邪神〜忘れられぬ君に〜

新川はじめ

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第二章

悪夢②

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 翌日。
 カイリたちは知盛とももりのもとに集まり、悪夢について話し合った。

「大蛇ほどの妖になると、どこかに怨念を残すことが可能なのだろうか……」

 知盛もまた、清流せいりゅうと同じくこのような例は初めてで苦慮しているようだ。

「まず言えるのは、原因を取り除かない限り、小花こはるの悪夢は続くということだ」


 皆、やはりそうかと俯きため息をつく。

「それから、小花が見た大蛇の記憶だが、いくつか気になった点がある」

 再び視線が知盛に集まった。

「大蛇である蛇の死に方が、上級の妖になるほどの経緯を辿っていない。それに、大蛇が人間に対して恨みを募らせたのは、生前よりむしろ妖になったあとのような気がするのだ」

 清流は彼の意見に同調し頷く。


 長い歴史の中で、上級の妖は片手で数えるほどしかいない。

 一例を挙げるのなら、遥か昔、大虐殺を行った王がいた。その王の統治はむごたらしいもので、戦争を好み、多くの国を滅ぼした。

 自国の民を愛したかといえばそうではない。

 戦争に熱を入れすぎるあまり、多くの民を戦地に行かせ死なせた。勝利を手にしても、国は豊かになるどころか貧困で苦しむ者で溢れ返り、治安は乱れ、不衛生な環境のせいで感染症が蔓延した。
 
 それでも王は戦争に明け暮れ、民のために何も対策をしない彼のせいでさらに多くの人々が亡くなってしまった。

 滅ぼした他国の民に自国の民、罪もなく亡くなっていった数えきれないほど多くの者たちが王を恨んだ。


 ――王を殺す! 殺す! 殺す!!


 彼らは一つの目的を持って妖へと姿を変えた。

 それらはすべて王のもとへ集まり、その数は日を追うごとに増えてゆく。何万もの妖に取り憑かれたまま戦場を駆け回っていた王だったが、とうとう倒れる日がやってきた。

 体を侵食されてもなお意識を持ち続けたが、幻聴が聞こえだすと「ごちゃごちゃうるさい」と耳を引きちぎり、強靭な王も遂には面影がないほどに痩せ細り枯れ果てた。最後は気が狂ったように炎の中に自ら飛び込み、全身に火傷を負ったまま城内の塔から飛び降りたのである。

 この時を待っていたとばかりに、彼の体から飛び出した妖たち。城内に溜まりに溜まった何十万もの妖がいっせいに彼を覆い、カスも残らぬほどに食いちぎられて王は死んだ。


 だが、その王はただ大人しく死んだわけではない。

 生前、彼は自分に取り憑いた妖たちこそ、大虐殺と暴政の末に自らが作り出したものだという事実を棚に上げて、ただひたすら恨みを募らせた。

 生きた身でかなわぬのなら、己も同じ妖となってはびこる妖どもを消し去ってやろうと死を選んだのだ。

 しかし、妖を消し去ることができる唯一の手段が浄化であるため、どんなに力のある妖でもほかの妖を消すことはできない。散らすことはできても、なんの力もない青火あおびすら消し去ることは不可能なのだ。

 散らされた妖は、時間をかけて力を蓄え、再び元の妖へと戻る。それならば、何度でも粉々に散らし続けて地獄を見せてやろうと、永遠に殺戮を続けられる喜びに王の心は湧き立った。

 そして、死の直前――。

「聴け!! 妖ども!! この身はくれてやる。だが、我も今からそちら側に行くぞ。永遠に楽しませてもらおうか!!!!」

 喉も焼けて実際に声が出ていたかはわからない。

 しかし、魂の叫びでそらは震えた。

 地面が見えぬほどびっしりと赤火で埋め尽くされた城内を見下ろし、城壁から飛び降りて体を食いちぎられた王は、彼の望みどおり上級の妖へと姿を変えたのである。

 自分に取り憑いていた妖たちを粉々に散らし、それだけでは飽き足らず、自分を守らなかった罰として国中の者たちを呪い殺した。

 その他の上級の妖たちも、同じように凄惨たる道を歩んだ結果、変貌を遂げたと言われている――。



 知盛は首をひねりながら顎を触っていだが、その手をピタリと止めた。

「私は初め、山の主を怒らせたのかと思っていた。だが、あの山に主が住み着いているとは一度も耳にしたことがない……ずっとおかしいと思っていたのだ。それにしても、ただの蛇の妖がどうやって白蛇の姿を手に入れたのか。やはり琥珀の力ということか……」

 再び目を伏せて、知盛は考え込んだ。

「おかしな点なら、ほかにもあります。妖は特定の土地に居着くもの。わざわざ村から山へと移動した理由も不明ですね」

「清流様。記憶の中で、白蛇は何かから逃げていました」

 小花が遠慮がちに発言すると、これまで黙っていたひびきも自分の考えを話しだした。

「お父様、蛇は死後すぐに白蛇になっていました。ということは琥珀を手に入れたのはその時の可能性が高いですよね」

「そうだな」

 響は続けて小花に質問する。
「小花。あなたの前の赤眼は、何年くらい前に存在してたのかな。ついでにその人の性別がわかるとありがたいんだけど、どう?」

「村の術師様から聞いたのは、三百年くらい前で女の人だったはずです。ちなみにその前は男性でした」

「ありがとう。仮に食べられた赤眼の女性がその人なら、約三百年前には白蛇が存在してたことになる。村一つ破滅させるほどの出来事なら近くの村や町には噂くらい流れてるはずよね。その村が探し出せれば、何か手がかりが見つかるかもしれない」

 響はさらに、その村に大蛇の怨念が残っているのなら、小花の悪夢も断ち切れるかもしれないとつけ足して、不安げな小花に笑顔を送った。

 悪夢を取り除くため、琥珀の真実を探るためにも白蛇が生まれた村へ急ぐ必要がありそうだ。知盛も深く頷いた。

「では、その村を探しに行く者なのだが……、大蛇の記憶を見た者は小花、君しかいない。行ってもらえるか?」

 小花は、大蛇との戦いで負った傷がようやく落ち着いてきたばかりだ。いつも真顔な知盛の顔にも、さすがに心苦しさが滲み出ている。

「もちろん行きます! 悪夢を見ているのは私なので」
「僕も行きます!」
 すぐさま時之介ときのすけが名乗り出る。二人は笑顔を交わした。

「時之介、小花を頼む。それから――」
「俺も行く」
「私が行きます」

 知盛の話を遮るように名乗り出たキョウとカイリ。

 二人の若者に視線が集中するなか、彼らはお互いをいっさい見ず、我こそがと力強い眼差しで知盛に訴えかける。

 二人とも行かせてあげたいのは山々だが、妖退治の依頼もこなしていかなければならない。最近は清流が滞在しているとあってか、遠方からも妖退治の依頼がやってくる。残念ながら、人手不足の今、村を探しに行けるのはどちらか一人に限られるのだ。

 そして、こういう時にこそ日頃の行いがものを言う。

 響なんかは『お父様、女好きキョウと小花を一緒に行かせて大丈夫でしょうか!?』と思いきり顔に出している。


 カイリとキョウの間で視線を行き来させる小花と時之介。
 腕を組んで片眉をピクリとさせるしゅう
 目をつむり首を左右に振る響。
 苦笑いを浮かべる清流。
 真顔の知盛。


 ――さあ、行くのはどっち!?

 皆が痺れを切らす頃、知盛の咳払いが沈黙を破った。


「カイリ、行ってきなさい。出発は明日、いいな」

 キョウは知盛への反発心からか、あからさまにムスッとふてくされた。不穏な空気を察した小花、時之介、響がいっせいに清流を見る。

『清流様! ここはあなたの出番です!』と助けを求める熱い視線に、清流は相変わらず苦笑いのまま頷いた。


「キョウはここに残りましょう。悪夢を見るたびに気の巡りが乱れるので、旅は医術が使えるカイリに任せた方がいいです。それにキョウと響、君たちの使い魔はまだ成長途中です。琥珀と関連のある妖が大蛇と同等、もしくはそれ以上の場合、使い魔の成長が今後の勝敗を左右するでしょう。妖退治の合間にみっちり教え込みます。いいですね?」


「……わかりました」

 キョウが素直に引き下がったため、話し合いはこれで終了となった。
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