―海神様伝説―

あおい たまき

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三章 宿命と自由

紗英は紗英だ

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 *なかんべ……ないだろう
 *オオボラ……大嘘

 すっと息を吸った音が聞こえたかと思うと、わずかばかり緊張したような幹太が声をあげた。

「だって紗英……お前、海視の力なんてねえじゃねえか。海神様の化身になんて、なりたくてなれるもんでもなかんべ」
 幹太なりに紗英の気持ちを読んで、言葉を選んで心を配る。紗英は泣きじゃくりながら言った。

「オババも……前の化身が死ぬまでは、全く力がなくて信じてなかったって……」
「オオボラだべ、あんなに強かったんによ」
 幹太はうっすらと笑みを、浮かべる。紗英はその微笑に、苛立って悲痛な想いをぶつけた。

「ホラなんかでねえよ、オババ言ったんだもん。オババのばっぱが逝ってから力が宿ったって……そう言ったもん。こんなことホラ吹いてどうなるっていうのさっ」

 鼻水をすすりながら言い終えた紗英は、崩れるようにコンクリートの防波堤に膝をついた。涙は雨のごとく降り注ぎ、コンクリートを濡らす。

「だれも、おめえが、ホラ吹きだなんて言ってねえよ」
 幹太は堪えきれずにその肩を抱いて、耳元に優しく言ってやった。

「んだらば紗英は、わかんのかい?明日の海はどんな具合だか……明日のおらいの船は、どっちゃ向かえばいい?」

 紗英の内臓がきゅっと、一回り小さくなるような胸の高鳴りを感じながら、紗英は首を横に振って「わかんね」と答えた。幹太は、紗英の目を見て、穏やかに笑う。

「なら、心配すっことねえ。なれねえし。それにばっちゃんの跡継ぎたくねえなら、そいでいいさ」
「え……」


 幹太の言葉が、紗英の心に浸透していく。



「普通に生きてけばいい」
 幹太の笑顔が、つぶれそうで溺れそうだった、紗英の心を掬い上げる。


 海神の化身。紗英の住む集落では、それは絶対的存在。それだけに……。静香が召される前、後を任された。その理由は解せなくても、重圧たるや想像しがたいものだろう。

 紗英の頭を愛しそうになでながら、照れ笑いをひとつ。また幹太は紡ぐ。

「紗英はばっちゃんの代わりじゃねえ」

「海神様の化身でもねえ」

「紗英は紗英だ」
紗英が一番欲しかった言葉をくれた。


 瞳から溢れる涙を、今度は幹太がぬぐう。紗英は恥ずかしそうに微笑んで幹太を見つめた。



 視線と視線がぶつかり合う。月明かりに照らされて輝く瞳は、何故だかとても熱っぽく感じた。


 二人は引力が引き合うように、唇と唇とを重ね合わせる。

 紗英にとっても幹太にとっても、はじめてのそれはほんのいっとき、ただ触れるだけの、とても幼いキスだ。しかし、二人を強く深く、結びつけるには充分すぎるほどの時間だった。
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