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名前も知らない読書仲間

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 学園でのフローレンスは、平和な日々を過ごしていた。頭の良いジルドナとシオンに勉強を見てもらっていたせいか、授業に関しては問題なく周りについて行くことが出来た。
学園では、無駄な演技も必要なかったので、ジルドナとも仲良く過ごしていた。クラスは別だったが、よく二人で話もしていたし、お昼を一緒に食べたりもしていた。

「化粧変えたのか?」

 いつものベンチに二人で座り、お昼ご飯を食べ始めると、ジルドナが唐突に聞いてきた。

「え?お化粧?・・・変えたというか、殆どしてないに等しいかな・・・。変かしら?」

「いや、変じゃないけど・・・、どうして変えたんだ?」

「うーん・・・。あんな厚化粧をこのキツイ顔にって、正直、自分でも怖いって思ってたのよ。 ふふっ、笑ってしまうわよね。ふふふ、初めて会った時の怯えた顔のルーを思い出すわ。あんな化粧、時間も凄くかかるし、何より私の好みじゃないのよ。」

 フローレンスが、面白そうに笑うと、ジルドナもつられて笑った。

「ははは、お前は顔に似合わず可愛らしいのが好きだもんな。」

「ふふっ、顔に似合わずって、相変わらず失礼な人ね。だけどシオンに会った頃なんて、この子と顔を取り換えたいって、何度も思ったわ。 ねぇ、想像して?シオンの髪を長くして、ふわふわにカールするの、薄っすらお化粧するんだけど、大きな緑の瞳に長いまつ毛、唇は薄いピンク色で、頬をほんのり赤くしたりして・・・。うーー!!! シオン!!可愛い!!羨ましい!!」

「ええーー!? 気持ち悪くないか?シオンはどう見てもシオンだろう!?」

「もーー!! ジルは想像力が足りないわ!もしくは女を見る目がないのかしら・・・。」

 シオンの女装姿を想像して、露骨に嫌な顔をしたジルドナを、フローレンスは呆れたように見ている。

「そうなのかもな。俺はシオンの女装なんかより、お前の顔の方が好みだぞ。」

「ふふ、やっぱりあなたは女の趣味が悪いのね。」

「ああ、だから、あんまり綺麗になるな! 変な虫が寄って来る。」

 ジルドナが少し赤い顔をして、乱暴にフローレンスの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、せっかく早起きして、なんとかまとめたフローレンスの髪が酷くボサボサになってしまった。それを見たジルドナは、どこか満足そうに笑ったのだった。

 こうしてジルドナが相手をしてくれるお陰で、フローレンスもあまり気にしないでいられるが、もしジルドナがいなかったらフローレンスは学園でずっと独りぼっちで過ごすことになっていた。フローレンスが侯爵家に入ってからの数々の悪い噂を、周りの生徒達は何の疑いもなく信じていた。実際、お茶会などでフローレンスの不愉快な言動を見た者もいたし、一度付いてしまった悪い印象は、貴族の世界ではなかなか消えるものではない。そんなこともあって、フローレンスに話しかけようとする者は一人もいなかったし、まだ見ぬ弟のシオンに深く同情する者もいれば、無理やり婚約者にさせられたジルドナを憐れむ者までいた。フローレンスは、こうなることが全て分かった上で演技していたわけだから、今更誤解を解くつもりもないし、こんな自分だから仕方がないと、不満も感じず独りぼっちを素直に受け入れていた。

 ジルドナが傍に居ない時、フローレンスはよく図書室に行っていた。

(小さな頃から独りぼっちには慣れていたはずだったのに、変ね・・・。)

 シオンと離れてしまった今、時間の潰し方をすっかり忘れてしまっていたフローレンスだったが、暇つぶしに入った図書室で、一冊の本を手に取ると、すぐに幼い頃を思い出したかのように、本の世界に没頭していった。

 日当たりの良いこの場所は、窓からの景色もよくフローレンスのお気に入りだった。図書室は静かで本を読んだり、勉強したりするのにとても良い環境だった、授業が終わって自分の部屋に帰っても、一人、狭い部屋で息が詰まりそうになっていたフローレンスは、時間があればここに来て自由に過ごしていた。

(えっ!! また怖い人が隣にいる・・・一体いつの間に・・・。)

 その人は、一体いつからそこに座っていたのか・・・。物語のラストを読み終わり 「ふぅ」 と、心を落ち着けると、視界の隅に他の人の手が見えた。驚いてぱっと顔を上げると、そこに座っていたのは、いつもの無表情の男性だった。赤に近い茶色の髪に同じ色の瞳。その瞳はフローレンスと同じように少し吊り上がっていて、鋭い眼差しが、まるで人を寄せ付けないように冷たい印象を与えるのだ。彼は、フローレンスには目もくれず涼しい顔で本を読んでいる。

 フローレンスが、この場所を好んで座っているのと同じ理由なのか、彼も必ずこの席を選ぶ。

(だけど、他にも席は沢山空いているのに、何故こんな隅っこの狭い席に来るのかしら・・・ここには、必ず私がいるのに・・・。こんな近くで、嫌じゃないのかしら・・・。)

 一番後ろで、一番隅にあるこの席だけは、窓の下に机を置いてある。本棚の影になっていて、他の席からは見えない場所にひっそりと存在しているのだ。その狭いスペースは横に三人座るのが限界で、その三つの椅子もかなり近い。その狭いスペースのフローレンスの隣に、彼はわざわざ座るのだ。お互いの肘がぶつかりそうな状態で、フローレンスが、チラチラと隣の様子を伺った後に、不思議に思って首を傾げてしまうのも仕方のないことだった。

 はたから見ると、まるで恋人同士のような距離感で本を読んでいるのだが、二人が言葉を交わすことはなかった。フローレンスは、自分が周りに嫌われていることを知っていたから、あえて友人を作ろうとはしなかったし、彼も、まるでフローレンスのことなど見えていないかのように本に目を向けていた。二人は視線すら合うことがなかった。最初、彼の雰囲気を怖いと思い、本に集中できずにストレスを感じていたフローレンスだったが、そのうち彼が一言も話さないし、目も合わないことを知ると、段々気にならなくなってきた。

(そもそも、いつだって私が先にこの席に座っているんだし、私が嫌なら他へ行けばいいのよ。私が気にすることなんてないんだわ。)

 そう思うようになると、今度は逆に彼の隣で本を読むのが、心地よく感じている自分に気が付いた。フローレンスがいくら強がっていたとしても、結局は独りぼっちを寂しいと感じていたようだ。一言も話さなくても、お互いの名前を知らなくても、今日も、隣の席に座ってくれた彼の気配を感じながら、嫌がらずに自分の傍に居てくれることに、密かに感謝するのだった。
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