意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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見えない妖精

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(これは・・・、一体どういうことだろう・・・。)

 その日、いつものようにフーバート侯爵家より、往診の呼び出しを受けた。
患者は、後妻の連れ子。我儘で、癇癪持ち、その人を見下した高慢な態度は、とても少女とは思えないと貴族間でも有名になりつつあった。

 貴族の邸に往診に行く機会の多い私の耳にもそんな噂話の一つや二つは入ってくる。元平民の小娘、満足な教育がされていない上、今ある贅沢に溺れてやりたい放題。そんな話を聞いた記憶が蘇る・・・。

 しかし、どうしたことか・・・自分の目の前にいる少女は 「弟を助けてください。」 と、涙を浮かべて床に頭を擦り付けている。

「えー・・・・と、少し、いいかな? ・・・・・そうすると、君は健康なんだね?」

「はい。」

「熱があるのは弟さんだね? それは、シオン君かな?」

 少女が顔を上げ、怯えた顔で私を見ると、コクンと一つ頷いた。

(世間の噂というものは、こんなにも当てにならないものなのか?)

 高慢さ?我儘?そんな気配はどこからも感じられない少女を見下ろし、私の口からは溜息がでた。自分の頭の中から、最後にシオン君を診た記憶を探す。

(ああ。そうか、そう言えば、前の奥様がいなくなったと聞いてからは、しばらく・・・・・・・)

「・・・・・・・そうやって、いつも君がシオン君を助けていたのかい?」

 私の言葉に少女が息をのむのが分かった。

「・・・・・・・・嘘をついて、先生を騙すような真似をして本当にすみませんでした。ですが私・・・・、どうしてもシオンを診ていただきたくて。シオンは両親に良く思われていません・・・・。先生には申し訳ありませんが、頭の悪い私には他に方法が思いつきませんでした。お願いします。あの子、とても熱が高いんです。どうか、シオンを助けてください・・・・。」

 声を震わす少女の目からは、すでに抑えることのできなくなった大粒の涙がボタボタと絨毯に吸い込まれていた。

「怖かったんだね・・・・・。 わかったよ。 もう大丈夫、安心しなさい。 まずは君の名前を教えてくれるかな?」

私の言葉に安心したのか、たくさん涙の溜まった青い瞳が美しく輝いた。無造作に手でゴシゴシ涙を拭うと、二回も 「先生、ありがとう」 と言った後、自分の名前を教えてくれた。

 それから、フローレンスと人目を避けながら音を立てないようにシオンの部屋へ向かった。

 ベッドのシオンは、確かに高い熱があった。喉も酷く腫れていたし、このまま放っておけば肺炎の危険性もあっただろう・・・・・。嘘をついてでもフローレンスが私を呼んでくれて本当に良かったと思った。

 フローレンスが薬の飲ませ方や症状が悪化した時の対処法を一生懸命紙に書いている。よく見ると、シオンの周りには、フローレンスが運んできたと思われる水の入った桶や蜂蜜の入った瓶などがあった。なにより熱に浮かされながらも、どこかほっとしたように姉の姿を見ているシオンを見ると、フローレンスが、いかに弟を大切にしているかが、手に取るように分かった。そして、この少女の弟を想う強い責任感に関心していた。

 その後フローレンスの部屋へ戻ると、私は薬瓶を渡した。

「これは、君の腹痛の薬だよ。ああ、中身は蜂蜜だから安心おし。お湯に混ぜれば喉にも優しいし、水分補給にもなる。シオン君に飲ませてあげなさい。」

「ありがとうございます。あの・・・先生・・・あの、このことは両親に・・・。」

「大丈夫。言わないよ。私は今日、フローレンスの腹痛の診察に来ただけだよ。」

「先生、本当にありがとうございました。あの・・・・。」

「ん? まだ何かあるのかい?」

「あの・・・・・、シオンに何かあったとき・・・・・。また同じ方法で先生を呼び出しても・・・・・・いいですか?また・・・・嘘をついてもいいですか?」

 弟の為に、必死に頑張っているこの健気な少女の頼みを、一体誰が断れるのだろう。

「ああ、わかったよ。これからは、君の嘘にだけは付き合うことにするよ。だから、何かあったら早めに助けを求めてくるように。いいね?」

 そう言うと、にっこりと笑顔を見せたフローレンスが 「はい!」 と元気よく返事をした。

 話しを終え、フローレンスの部屋を出ると、この邸に古くから使えている老齢の執事が立っていた。

 お茶を用意したからと、私はそのまま客間に通された。これは、子供達のことがバレたのだと思った私は、お茶を頂きながらも、どうやって説得したものかと頭を悩ませていると、横に立っていた執事がぼそっと小声で話しかけてきた。

「シオン様が怪我をなさると、不思議とフローレンス様も怪我をします。しかし、フローレンス様は決して怪我の手当を他の者にはさせません。 「自分の怪我は自分で治します!」 と、 「触るな!!」 などと、使用人を怒鳴りつける時もあるのです。そして薬や包帯をなぜかたくさん持って行ってしまわれる。」

「それは・・・・・・・・。」

 驚いて執事の顔を見上げると、いつも彫刻のように無表情な老人の口元が少し緩んでいた。

「私どもも馬鹿ではございません。この邸の使用人は皆、あの可愛らしい妖精達を存じております。捕らわれて自由のない妖精を、もう一匹の妖精が必死に護っているのです。ただ、妖精ですから嘘もつきますし、物を盗んで行くことも多々あります。ですが、妖精のすることです。罪を咎めるのは難しい。なにせ私達人間にはよく見えませんからね。」

 そう言って、ははは、と執事は笑った。

「はははっ、妖精ですか・・・。それでは私どもに勝ち目はありませんね・・・。そうですか・・・でしたらこれからは私も、ぜひ見守る側に回りたいものですね。」

「先生にそう言って頂けると、私どもも心強く思います。」

「また、なにかありましたら、すぐにご連絡ください。」

「先生、ありがとうございました。また宜しくお願い致します。」

 そうして、何事もなかったかのようにお互い挨拶を交わしたが、興味深い秘密を共有してしまったせいなのか、私は、年甲斐もなく心が跳ねるような気持ちを隠すのに苦労したのだった。
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