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第2話 殺し屋は黒魔導士と出会う

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目覚めると俺は小竜の姿になっていた。
正直なところ、竜なのか恐竜なのかは見た目だけでは判断出来ない。
翼の生えた新種の恐竜なのかもしれない。
翼はピクリとも動かないが。

偽物だろうか?

触ってみると、感触は伝わってくる。

「どうせなら、もう少しマシな姿に……」

鏡の前で事細かに自分の姿を確認してみる。
しかし、起きてしまったことは仕方がないと開き直らざるを得ない。
あり得ないところから生える角を触ったり、鋭利な爪や牙を確認する。

でも、この姿じゃあ、殺し屋しごとは……

今日の依頼こそ来ていないものの、子竜の姿でまともに殺し屋が務まるはずがない。

「確か、ルアードとか言ってたな」

昨夜、俺に注射針を打った奴はルアードとかいう男。

「何の目的か知らねえが、俺をこんな姿にしたことを後悔させてやる!」

洗面台から飛び降り、寝室へと向かう。

適当な黒服を取り出して、意外にも鋭かった爪はそれをあっさりと破いた。
まだ、長いがちょうどいいサイズになった。

ばさりと羽織り、一応洗面台に確認しに行く。

「ないな、この姿にこれは……いや、どうだっていい! 早くルアードを」

俺の口調が変わるのは、感情的になっている時。
いや、本来はこれが素の俺でもある。

装着したベルトに拳銃をかけた。

子竜がビリビリに破かれた黒服を着て、拳銃まで持っている。
ユニークなモンスターの出来上がりだ。

そうっと扉を開けて人目を気にする。
こんな姿だ、珍獣発見と騒ぎになってしまう。

こんな時、誰か知り合いでもいればと辺りを見回しながらそう思うが、俺には親しい知り合いと呼べる人が1人もいない。
殺し屋としての技術も知識も全てが独学で、俺を知る者は依頼主か現場で遭遇した同業者くらい。

「私達の魔導は高潔な血筋の賜物よ! あなたのようなみすぼらしい魔女とは違うのよ!」

すると家から反対に位置する広場で何やら騒いでいる。

「違う! 私は……私は魔女なんかじゃない!」

「だったら証拠を見せなさいよ! 魔女じゃなかったら出来るでしょう? 詠唱魔法くらい!」

騒ぎの元は魔導士育成学園の連中だった。

こんな昼間から何を騒いでいる。

人目から逃れつつ、騒ぎの場所に向かう。
興味本位でもあったが、人が更に集まったら俺の身も危ない。
止められるものならば止める。
そんな思いで、少しずつ慣れて来た体を走らせる。

騒ぎの渦中に着くと金髪の女が手前、その後方に二人。
そして反対側には一人の少女。

「で、出来るわそれくらい! いい!?」

ふん、と鼻息を鳴らす金髪の女は、連れの2人と共ににやける。

たぎる炎の刻印よ。その封印を解き放ち、無情なる炎で敵を焦がせ! --って、あれれ-っ!?」

杖からは白い煙が上がっただけで、他には何も起こらなかった。

少女の反対側にいる3人の魔導士が大笑いしている。

「ははははっ! ぷっ--あなたそれ、ただの火の玉ファイア-ボ-ルでしょう? しかも、そんな低俗魔法を詠唱までして出せないなんて」

再び、3人組は笑い出した。
状況からするに、3人組の女が一人の少女をからかっているように見える。

「笑わないでよ! 私、これでも真剣に……」

すっと表情が変わるリ-ダ-らしき金髪の女。

「真剣、ですって? だったら尚更精進するべきだわ! 見てほしいって言うからわざわざこんな偏屈な場所まで来て差し上げましたのに。感謝の1つも言えないなんて、流石魔女ね」

「また、魔女って……」

少女の目付きは本気だ。
俺は直感で思った。これは騒ぎになると。

「やめろ!」

自分の姿が子竜であることを忘れて飛び出してしまった。

「きゃあああああああ!? モンスターよ!」

3人組の1人、緑の髪の女が悲鳴を上げた。

失礼な奴だ、人を指差すなって教わらなかったか?

「出たわね、モンスター。街にまで現れるなんて。でも、運が無いわあなた」

金髪の女が杖をさっと取り出した。

「全てを打ち砕く天の雷よ。その力、我が杖に纏て敵を打ち消せ!」

金髪の女の持つ杖にバリバリと電撃が纏わり、俺めがけて真っ直ぐに放たれた。

「ぐあああああああああああ!? ……ん?」

俺に直撃した雷は、周辺の物にまで散乱する。

「姉様、姉様やり過ぎです!」

「あら、そうですわね。でも、これくらいがちょうど良くてよ」

俺の体からはシュ-と焦がされた煙が上がっている。
さほど、ダメージが無かったのは、俺がモンスターだったからなのか、それとも金髪の女の魔法の威力が弱かったのか。

もしくは、この子竜の姿は雷耐性がついていたのかもしれない。
モンスターだ。あり得る。
まあ何でもいい。助かった。

「くそっ、容赦無しだな」

「なっ!? このモンスターまだ生きて!? --下がって! エル! マリ!」

「姉様!」

「いいえ、エル。モンスターは消えるべき対象よ。だから--」

再び、バリバリと嫌な音を出して杖の周りに纏わり始める。

「おまえ、危ないぞ!」

俺の目の前に立ち塞がったのは、3人組にいじられていた少女だった。

バリ、バリと放たれそうになっていた雷が杖から引いていく。

「……あなた、まさかそのモンスターを庇うつもり?」

「殺める必要の無い命を、奪う権利なんてあなたに無い!」

「説教かしら? この私に向かって。--だったら、あなた諸共! っ!」

振り上げた杖は、現れた男の手により止められる。

「「グラス先生!」」

金髪の女の傍らにいる2人の女がそう叫ぶ。

「こんな場所で、無闇に杖を振るんじゃあない」

「ち、違いますわ! これはただの予習です!」

「予習でも同じことだ。済まないね! 君は学園の子じゃないね? 私の生徒が随分と迷惑をかけたね」

遠くでも伝わってくるのは面倒見の良さが滲み出ている。
眼鏡姿の高身長、黒い髪の男。

「い、いえっ!」

「……其処のモンスター君も悪かったね。さあ、帰るぞ!」

3人組は突如現れたグラスと呼ばれる男に連れられて、学園のある方角へと帰って行った。

「あなた、怪我は大丈夫? 随分、酷くやられたみたいだけど」

「ああ、問題ない。少し痺れたくらいだ」

「……そう」

優しい子だ。
中身が人間でも今の俺はモンスター。

モンスターとは人々の生活を危ぶめる存在ではあるが、全てのモンスターがそうではない。
とは言っても、大多数のモンスターがやはり人間に危害を加えてしまう。
その為、モンスターを退治する魔導士の育成を目的として、今から300年前に魔導士育成学園は建設された。

「……話を聞いてもらえるか?」

この純粋そうな子を信じてそう言った。

俺の姿を人間に戻す為には、モンスターになってしまった体だけの行動では危険が伴う。
誰でもいいというわけではなかったが、少なくとも雷を放って来る奴よりかは100倍以上良い。

「ええ」

少女の了承は得た。

その後、少女と共に俺の家に向かった。

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