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二章 古の化身
イチ
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ガンガラガラガラという音がどんどん、どんどん、紗英の方を……いや、勘助めがけて近づいてくる。紗英の肌は一気に粟立ち、全身が逆毛立つ。
逃げなければ。そう思うのだが、恐怖に体が動かない。紗英はせめてもと、まぶたをぎゅっと閉じて息を殺す。心臓が耳についているかと思うほど、動悸を感じた。
一瞬、ガラガラという音が止んだ。そして今度はゆっくりゆっくりと、こちらに、歩み寄る。
ガラ、ガラ……ガラリ。
「ヌシが贄か」
何者かの声が、洞窟に響き渡る。少女の声だ。紗英はその声に驚いて、目を開いた。
すると、勘助よりも背の小さい少女が、膝を抱える勘助を見下ろしていた。歳は五、六といったところか。
白装束とでもいうのだろうか……真っ白な和装の身の丈は膝の辺りで、すぱりと切られており、足元は裸足だ。頭には白いハチマキが巻かれ、その布先はひらひらと宙を舞っていた。頬に赤い顔料でひかれた、不思議な模様が少女の白い肌をことさら、不気味に見せる。
どういったわけか二人には、紗英の姿は見えていないらしい。そこに流れているのは、勘助と少女の時間だった。
「ヌシが贄か」
少女はまばたきひとつせずに勘助を見つめると、いま一度、問う。勘助は膝に埋めていた顔を、ゆっくりとあげると、はじめて少女と目を合わせた。
紗英もこの時、はじめて勘助の顔をまじまじと見て驚きを隠せない。勘助の顔立ちは、紗英の幼なじみの、幹太の小さな頃に似ていた。
「んだ、おらが贄だ」
勘助は、物怖じすることなく、少女にそう告げた。
「そうか。名はなんという」
少女が、息をつくように問い直せば、勘助は、達観した顔つきでこう漏らす。
「勘助だ。産まれた頃よりずっと、海神様の贄として育ってきただ。もう、覚悟は出来てる」と。
「では、遠慮することもないな」
少女はそういうと、勘助の足を蹴ってそれをひらかせ、そこに跪いて、再び口を開いた。
「私はイチ…海神様の化身となろう女ぞ」
「おめえが……海神…様」
「そうだ、産まれた頃より、海神様の化身として
この部落に飼われる事が決まっている哀れな女だ」
と
「今よりヌシを食らおうぞ」
とイチはそう言うと、一拍の間、勘助を見つめ、そして一思いに口づけた。
逃げなければ。そう思うのだが、恐怖に体が動かない。紗英はせめてもと、まぶたをぎゅっと閉じて息を殺す。心臓が耳についているかと思うほど、動悸を感じた。
一瞬、ガラガラという音が止んだ。そして今度はゆっくりゆっくりと、こちらに、歩み寄る。
ガラ、ガラ……ガラリ。
「ヌシが贄か」
何者かの声が、洞窟に響き渡る。少女の声だ。紗英はその声に驚いて、目を開いた。
すると、勘助よりも背の小さい少女が、膝を抱える勘助を見下ろしていた。歳は五、六といったところか。
白装束とでもいうのだろうか……真っ白な和装の身の丈は膝の辺りで、すぱりと切られており、足元は裸足だ。頭には白いハチマキが巻かれ、その布先はひらひらと宙を舞っていた。頬に赤い顔料でひかれた、不思議な模様が少女の白い肌をことさら、不気味に見せる。
どういったわけか二人には、紗英の姿は見えていないらしい。そこに流れているのは、勘助と少女の時間だった。
「ヌシが贄か」
少女はまばたきひとつせずに勘助を見つめると、いま一度、問う。勘助は膝に埋めていた顔を、ゆっくりとあげると、はじめて少女と目を合わせた。
紗英もこの時、はじめて勘助の顔をまじまじと見て驚きを隠せない。勘助の顔立ちは、紗英の幼なじみの、幹太の小さな頃に似ていた。
「んだ、おらが贄だ」
勘助は、物怖じすることなく、少女にそう告げた。
「そうか。名はなんという」
少女が、息をつくように問い直せば、勘助は、達観した顔つきでこう漏らす。
「勘助だ。産まれた頃よりずっと、海神様の贄として育ってきただ。もう、覚悟は出来てる」と。
「では、遠慮することもないな」
少女はそういうと、勘助の足を蹴ってそれをひらかせ、そこに跪いて、再び口を開いた。
「私はイチ…海神様の化身となろう女ぞ」
「おめえが……海神…様」
「そうだ、産まれた頃より、海神様の化身として
この部落に飼われる事が決まっている哀れな女だ」
と
「今よりヌシを食らおうぞ」
とイチはそう言うと、一拍の間、勘助を見つめ、そして一思いに口づけた。
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