喫茶つむぎの見えないけど見えてる日常

石井はっ花

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春の訪れ

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ひよりは所々に雪のまだ残る、通学路を歩いていた。

まだ真新しい衣服の香りに、振り向いた。

初々しい新入生が、緊張した面持ちでひよりと同じ通学路を歩いていた。

三年間着古した今の制服を、少し恥ずかしいとは思ったが、ひよりは逆に胸を張った。

この三年間頑張ってきた証でもあるからだ。

ひよりは、顔を上げた。

その頬を、まだ冷たい春の風が撫でていった。



「マスター!ただいまー!」

ドアベルがカランとなる中、しずが元気よく喫茶つむぎに入ってきた。

「……しずさん。おかえりなさい。初日はいかがでしたか?」

「うん。まだ、どの授業も概要だけって感じ。どのカリキュラム取ればいいのか、いまいち分かんなくて」

「……まぁ、とりあえずは学部の必修を押さえて、それから興味のある授業を選べばいいんじゃないでしょうか」

「うーん。本当悩むよね」

そこで、もう一つドアベルが鳴った。

「おはようございます!」

ひよりのバイトの出勤だ。

「……ひよりさん。今日は早いですね」

「はい。学校早く終わっちゃったから、来ちゃいました」

「……そうですか。ひよりさんも三年生ですね。本当に年月は早いですよね」

大学一年生と高校三年生は、一様に首を傾げた。

「……あら。ボクだけおじいちゃんみたいですね」

マスターは、笑った。

いつもの笑顔に二人もつられて笑ってしまった。



二人が家にたどり着く頃には、陽はすっかり落ちきっていた。

少し風が強い。

玄関のドアを開けて、二人の声が重なった。

「「ただいま!」」

「おかえり、しずちゃん。ひより。どうだった?学校は」

「しずもだけど、まだ、授業らしい授業じゃないんだよね」

「そうなんですよ。でも、新しい環境はすごく緊張しますね」

ひよりが驚いた。

「しずでも、緊張とかするんだ」

少しムッとした顔で

「そりゃあ。するよー」

「なんか、しずはひょうひょうとしていそう」

「えー。そう見える?」

二人は、笑い合いながら二階に上がっていく。

いつも通り、喫茶つむぎの日替わり定食を食べてきているのだろう。

ひよりの母・かず実は、階下に降りてくる二人のために、お茶の用意を始めた。



「マスター。すみません。来週の日曜日、オープンキャンパスに参加しに行ってもいいですか?」

「……そうですね。来週の日曜日。わかりました。お休みで大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「……それにしても、前に言ったときは、二人にすごく笑われちゃいましたけど。やっぱり、一年がすごく早く感じます」

ひよりは、やっぱり首を傾げる。

その日一日の時間それ自体が、ものすごく長いのだ。

でも、バイトをしている時間は、集中できているのか、とても短く感じはするが。

でも、一年、か。

それが短く感じられるなんて。

ひよりには、全くわからない境地。

「……いいですよ。わからないほうが」

マスターは、やっぱり、笑ったがその笑顔は、どこか寂しそうだった。



「こんにちは~」

「……紗和さん。いらっしゃい。平日なのに来られるとは、珍しいですね」

及川《おいかわ》 紗和《さわ》は、手に大きな花束を持って現れた。

「え?花束?」

ひよりが、その花束を受け取った。

「あれ、これ、チューリップだ。かわいい!」

「……どうしたんですか?この大量のチューリップ」

「取引先のイベントで、注文しすぎちゃったんだって。くれたんだけど、山のように届いちゃって。できたら、ここでももらってくれたらと思って」

ひよりが、嬉しそうに笑った。

「紗和姉さん!私ももらっていっていい?」

「よかった!もらっていって!」

マスターが、倉庫から花瓶を取り出してくる。

「ひよりさん。ひよりさんの持って行く分を選んだら、店内にも飾ってください」

「マスターもありがとう!」

マスターは、「新作です。味見してもらっていいですか」と紗和とひよりに皿を差し出した。

そこには、抹茶の入ったスポンジに桜のクリームを載せて巻いたロールケーキが乗せられていた。

「抹茶桜ロールケーキです。召し上がれ」

二人は、目を輝かせて、フォークを口に運んだ。

「「おいしい」」

「桜の香りが、ふわって!」とひよりが言うと、

「少しの抹茶の苦味がその甘さを引き立てていて、ものすごくおいしい!」紗和が言葉を引き継ぐ。

「気に入っていただいて、良かったです」

マスターは、また、嬉しそうに笑った。
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