意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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寝癖のついた高慢令嬢

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 それから、二週間が過ぎた。あれ以来ジルドナは、フローレンスに会いに来なくなった。その代わり、ジルドナを見かける度に、あの背の低い女性が彼の腕に絡みついていた。ふわふわの長い髪を両サイドでまとめ、大きなリボンをつけている。ぱっちりとした大きな目が印象的で、全体的に小さくて可愛らしい令嬢だった。名前は知らないが、他の人が、どこだかの男爵令嬢だと言っているのが聞こえた。

 彼女を見つめるジルドナの瞳はとても優しかった。今まで、その瞳に映っていたのはフローレンスだったが、今はもう違う。ジルドナのことを思えば、相変わらず胸は痛むけれど、少しずつだが、フローレンスの気持ちも落ち着いてきていた。少し前までは見ないように逃げ回っていたけれど、今では表情を変えずにすれ違うことも出来るようになった。さすがにジルドナと視線を合わせることはまだできないが、その彼女がジルドナの陰に隠れながらも刺すような視線を送ってきていることには気が付いていた。

 頻繁に教室に来ていたジルドナが、全く姿を現さなくなると、なぜかフローレンスの環境が少し変わってきた。少し前まで挨拶すらしたこともないクラスメイトの何人かが話しかけてきたのだ。どれも礼儀正しく当たり障りのない挨拶のようなものばかりだったが、ジルドナと会わなくなって、一日に一度も声を出すことなく帰宅していたフローレンスにとって、どんなくだらない会話だったとしても話しかけてもらえたというだけで、満面の笑みが溢れてしまうのだった。

 前日、気さくに話しかけてくれた人に少しの期待をしても、何故か次の日に続かないということが多々あったが、それでも誰か一人でも声をかけてくれる人がいたなら、フローレンスにとってその日は嬉しい一日になっていた。そうして、本当に少しずつクラスメイトとも話せるようになってくると、お互いの警戒心もほぐれてきたのか、堅苦しい言葉遣いもなくなり笑顔も多くなっていった。そうすると、必然的にジルドナの話も聞かれるようになる。知りたくもないのに相手の令嬢の話も耳に入ってくるのだが、その頃には、ようやくジルドナの幸せを優先することで、当初のような胸の痛みを感じることもなくなってきていた。

「知ってるわ。だから、そんなに気を使わなくて大丈夫よ。元々私の我儘で婚約してもらったんですもの、相手に好きな人が現れてしまったなら、私なんてどう頑張っても勝てないわ。私、これでも自分のことを分かってるつもりなのよ?・・・だから、これ以上優しい彼に甘えることはできないわ・・・。」

「えっ?じゃあ、婚約解消するってこと?」

「ええ。このままじゃあ二人が可哀想ですものね・・・。今度帰ったときにでもお義父様に話そうと思っているの・・・。」

すると、傍で会話を聞いていた男子生徒が話に入って来た。

「え? でも、相手が了承しないだろう?」

「ん?大丈夫よ。まあ、彼は優しい人だから、婚約は解消しませんって、多少私に気を使った演技をしてくれるかもしれないけれど、本人に大好きな人ができたのだから、なんだかんだ言っても喜んで受けてくれると思うわ。」

「それで平気なの?だって、あんなに仲良かったでしょう?いつだって一緒に居たし・・・。」

「ありがとう。優しいのね。でも、大丈夫。私にお友達が一人も居なかったから、彼は気を遣って来てくれていたんだと思うの。正直言うとね・・・、彼の優しさを少し愛情と勘違いしてしまっていて最近まで胸が痛かったんだけど・・・。今はただ、優しい彼に甘えすぎていたって反省しているの。」

「えっ!? じゃあ、僕と付き合ってみない?僕も優しいよ?甘えていいよ?」

突然会話に入って来た元気のいい男子生徒に驚いたフローレンスだったが、彼の優しさが有難くて直ぐに笑顔を作った。

「ふふっ、何言ってるのよー。相手は私よ?私なんかにくっ付いてたら、貴方が周りから嫌われてしまうわ。うふふっ、でも、そう言ってもらえるだけで幸せよ。元気づけてくれて、ありがとう。」

「いや・・・あ、・・・うん。」

 数人のクラスメイトに囲まれて、ジルドナの話を聞かれたフローレンスは、にっこり微笑んでいたが、フローレンスの話を聞いた者は皆、首を傾げて不思議そうな顔をしていたり、視線を逸らして顔を赤くしていたり、困ったように眉を下げていたりした。

 本人は、全く気付いていないが、このクラス内でのフローレンスの悪いイメージは、今や完全に崩壊していたのだ。クラスメイト達も馬鹿ではない。嫌でも目に入るフローレンスの日々の様子に、何かおかしいと誰もが気付いていたのだ。外見をあまり気にしていない姿は、とても自然でフローレンスの美しさを引き立てていたが、裏を返せば輝くような美しい金髪もなぜか頻繁に寝ぐせがついており、頭が盛り上がったまま、平気な顔で教室に入って来たりする。ボタンを掛け違えていても放課後まで気付かない時もあったし、靴下の長さが左右で違っていてもあまり気にしていないように見えた。学園の生徒は皆、自分のことは自分でしなくてはいけない。朝は誰も起こしてくれないし、身支度も誰かが手伝ってくれるわけではない。大抵の者は異性を意識する年齢でもあるし、恥ずかしくない教養も備わっているので、余程のことがない限り、フローレンスのような姿を晒すことはない。フローレンスを見る限り、とても噂通りの高慢な侯爵令嬢には見えなかった。ぼんやりしすぎて、前の授業の教科書を注意されるまで開いていたり、意地悪をするどころか、その意地悪をする相手すらいない。フローレンスは声も出さずに、ただ静かに勉強しているだけなのだ。皆が嫌がる仕事を率先して引き受け、先生に嫌な顔をされれば、申し訳なさそうに頭も下げる。皆が思い込んでいた傲慢、厚化粧、香水臭の性悪令嬢など、どう見てもフローレンスからは探し出すことができなかったのだ。

それに気付いた人たちが、孤独なフローレンスに話しかけようとしても、なぜか頻繁に現れるジルドナに威圧されて、近寄ることもできなかった。
ジルドナがフローレンスの傍に来なくなったことで、やっとこうしてフローレンスに話しかけることができるようになったのだ。そして、話終わった者達は皆、

(やっぱり自分の思った通り。あの噂は間違っていた。自分の勘は正しかった。)

と、心の中で得意気に頷くのだった。 


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