意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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冷たいハンカチ

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 顔を合わせづらいと思っていたが、そんな心配は必要なかった。次の日、ジルドナは一度もフローレンスの所に来なかったのだから。

 入学してから、ジルドナがフローレンスのいる教室に顔を見せなかったのは、今日が初めてのことだった。しかし、それに気付いた周りの人間がいくら不思議に思っていても、泣き腫らした顔のフローレンスに話かけることができる者はいなかった。何かあったのだろうと思っていても、フローレンスの痛々しいほど腫れた目を見ると、皆、そっと視線を逸らすのだった。

 フローレンスは、お昼も一人で過ごした。ひたすら歩いて誰も居ない場所を見つけると、そこでひっそりと食べた。教室に戻る時、遠くにジルドナの姿を見つけた。
ジルドナの横には背の低い女性がぴったりと寄り添っていた。楽しそうに笑うジルドナを見て、フローレンスは痛む胸を押さえたが、仕方のないことだと自分に言い聞かせると、無理やり心に蓋をした。ジルドナから目を逸らし、(恩人の幸せを祈ろう。)と、口をきゅっと結んで気持ちを強く持とうとした。

 放課後、フローレンスは真っすぐ寮に戻ることにした。昨晩は泣きすぎて、今日は朝から体が辛かった。寝不足もあって授業にも集中できなかった。いつもなら図書室で夕方まで時間を潰すのだが、今日はもう、心身共に限界だった。授業が終わると同時に、逃げるように教室から出て来たので、廊下には殆ど人が居なかった、急ぎ足で階段を駆け下りると、後ろから名前を呼ばれた。

「フローレンス。」

驚いて振り返ると、昨日、寮まで送ってくれたレイサスが階段の上に立っていた。走って来たのかレイサスの呼吸は少し荒かった。

「お前、なんだそれ!」

階段を駆け下りてきたレイサスは、フローレンスの肩を掴むと、顔を覗き込んできた。

「え? あの・・・、」

「いいから、ちょっと来い!」

 強い力で手を引かれる。どこに向かっているのか、レイサスの歩く速度が速すぎる。フローレンスは、もはや駆け足になり、付いて行くのに必死だった。どこの教室なのか分からなかったが、通された室内には机と椅子が乱雑に並べてあった。どうやら今は使われていない教室のようだ。フローレンスが胸を押さえながらはぁはぁと、苦しい呼吸を整えていると、「座って待ってろ」と言ったレイサスが、そのまま教室を出て行ってしまった。

(なんだか分からないけど、疲れたわ・・・早く帰って寝たい・・・。)

呼吸を整えたフローレンスが、途方に暮れながら窓の方へ目をやると、騎士科の生徒が数人、木刀を肩に担いで談笑しているのが見えた。

(いいな・・・。あの人達は、将来騎士になる為に頑張っているのね・・・。助けられるばかりの私と違って、あの人達は助ける人になるのね・・・。)

「どうした?」

「ひっ!!」

突然耳元で話しかけられ、フローレンスは飛び上がりそうになった。その驚き方があまりに面白かったのか、普段表情のないレイサスが、目を細めると口元を手で隠して肩を震わせていた。むっとしたフローレンスが、笑っているレイサスを睨みつけると、

「ほら、これ。」

と、水で濡らしたハンカチを渡して来た。

「目を冷やせ。」

ふて腐れた顔のフローレンスが、渋々受け取り、そっと目元に当てるとひんやり心地よい冷気が、腫れすぎた目を優しく冷やしてくれた。

(気持ちいい・・・。)

「時間が経ってから冷やしても何の効果もないだろうが、気持ちいいだろう?」

両目にハンカチを当てたフローレンスが、黙って頷いた。

「あれから、何があった?」

「・・・・・・。」

「フローレンス。」

「・・・弟に手紙を書いたの。でも、出せなかった。」

「なんで?」

「情けなくて・・・。こんな惨めな姉がいる弟が可哀想になったの。」

自分で言った言葉で、また涙を滲ませてしまったフローレンスが、こっそり借りたハンカチに涙を吸い込ませると、レイサスがフローレンスの手ごとハンカチを目から放した。
驚いてレイサスの顔を見ると、目の前に座っているレイサスが真剣な顔でフローレンスの涙を見ていた。

「弟に出せなかった手紙の内容を俺に話せ。」

「ありがとう。やっぱり貴方は優しい人ね・・・でも、ごめんなさい。言えない。」

「なぜだ?」

「甘えられない。」

「構わない。」

「・・・ありがとう。その気持ちが嬉しい。でも、それで充分だから。」

フローレンスはにっこりと微笑むと、立ち上がった。

「この時間は忙しいんでしょう?もう、行って?」

「いや・・・、まだ大丈夫。」

「貴方もあそこで鍛練するの?」

フローレンスが、窓の外を指差すと、先ほど談笑していた数人の生徒は、今は横一列に並んで素振りを始めている。

「ああ。後で行く。」

「そう・・・。貴方なら立派な騎士様になれるわね。」

「・・・・・・・。」

「これ、気持ちいいから貸して?ハンカチは洗って次に会った時に返すわ。気にしてもらえて嬉しかった・・・。ありがとうね。 じゃあ、また・・・。」

立ち上がろうとしないレイサスを優しい眼差しで見つめると、フローレンスはそのまま教室を出て行った。
廊下に出たレイサスは、何も言わずにフローレンスの後姿を見送った。

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