20 / 55
冷たいハンカチ
しおりを挟む
顔を合わせづらいと思っていたが、そんな心配は必要なかった。次の日、ジルドナは一度もフローレンスの所に来なかったのだから。
入学してから、ジルドナがフローレンスのいる教室に顔を見せなかったのは、今日が初めてのことだった。しかし、それに気付いた周りの人間がいくら不思議に思っていても、泣き腫らした顔のフローレンスに話かけることができる者はいなかった。何かあったのだろうと思っていても、フローレンスの痛々しいほど腫れた目を見ると、皆、そっと視線を逸らすのだった。
フローレンスは、お昼も一人で過ごした。ひたすら歩いて誰も居ない場所を見つけると、そこでひっそりと食べた。教室に戻る時、遠くにジルドナの姿を見つけた。
ジルドナの横には背の低い女性がぴったりと寄り添っていた。楽しそうに笑うジルドナを見て、フローレンスは痛む胸を押さえたが、仕方のないことだと自分に言い聞かせると、無理やり心に蓋をした。ジルドナから目を逸らし、(恩人の幸せを祈ろう。)と、口をきゅっと結んで気持ちを強く持とうとした。
放課後、フローレンスは真っすぐ寮に戻ることにした。昨晩は泣きすぎて、今日は朝から体が辛かった。寝不足もあって授業にも集中できなかった。いつもなら図書室で夕方まで時間を潰すのだが、今日はもう、心身共に限界だった。授業が終わると同時に、逃げるように教室から出て来たので、廊下には殆ど人が居なかった、急ぎ足で階段を駆け下りると、後ろから名前を呼ばれた。
「フローレンス。」
驚いて振り返ると、昨日、寮まで送ってくれたレイサスが階段の上に立っていた。走って来たのかレイサスの呼吸は少し荒かった。
「お前、なんだそれ!」
階段を駆け下りてきたレイサスは、フローレンスの肩を掴むと、顔を覗き込んできた。
「え? あの・・・、」
「いいから、ちょっと来い!」
強い力で手を引かれる。どこに向かっているのか、レイサスの歩く速度が速すぎる。フローレンスは、もはや駆け足になり、付いて行くのに必死だった。どこの教室なのか分からなかったが、通された室内には机と椅子が乱雑に並べてあった。どうやら今は使われていない教室のようだ。フローレンスが胸を押さえながらはぁはぁと、苦しい呼吸を整えていると、「座って待ってろ」と言ったレイサスが、そのまま教室を出て行ってしまった。
(なんだか分からないけど、疲れたわ・・・早く帰って寝たい・・・。)
呼吸を整えたフローレンスが、途方に暮れながら窓の方へ目をやると、騎士科の生徒が数人、木刀を肩に担いで談笑しているのが見えた。
(いいな・・・。あの人達は、将来騎士になる為に頑張っているのね・・・。助けられるばかりの私と違って、あの人達は助ける人になるのね・・・。)
「どうした?」
「ひっ!!」
突然耳元で話しかけられ、フローレンスは飛び上がりそうになった。その驚き方があまりに面白かったのか、普段表情のないレイサスが、目を細めると口元を手で隠して肩を震わせていた。むっとしたフローレンスが、笑っているレイサスを睨みつけると、
「ほら、これ。」
と、水で濡らしたハンカチを渡して来た。
「目を冷やせ。」
ふて腐れた顔のフローレンスが、渋々受け取り、そっと目元に当てるとひんやり心地よい冷気が、腫れすぎた目を優しく冷やしてくれた。
(気持ちいい・・・。)
「時間が経ってから冷やしても何の効果もないだろうが、気持ちいいだろう?」
両目にハンカチを当てたフローレンスが、黙って頷いた。
「あれから、何があった?」
「・・・・・・。」
「フローレンス。」
「・・・弟に手紙を書いたの。でも、出せなかった。」
「なんで?」
「情けなくて・・・。こんな惨めな姉がいる弟が可哀想になったの。」
自分で言った言葉で、また涙を滲ませてしまったフローレンスが、こっそり借りたハンカチに涙を吸い込ませると、レイサスがフローレンスの手ごとハンカチを目から放した。
驚いてレイサスの顔を見ると、目の前に座っているレイサスが真剣な顔でフローレンスの涙を見ていた。
「弟に出せなかった手紙の内容を俺に話せ。」
「ありがとう。やっぱり貴方は優しい人ね・・・でも、ごめんなさい。言えない。」
「なぜだ?」
「甘えられない。」
「構わない。」
「・・・ありがとう。その気持ちが嬉しい。でも、それで充分だから。」
フローレンスはにっこりと微笑むと、立ち上がった。
「この時間は忙しいんでしょう?もう、行って?」
「いや・・・、まだ大丈夫。」
「貴方もあそこで鍛練するの?」
フローレンスが、窓の外を指差すと、先ほど談笑していた数人の生徒は、今は横一列に並んで素振りを始めている。
「ああ。後で行く。」
「そう・・・。貴方なら立派な騎士様になれるわね。」
「・・・・・・・。」
「これ、気持ちいいから貸して?ハンカチは洗って次に会った時に返すわ。気にしてもらえて嬉しかった・・・。ありがとうね。 じゃあ、また・・・。」
立ち上がろうとしないレイサスを優しい眼差しで見つめると、フローレンスはそのまま教室を出て行った。
廊下に出たレイサスは、何も言わずにフローレンスの後姿を見送った。
入学してから、ジルドナがフローレンスのいる教室に顔を見せなかったのは、今日が初めてのことだった。しかし、それに気付いた周りの人間がいくら不思議に思っていても、泣き腫らした顔のフローレンスに話かけることができる者はいなかった。何かあったのだろうと思っていても、フローレンスの痛々しいほど腫れた目を見ると、皆、そっと視線を逸らすのだった。
フローレンスは、お昼も一人で過ごした。ひたすら歩いて誰も居ない場所を見つけると、そこでひっそりと食べた。教室に戻る時、遠くにジルドナの姿を見つけた。
ジルドナの横には背の低い女性がぴったりと寄り添っていた。楽しそうに笑うジルドナを見て、フローレンスは痛む胸を押さえたが、仕方のないことだと自分に言い聞かせると、無理やり心に蓋をした。ジルドナから目を逸らし、(恩人の幸せを祈ろう。)と、口をきゅっと結んで気持ちを強く持とうとした。
放課後、フローレンスは真っすぐ寮に戻ることにした。昨晩は泣きすぎて、今日は朝から体が辛かった。寝不足もあって授業にも集中できなかった。いつもなら図書室で夕方まで時間を潰すのだが、今日はもう、心身共に限界だった。授業が終わると同時に、逃げるように教室から出て来たので、廊下には殆ど人が居なかった、急ぎ足で階段を駆け下りると、後ろから名前を呼ばれた。
「フローレンス。」
驚いて振り返ると、昨日、寮まで送ってくれたレイサスが階段の上に立っていた。走って来たのかレイサスの呼吸は少し荒かった。
「お前、なんだそれ!」
階段を駆け下りてきたレイサスは、フローレンスの肩を掴むと、顔を覗き込んできた。
「え? あの・・・、」
「いいから、ちょっと来い!」
強い力で手を引かれる。どこに向かっているのか、レイサスの歩く速度が速すぎる。フローレンスは、もはや駆け足になり、付いて行くのに必死だった。どこの教室なのか分からなかったが、通された室内には机と椅子が乱雑に並べてあった。どうやら今は使われていない教室のようだ。フローレンスが胸を押さえながらはぁはぁと、苦しい呼吸を整えていると、「座って待ってろ」と言ったレイサスが、そのまま教室を出て行ってしまった。
(なんだか分からないけど、疲れたわ・・・早く帰って寝たい・・・。)
呼吸を整えたフローレンスが、途方に暮れながら窓の方へ目をやると、騎士科の生徒が数人、木刀を肩に担いで談笑しているのが見えた。
(いいな・・・。あの人達は、将来騎士になる為に頑張っているのね・・・。助けられるばかりの私と違って、あの人達は助ける人になるのね・・・。)
「どうした?」
「ひっ!!」
突然耳元で話しかけられ、フローレンスは飛び上がりそうになった。その驚き方があまりに面白かったのか、普段表情のないレイサスが、目を細めると口元を手で隠して肩を震わせていた。むっとしたフローレンスが、笑っているレイサスを睨みつけると、
「ほら、これ。」
と、水で濡らしたハンカチを渡して来た。
「目を冷やせ。」
ふて腐れた顔のフローレンスが、渋々受け取り、そっと目元に当てるとひんやり心地よい冷気が、腫れすぎた目を優しく冷やしてくれた。
(気持ちいい・・・。)
「時間が経ってから冷やしても何の効果もないだろうが、気持ちいいだろう?」
両目にハンカチを当てたフローレンスが、黙って頷いた。
「あれから、何があった?」
「・・・・・・。」
「フローレンス。」
「・・・弟に手紙を書いたの。でも、出せなかった。」
「なんで?」
「情けなくて・・・。こんな惨めな姉がいる弟が可哀想になったの。」
自分で言った言葉で、また涙を滲ませてしまったフローレンスが、こっそり借りたハンカチに涙を吸い込ませると、レイサスがフローレンスの手ごとハンカチを目から放した。
驚いてレイサスの顔を見ると、目の前に座っているレイサスが真剣な顔でフローレンスの涙を見ていた。
「弟に出せなかった手紙の内容を俺に話せ。」
「ありがとう。やっぱり貴方は優しい人ね・・・でも、ごめんなさい。言えない。」
「なぜだ?」
「甘えられない。」
「構わない。」
「・・・ありがとう。その気持ちが嬉しい。でも、それで充分だから。」
フローレンスはにっこりと微笑むと、立ち上がった。
「この時間は忙しいんでしょう?もう、行って?」
「いや・・・、まだ大丈夫。」
「貴方もあそこで鍛練するの?」
フローレンスが、窓の外を指差すと、先ほど談笑していた数人の生徒は、今は横一列に並んで素振りを始めている。
「ああ。後で行く。」
「そう・・・。貴方なら立派な騎士様になれるわね。」
「・・・・・・・。」
「これ、気持ちいいから貸して?ハンカチは洗って次に会った時に返すわ。気にしてもらえて嬉しかった・・・。ありがとうね。 じゃあ、また・・・。」
立ち上がろうとしないレイサスを優しい眼差しで見つめると、フローレンスはそのまま教室を出て行った。
廊下に出たレイサスは、何も言わずにフローレンスの後姿を見送った。
1
あなたにおすすめの小説
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】小公爵様の裏の顔をわたしだけが知っている
おのまとぺ
恋愛
公爵令息ルシアン・ド・ラ・パウルはいつだって王国の令嬢たちの噂の的。見目麗しさもさることながら、その立ち居振る舞いの上品さ、物腰の穏やかさに女たちは熱い眼差しを向ける。
しかし、彼の裏の顔を知る者は居ない。
男爵家の次女マリベルを除いて。
◇素直になれない男女のすったもんだ
◇腐った令嬢が登場したりします
◇50話完結予定
2025.2.14
タイトルを変更しました。(完結済みなのにすみません、ずっとモヤモヤしていたので……!)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版
まほりろ
恋愛
国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。
食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。
しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。
アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。
その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。
ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日
※長編版と差し替えました。2025年7月2日
※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる