぐっと拳を握った。
「なに?」
「あの、さあ、皓は――紳士だよね」
きょとんと首を傾げた彼は「ありがとう?」と不思議そうに言う。
「あたしは、あたしはその、だらしない女なんだよ…」
月奈は酔いに任せてぽつりと呟いた。
月奈はこれまで何人かの男性とお付き合いをしてきた。それは恋愛への憧れだったり、性欲だったり、好奇心だったり、しょうもないことで盛り上がってしょうもないことが原因で別れてきた。
大恋愛というものはなかったかもしれないが、どの恋も恋人期間中は楽しかったし、別れは辛かった。いまではそれぞれがいい経験だと思っている。
でも、皓との関係は少し違うのだ。
先のことを考えるとどうしても不安になる。いままでの相手と違いすぎてうまくいく未来が想像できない。皓は完璧すぎて月奈に見合っていないから。
それに月奈もわがままだから、我を押さえてまでいい彼女を演じたくはない。良妻なんてもっての他だ。
「ねえ皓、だからあたしたち合わないと思うんだ」
「前の男と比べて負けるのはシャクだなあ」
「負けるなんて!皓の方がよっぽどいい男だよ!」
「でも、オレと別れたいんだろ?」
ずいっと顔を寄せられて月奈は仰け反った。
別れ話を持ち出しているのに、顔が良すぎて酔いの回った頭が混乱する。やだ、好き。
「けどオレも似たようなものかもなー」
ふっと瞳を和らげた皓が月奈の頭をよしよしと撫でた。
「自分で言うのもなんだけど、結構モテるんだよ。顔も仕事も家柄も、王子様なんて持ち上げられるのはいまにはじまったことじゃない」
でしょうね、と月奈は思った。
やっぱり彼は自分のことをよくわかっている。
「女性に気に入られやすいっていうのは得ではあるけど、困ったことも多いんだ。男の嫉妬は面倒だし」
おかげでオレは人より処世術がうまくなった、と冗談めかして笑う。同僚らしき男性と気さくに笑っていたのもそのうちのひとつだったのかもしれない。
「月奈ちゃんに声をかけたのもね、素敵だな、好みだなって思ったのも本当だけど、一番は『この子、男の扱いに馴れてるな』って思ったからなんだ」
「え!!?」
予想もしていなかったビッチ認定に潰れた声が漏れる。それ一体どういう意味かな!?
「あはは。だって月奈ちゃん、社交辞令をちゃんと社交辞令として受け取ってくれるじゃん?ちょっとした一言で好意を寄せられて困惑してきた身としてはさ、すごく新鮮で、ちょっと気が楽だったんだよね」
「はじめから皓が周りに毅然とした態度をとっていればよかったんじゃ……?」
「そうかもしれないけど、むやみに悪態ついてもいいことないからね」
なるほど処世術…と月奈は口の中で呟いた。
「でも、月奈ちゃんをいいなあと思ったのは本当!いっしょにいて楽しいから付き合いたいなって思ったし、付き合ったら付き合ったで、かわいくてどんどん好きになった。だからもっといっしょにいたいと思って同棲を提案したし、さらに先のことも考えてる」
「だけど……」
「月奈ちゃんの思う不安や心配をひとつずつ二人で解決していこうよ。だって月奈ちゃん、いままでの相手よりもずっとオレのことを好きになっちゃいそうで困ってるんだろ?」
「え?」
不安になる度にかりかりと爪を立てていた細い指を、皓は自身の膝の上から掬い上げた。
「ね。やだやだ言いながら、ずっとオレに触ってるよ」
顔を覗き込んで微笑まれて、月奈はかああっと顔を熱くさせた。
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