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あなたの全てを私にください

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 レナートからクッションを受け取ったエステルダは、それを両手に持って、一つをアリッサに投げつけた。するとアリッサは、今度は何もしないで、クッションをそのまま顔で受け止めた。

「アリッサ様が悪いのです!!貴女のレナートへの気持ちはその程度のものだったのですか!?」

そして今度は、もう一つのクッションをヴィスタに投げつけた。しかし、左手で投げたクッションは、ヴィスタに届くことなくレナートの足元に力なく落ちて行った。それでもエステルダは叫んだ。

「ヴィスタ様が悪いんです!!わたくしのことを好きだと言ってくれたのは嘘だったのですか!!優しく口付けてくださったのは遊びだったのですか!?貴方のわたくしへの愛はその程度のものだったのですか!?」

今や、声を上げて泣き喚いているエステルダに向かい、ヴィスタはゆっくりと歩き出した。

しかし、レナートの前を通り過ぎた時、不意に名前を呼ばれ振り向くと、ヴィスタの顔面に勢いよくクッションが当たった。柔らかいクッションとは思えないほどの衝撃に鼻を押さえたヴィスタは、レナートの怒気を孕んだ瞳とぶつかった。

「これでも理解はあるつもりです。だから、これからは絶対姉を泣かせるような真似はしないでください。私も、決してヴィスタ殿の姉上を悲しませることはしないと約束しますから。」

レナートの真剣な眼差しに応えるように、ヴィスタは視線を合わせたまま力強く頷いた。

「レナート!!貴方、ヴィスタ様になんてことを!!ヴィスタ様の鼻が赤くなってしまったではありませんか!謝りなさい、レナート!!」

あんぐりと口を開けて見ていたエステルダが、すぐさま正気を取り戻してレナートを責め立てていると、両手を広げて近寄って来たヴィスタにひょいっと抱きかかえられた。

「えっ、ヴィスタ様、あ、あの、どうして・・・」

「エス、ごめん。」

抱きかかえられたまま、ヴィスタにぎゅっと抱きしめられると、温かなヴィスタの温もりに強張っていた体の力が少しずつ抜けて行くのが分かった。ヴィスタは、そのまま歩き出しドアの前まで行くと 「僕の部屋で話そう。」 と、レナートにも聞こえる声で言い、そのまま部屋を出て行った。


 後に残されたアリッサとレナートの間に、しばし気まずい沈黙が下りたが、申し訳なさそうに俯くアリッサの側に行ったレナートが、突然ベッドの上のアリッサに覆いかぶさると、驚いたアリッサは、鼻が付く程に迫ったレナートの青い瞳としっかりと視線を合わせてしまった。

咄嗟に謝ろうと口を開いたアリッサだったが、何も言わせないとばかりに、すぐさまレナートに唇を奪われてしまった。
軽い口づけを数回交わすうちに、涼しげなレナートの瞳に徐々に熱がこもって来るのが分かった。レナートの熱い舌の感触に身を震わせながら、アリッサはその幸せに涙が滲むのを感じた。
レナートは、その涙を親指でそっと拭うと、優しく微笑んだ。

「これでも理解はあるつもりです。ですがアリッサ。この先、私から離れることは絶対に許しません。貴女はもう、私のものになったのです。」

まるで、目の前の青い瞳に魅入られてしまったかのように、視線を逸らすことも出来ないアリッサは、次々と零れてゆく涙も気にせずに何度も頷いた。

「アリッサ、私達を隔てる物はもう何もありません。これからは貴女を苦しめてきたもの全てを捨て去り、思いっきり私を愛してください。私は、貴女の気持ちを全て受け入れ、それ以上の愛情を返します。だからアリッサ、全力で私に向かって来てください。」

するとアリッサは、大きく見開いた瞳を細めると、クスクスと笑った。

「ふふっ、それではレナート様が潰れてしまいます。私の気持ちは、あのリボンをいただいた子供の時からです。 それはもう、信じられないほどの重さですよ?」

その言葉に、レナートは声を出して笑った。

「ははっ、大丈夫です。私はアリッサの重すぎる愛情が嬉しくて仕方がないんですから。いくら注がれても足りないほどです。それに・・・今では、私の愛情も普通ではありません。愛しています、アリッサ。 会いたかった!会いたくて会いたくて、気が狂いそうでした。」

そうしてレナートは、何度も何度もアリッサに愛を囁き、口づけを落とした。




 ヴィスタに抱きかかえられたまま隣の部屋に入ったエステルダは、窓の側に置いてある大きなソファーに、そっと降ろされた。窓から見えるのは、街の明かりが美しく夜を飾り、道行く人々を照らしている。

泣き疲れて、ぼんやりした頭で見慣れない夜の街を眺めていると、エステルダの頬に優しくハンカチが当てられた。本人も気付いていない涙が未だ頬を濡らしていたのだ。エステルダは、自分の前に跪いて、悲痛な面持ちで涙を拭い続けてくれるヴィスタの優しさを嬉しく思った。そして、小さな声でお礼を言うと、ぎこちない笑みを浮かべた。

「エス、ごめん。」

今にも泣きそうな顔のヴィスタが、想像以上の強い力でエステルダを抱きしめ、不意を突かれたエステルダは、一瞬息が止まった。

「ごめん、エス、こんなに泣かせて。さっき、レナートさんに聞いたんだ。エスが僕達の寮の前で倒れていたって・・・。いつ帰って来るかも分からないのに、雪の中を何度も何度も足を運んでくれていたって。 なのに僕達は・・・連絡もしないで、何も言わないで、まるで逃げるように君達の前から姿を消してしまった。ごめん、エス。たくさん心配かけて、何も言わずに勝手に居なくなろうとして、本当にごめん・・・。」 

「う・・うっ・・。」

「エス?」

「ふぁーーーん!!うっ、うっ、・・・ヴィスタ様のばかーーー!!」

ヴィスタの胸の中で静かに涙を零していたエステルダだったが、当時の不安や寂しさを思い出すと、迷惑も帰り見ずに大声で泣き出した。

「ヴィスタ様のばかー!」

「ごめん、エス・・・。」

「ヴィスタ様は、酷いです!」

「うん・・・ごめん。反省してる・・・。」

「どれほどわたくしを泣かせば気が済むのですか!?」

「ごめん、もう泣かせないから。」

「うっ、うっ・・・、 ヴィスタ様なんてもう嫌いです!!」

「エス、ごめん。お願いだから、そんなこと言わないで・・・。」

「愛してると言ってください!うっ、・・・たくさん、たくさん言ってください・・・。」

エステルダが抱きついたままヴィスタに縋り付くように体重をかけると、エステルダの顔に両手を当てたヴィスタが、まるで正気を失ったかのようにエステルダの唇を貪った。噛みつくような口づけの合間に、愛してると、うわ言のように何度も何度も繰り返し、エステルダもそれに応えるように懸命に舌を絡めた。

「もう、二度とわたくしから離れないと約束してください。」

「約束する。だからお願いだよ。嫌いにならないで・・・エス。 愛してるんだ。」

「もっとです。もっと、好きだと・・・愛していると、言って。 もっと、もっと貴方をください。ヴィスタ様の全てを・・・わたくしに、ください。」

「エス、大好きだよ。愛している。 エス・・・ありがとう。」



こうして無事に仲直りしたエステルダとヴィスタ、アリッサとレナートは、翌日に持ち越された両家の顔合わせにおいて、正式な書面を交わし、ついに婚約が成立したのだった。

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