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~第1章~

~第28節 力の片鱗~

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 カケルが回復しつつあるのもつかの間、ミノタウロスによる猛攻により、アギトが致命傷に値する深手を負ってしまう。アギトを庇おうと咄嗟に前へ進み出た、セレナと首にかける六芒星に地球の意匠が施されたペンダントからは目もくらむような、まばゆい白い光を放ち、辺りの景色を一瞬で白黒モノトーングレーに染め上げてしまった。セレナが輝くと同時に、上空からも真っ白な光条が降り注ぐ。また、どこからともなくやさしい女性の声が聞こえてくる。

『あなたの願いは、聞き届けられました…』

 その声は、人ならざる者のような神々しさを感じる。それに対してセレナは驚きを隠せないでいた。同時にその声が聞こえなくなってからは、耳がキーンとするほど周りから音という音が、聞こえないのである。

「えっ、今のは…誰…?それに、これって…」

 その人ならざる声が聞こえたことだけでなく、周りに起こっている状況にも何が起きているか全く分からない状態だった。それは世界から色が抜けきってしまったかのようで、しかも誰もかれもが動きが止まり、固まっているようにみえる。もちろん瀕死のアギトに襲いかかろうとして、超大型の両刃斧をミノタウロスが今まさに振り下ろそうとしている瞬間でもある。そう、時刻ときが止まっているのだ。時間が止まっている中で動けているのは、セレナだけ…ではなかった。

「これは、古代に伝わる時空魔術だニャッ。セレニャ、良くやったニャ」

 ガサガサッと近くの茂みから姿を現したのは、セレナの飼猫『ライム』だった。その様子に目をまん丸くして、セレナはまた更に驚いた。

「みんな止まってる…ライム?!この状況で動けるの?それに…これって、わたしがやったの?」

 前足をペロペロと舐め、そのまま顔をワシワシと撫でて顔を洗うと、ライムはセレナを足元から見上げた。

「我は波動が高くて猫神だから、時間停止中でも動けるんだニャ。それから、お主がそれを使えたのは、光と闇の属性の力のバランスが取れてて、波動が上がっているからに他ならないニャ。光が強くても、闇が強くてもだめなんだニャー」

 後ろ足の2本足で立ち、胸を張ってライムはフフンと威張る。周りの様子をうかがい、そして天を仰ぎながらセレナは実感が沸かない自分を納得させようとしていた。仰いだ天にはまぶしく光り輝く太陽が、中天に差し掛かろうとしていた。

「でも…わたし、呪文なんて唱えてないし、そもそもそんな魔術知らないもの。それに、今の上空からの声って、聞こえた?」

 考えるように前足の一本をアゴにあて、ライムはその問いに答える。

「波動がかなり高くなれば、呪文を唱えなくても、意識だけで発動することも可能なんだニャ。天の声かニャ…相当高い波動を感じたニャ。もしかしてハイアーセルフかもしれないニャ。それより、この時間停止もあと3分くらいしかもたないニャ。」

 ライムのその答えにギクッとし、セレナはソワソワと焦り出す。

「そんなっ!時間停止の魔術はあとでゆっくり聞かせて。ハイアーセルフ?うーん、まずアギトさんをなんとかしないと!」

 アゴに当てていた前足をサッとセレナに向け、そこで一つの魔術を提案する。

「今のうちに光属性の上位魔術『光の絶対領域ルミナス・アブソリュート・テリトリー』を使うのニャ」

「それって、パーティ全員を一定時間、何の攻撃も受け付けない、とかのでしょ?そんなすごいの、わたしじゃまだ…」

 チッチッチ、と前足を横に振り、ライムは口をはさむ。

「時間がないニャ!やらなければ、あの黒鉄のあんちゃんは…命はないニャ…今のお主なら、できるはずニャ」

「わ、わかったわ。やってみる!」

 ライムに急かされるまま、セレナは両手を上空へ掲げ、光の上級魔術を唱え始める。

「力の根源たるマナよ!光の精霊ルミナスよ、我らを見えざる光の聖域にて守護したまえ!『光の絶対領域ルミナス・アブソリュート・テリトリー』!」

 呪文を唱えるセレナの足元には、いつも以上にまばゆく白く輝く魔法陣が現れた。すると、パーティ各々の周囲にも魔法陣が現れ、光の半透明の膜で出来たピラミッドに似た四角錐のようなもので覆われていく。そこで、ライムはセレナの傍に寄り、その唱えた魔術について忠告をする。

「その魔術は、術者本人は終わるまで、そのままで維持しないとだめなんだニャ。そこだけは注意するニャ」

「うん、かなり魔力を吸われる感じがするけど…がんばる!」

 そうこうしているうちに、時間停止の期間が終わり、再び時刻ときは動き出す。すると、上空からゆっくりと世界に色が付き始めた。そこで真っ先に動きがあったのは、牛頭の巨人『ミノタウロス』だった。確実にドワーフ姿のアギトを仕留めたかに見えた次の瞬間、なにか見えない殻によって勢いよく得物が弾かれたのだ。その唐突な妨害に、ミノタウロスは目を見開き、自身の得物を落としそうになる。

「!!…ナ、ナニ?!ナンダッ、ナニヲシタ?」

 再度、両刃斧を構えなおして瀕死のアギトに得物を激しく振るう。しかし全力で狙うが、アギトには何の影響も出ず、あろうことかミノタウロスの両刃斧の刃が次第に欠けてくる始末である。瀕死のアギトもかすかな意識を保ちながら、今起きている状況を分かりかねていた。

「これ…は…」

 そこでセレナはカエデにアギトを助ける様に求める。

「カエデ!今全員に攻撃無効の魔術をかけたの。だから、アギトさんをお願い!」

 カケルを治癒と同時に介抱しながら、アギトの最期を見届けるかの覚悟をしていたカエデは、急なセレナの行動に頭が混乱する。

「えっ、先輩…大丈夫なの?わかった!」

 急ぎカケルを近くの樹の根本に寄りかからせ、ダッシュでアギトのもとに駆け寄る。アギトの容態を見るに、切断された左腕は近くに落ちている。そして驚くことに噴水のように吹き出ていた血は何故か止まっていた。

「血が…止まってる。先輩、急いで治療します!でも…四肢欠損の治療は…中級の『継続回復リジェネレーション』が、わたしにはまだ…」

 足元に落ちていたアギトの左腕を元の位置に合わせ、治癒魔術で治療を始める。そこへアキラも駆け寄り、助言をする。

「それなら、聖水を継ぎ目に使うんだ。僕のは先ほどカケルくんに使ってしまったから、カエデくんのを頼む」

「はい、やってみます!」

 そこで、ミノタウロスに岩山へ叩きつけられたマリナが、頭を軽く左右に振り、ようやく意識を取り戻す。

「わたしとしたことが…みんなやられてる?アギトさんも、あんなことに…」

『マリナちゃん、聞こえますか?カエデです。今、念話で話しかけています。カケルとアギト先輩を治療中で、今戦力になるのはマリナちゃんとナツミだけです。なので、お願いできますか?』

 直接話声が届くにはかなりの距離があるが、カエデの念話にて間近にいるかのように、ハッキリとその声は頭の中に直接響いてくる。姿は遠目に見えるので、その方向に顔を向け、マリナは返事を返す。

『わかりました。ナツミさんの状況はわからないのですが、確認してやってみます』

 同じく念話で返事を返したマリナは、刀の鞘を杖代わりにして立ち上がり、反対側にいるはずのナツミの姿を探す。同じように頭を振るナツミを確認し、意識はあることがわかった。ミノタウロスは相変わらずアギトと、それを治癒するカエデを必死に攻撃を加えて、後ろのマリナとナツミには目もくれない状況だ。ミノタウロスの意識がこちらに向いていないことを確認すると、マリナは一気にナツミの方へ疾走する。

「ナツミさん大丈夫ですか?戦況ですが、カエデさんはカケルさんとアギトさんを治療中で、戦えるのは私達だけみたいです。これからわたしがソルフェジオ・ファンクションであの魔物の動きを封じます。その間にお願いできますか?」

 半ばもうろうとする意識の中で、駆け寄るマリナがナツミにとってはとても頼もしく見えた。と同時にマリナの状況を不安に思っていた胸を、なでおろした。

「あ…マリナちゃん、無事でよかった。カエデがね、わかった。任せて!」

 若干切れた唇の血を腕で拭い、ナツミはミノタウロスの方へ走って向かう。その一方、光属性の上級魔術を続けるセレナは、強烈な脱力感に襲われる。

(…まだよ…まだ倒れるわけには…いかない!)

 めまいに襲われるセレナは、膝から崩れ落ちそうな意識を奮い立たせ、必死に自身の身体を支える。走り行くナツミを見ながら、マリナはソルフェジオ・ファンクションの、浄化の歌を歌い始める。

「ラララァ…ラァララァ…ラララァ…ララァラァ…」

 人にとってはなんとも聴き心地のよい波動の高いその歌は、闇の魔物にとっては耐え難い苦痛と害悪でしかない。それを聴いた魔物は頭をかかえるしか行動できない。目の前のミノタウロスも例外ではない。

「グオォォォォォ!」

 猛攻を続けていたミノタウロスはその聞こえる歌が、頭を勝ち割るような激しい頭痛を引き起こす。そのため持っていた両刃斧を足元に落とし、その衝撃で片側の刃がパッカリと折れてしまった。その瞬間を逃さず、背後に周ったナツミは再び上空へ舞い、渾身の技を繰り出す。

「鳳凰流奥義!『火炎螺旋爪かえんらせんそう』!」

 はるか上空から自由落下をしながら、火炎をまとった両腕の手甲を先端にして、螺旋状に高速で回転を加えることで激的な攻撃力を生む。今のナツミでこそできる技である。そして加速をつけたナツミは一気にミノタウロスの背中に突進し、ドリルで岩盤を掘るように貫いた。その瞬間、ミノタウロスの全身は炎で包まれた。

「グボッ…バカナ…ニンゲンゴトキガ…モウシワケ、アリマセン…ガントサマ」

 血反吐を吐き出し、最期に悪態をつきながら、ミノタウロスは盛大に前へ倒れ、こと切れた。それはズシリと地響きを起こすくらいの振動だった。
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