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春の訪れ
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ひよりは所々に雪のまだ残る、通学路を歩いていた。
まだ真新しい衣服の香りに、振り向いた。
初々しい新入生が、緊張した面持ちでひよりと同じ通学路を歩いていた。
三年間着古した今の制服を、少し恥ずかしいとは思ったが、ひよりは逆に胸を張った。
この三年間頑張ってきた証でもあるからだ。
ひよりは、顔を上げた。
その頬を、まだ冷たい春の風が撫でていった。
*
「マスター!ただいまー!」
ドアベルがカランとなる中、しずが元気よく喫茶つむぎに入ってきた。
「……しずさん。おかえりなさい。初日はいかがでしたか?」
「うん。まだ、どの授業も概要だけって感じ。どのカリキュラム取ればいいのか、いまいち分かんなくて」
「……まぁ、とりあえずは学部の必修を押さえて、それから興味のある授業を選べばいいんじゃないでしょうか」
「うーん。本当悩むよね」
そこで、もう一つドアベルが鳴った。
「おはようございます!」
ひよりのバイトの出勤だ。
「……ひよりさん。今日は早いですね」
「はい。学校早く終わっちゃったから、来ちゃいました」
「……そうですか。ひよりさんも三年生ですね。本当に年月は早いですよね」
大学一年生と高校三年生は、一様に首を傾げた。
「……あら。ボクだけおじいちゃんみたいですね」
マスターは、笑った。
いつもの笑顔に二人もつられて笑ってしまった。
*
二人が家にたどり着く頃には、陽はすっかり落ちきっていた。
少し風が強い。
玄関のドアを開けて、二人の声が重なった。
「「ただいま!」」
「おかえり、しずちゃん。ひより。どうだった?学校は」
「しずもだけど、まだ、授業らしい授業じゃないんだよね」
「そうなんですよ。でも、新しい環境はすごく緊張しますね」
ひよりが驚いた。
「しずでも、緊張とかするんだ」
少しムッとした顔で
「そりゃあ。するよー」
「なんか、しずはひょうひょうとしていそう」
「えー。そう見える?」
二人は、笑い合いながら二階に上がっていく。
いつも通り、喫茶つむぎの日替わり定食を食べてきているのだろう。
ひよりの母・かず実は、階下に降りてくる二人のために、お茶の用意を始めた。
*
「マスター。すみません。来週の日曜日、オープンキャンパスに参加しに行ってもいいですか?」
「……そうですね。来週の日曜日。わかりました。お休みで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「……それにしても、前に言ったときは、二人にすごく笑われちゃいましたけど。やっぱり、一年がすごく早く感じます」
ひよりは、やっぱり首を傾げる。
その日一日の時間それ自体が、ものすごく長いのだ。
でも、バイトをしている時間は、集中できているのか、とても短く感じはするが。
でも、一年、か。
それが短く感じられるなんて。
ひよりには、全くわからない境地。
「……いいですよ。わからないほうが」
マスターは、やっぱり、笑ったがその笑顔は、どこか寂しそうだった。
*
「こんにちは~」
「……紗和さん。いらっしゃい。平日なのに来られるとは、珍しいですね」
及川《おいかわ》 紗和《さわ》は、手に大きな花束を持って現れた。
「え?花束?」
ひよりが、その花束を受け取った。
「あれ、これ、チューリップだ。かわいい!」
「……どうしたんですか?この大量のチューリップ」
「取引先のイベントで、注文しすぎちゃったんだって。くれたんだけど、山のように届いちゃって。できたら、ここでももらってくれたらと思って」
ひよりが、嬉しそうに笑った。
「紗和姉さん!私ももらっていっていい?」
「よかった!もらっていって!」
マスターが、倉庫から花瓶を取り出してくる。
「ひよりさん。ひよりさんの持って行く分を選んだら、店内にも飾ってください」
「マスターもありがとう!」
マスターは、「新作です。味見してもらっていいですか」と紗和とひよりに皿を差し出した。
そこには、抹茶の入ったスポンジに桜のクリームを載せて巻いたロールケーキが乗せられていた。
「抹茶桜ロールケーキです。召し上がれ」
二人は、目を輝かせて、フォークを口に運んだ。
「「おいしい」」
「桜の香りが、ふわって!」とひよりが言うと、
「少しの抹茶の苦味がその甘さを引き立てていて、ものすごくおいしい!」紗和が言葉を引き継ぐ。
「気に入っていただいて、良かったです」
マスターは、また、嬉しそうに笑った。
まだ真新しい衣服の香りに、振り向いた。
初々しい新入生が、緊張した面持ちでひよりと同じ通学路を歩いていた。
三年間着古した今の制服を、少し恥ずかしいとは思ったが、ひよりは逆に胸を張った。
この三年間頑張ってきた証でもあるからだ。
ひよりは、顔を上げた。
その頬を、まだ冷たい春の風が撫でていった。
*
「マスター!ただいまー!」
ドアベルがカランとなる中、しずが元気よく喫茶つむぎに入ってきた。
「……しずさん。おかえりなさい。初日はいかがでしたか?」
「うん。まだ、どの授業も概要だけって感じ。どのカリキュラム取ればいいのか、いまいち分かんなくて」
「……まぁ、とりあえずは学部の必修を押さえて、それから興味のある授業を選べばいいんじゃないでしょうか」
「うーん。本当悩むよね」
そこで、もう一つドアベルが鳴った。
「おはようございます!」
ひよりのバイトの出勤だ。
「……ひよりさん。今日は早いですね」
「はい。学校早く終わっちゃったから、来ちゃいました」
「……そうですか。ひよりさんも三年生ですね。本当に年月は早いですよね」
大学一年生と高校三年生は、一様に首を傾げた。
「……あら。ボクだけおじいちゃんみたいですね」
マスターは、笑った。
いつもの笑顔に二人もつられて笑ってしまった。
*
二人が家にたどり着く頃には、陽はすっかり落ちきっていた。
少し風が強い。
玄関のドアを開けて、二人の声が重なった。
「「ただいま!」」
「おかえり、しずちゃん。ひより。どうだった?学校は」
「しずもだけど、まだ、授業らしい授業じゃないんだよね」
「そうなんですよ。でも、新しい環境はすごく緊張しますね」
ひよりが驚いた。
「しずでも、緊張とかするんだ」
少しムッとした顔で
「そりゃあ。するよー」
「なんか、しずはひょうひょうとしていそう」
「えー。そう見える?」
二人は、笑い合いながら二階に上がっていく。
いつも通り、喫茶つむぎの日替わり定食を食べてきているのだろう。
ひよりの母・かず実は、階下に降りてくる二人のために、お茶の用意を始めた。
*
「マスター。すみません。来週の日曜日、オープンキャンパスに参加しに行ってもいいですか?」
「……そうですね。来週の日曜日。わかりました。お休みで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「……それにしても、前に言ったときは、二人にすごく笑われちゃいましたけど。やっぱり、一年がすごく早く感じます」
ひよりは、やっぱり首を傾げる。
その日一日の時間それ自体が、ものすごく長いのだ。
でも、バイトをしている時間は、集中できているのか、とても短く感じはするが。
でも、一年、か。
それが短く感じられるなんて。
ひよりには、全くわからない境地。
「……いいですよ。わからないほうが」
マスターは、やっぱり、笑ったがその笑顔は、どこか寂しそうだった。
*
「こんにちは~」
「……紗和さん。いらっしゃい。平日なのに来られるとは、珍しいですね」
及川《おいかわ》 紗和《さわ》は、手に大きな花束を持って現れた。
「え?花束?」
ひよりが、その花束を受け取った。
「あれ、これ、チューリップだ。かわいい!」
「……どうしたんですか?この大量のチューリップ」
「取引先のイベントで、注文しすぎちゃったんだって。くれたんだけど、山のように届いちゃって。できたら、ここでももらってくれたらと思って」
ひよりが、嬉しそうに笑った。
「紗和姉さん!私ももらっていっていい?」
「よかった!もらっていって!」
マスターが、倉庫から花瓶を取り出してくる。
「ひよりさん。ひよりさんの持って行く分を選んだら、店内にも飾ってください」
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そこには、抹茶の入ったスポンジに桜のクリームを載せて巻いたロールケーキが乗せられていた。
「抹茶桜ロールケーキです。召し上がれ」
二人は、目を輝かせて、フォークを口に運んだ。
「「おいしい」」
「桜の香りが、ふわって!」とひよりが言うと、
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「気に入っていただいて、良かったです」
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